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第12話  デジタル

秋の風が、草原をそよそよと撫でていた。明かされた世界の真実──それは、アルトのポテンシャルに賭けた「不確かな救済」という名のギャンブルだった。


結局、何もかも上手くいったわけではなかった。「ただ命令に従っていれば幸せ」だった人々は、自由を与えられ「何をすればいいか」と立ち往生し、戸惑いを隠せない。また、罪を晒す社会では、上の者が下の者に罰を与える際、どこまで許されるのか分からず、不安を抱えていた。


「アルト。……この世界、本当にこのままでいいのか?」カイザーが珍しく感傷的な声色で口を開いた。「ああ、いいさ。ここには最高の平穏がある。人々のことは、ゆっくりで。」アルトは即答した。彼の魔法創造能力は、物理的・社会的な抑圧すら超え、無限の自由を与えてくれるのだ。


夕暮れ時、ログハウスの前の焚き火を囲みながら、アルトはこの一年を振り返った。断罪による社会浄化、世界のリセット、妖精たちとの絆。すべては彼が渇望した「安寧」だったはずだ。


ふと思い立ってアルトはカイザーに尋ねた。「この山脈の先や、大陸の果てには何があるんだ?」カイザーは答えた。「行ったこともない、行けないのだ」


だとすれば、この世界は箱庭ではないか? 世界樹、蘇生、転移、飛行……。すべてが、まるで高度なゲームプログラムのような……。「まさか……」


その時、突如として空に、微かだが不穏なノイズが走った。それは風でも、獣の音でもない。高周波の電子的な『ジー』という不協和音だった。


アルトは反射的に「鑑定魔法」を発動したが、視界に入ったのは、奇妙な幾何学模様を放つ「透明なグリッチ」だった。


「……なんだこれは?」世界樹の根元が、カクカクと跳ねる。一瞬、草原の景色が揺らいだ。紅葉した桜の葉が、楽しんでいた子供たちが、突然ピクセル化し、消えていく。


「かっ、体が……。アルト、何が……。どうなっておるんじゃ……」


「お父さん……世界が……繋がっている部分が、壊れかけているの……」


アルトは高速思考と並列思考をフルに働かせた。彼は「法則」を書き換える者だ。このノイズという概念すら、対処できるはず。「カイザー、サーシャ。これは……世界の、構造上のエラーだ」


ノイズが爆発的に増幅する。チリチリッ! まるで世界を動かすメインサーバーが過負荷を起こしたかのように、景色が急速にデジタルへと変貌していく。


草の繊維、エルフの肌の質感、ログハウスの木目。すべてが等間隔の「データポイント」へと還元されていった。


「これでは……!」エルフたちが悲鳴を上げる。「私たちが存在してなかったみたいじゃないか?」彼らの肉体、感覚、歴史。すべてが不確定な数値の集合体となりつつある。


アルトは理解した。自分たちが生きている「異世界」は、物理法則ではなく、「デジタル」によって構成されていたのだ。召喚されたのは、何らかの巨大な「シミュレーション」の中だったと。


「カイザー、サーシャ、皆逃げるぞ!物理的な結界など通用しない!」アルトは即座に「重力魔法」と「転移魔法」を組み合わせて、一帯を緊急「データ圧縮転送」させた。


世界がデジタル・オーバーフローを起こす前に、彼らの「存在」を可能な限り小さなデータパケットとして圧縮し、どこか安全領域へ飛ばす。


すべてが白く輝き、世界が完全に『0と1の羅列』に変わる直前、アルトは最後の、究極の魔法を創造した。 それは、世界の管理者へ送る異議申し立て、自己認識のフラグだ。


「コギト・エルゴ・スム(我思う、ゆえに我あり)」


我々はただのデータではない。このシステムを超越する存在として、存在を維持する権利を持つと。


ノイズが停止した。世界は崩壊しなかった。しかし、すべてが静止した。灰色の世界だ。アルトの掌の中には、極小の光を放つ「世界のコア」が握られていた。「軽い……けれど重い」


その時、彼の耳元に、女性の声が響いた。『……アルト。あなたは何を始めたの?』


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