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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
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08 友だちになって

 体育の乗馬も、四ヶ月を過ぎれば、程度の差はあれど全員がこなせるようになった。ティアも講師となって、リデルやミーアにアドバイスを送った。おっかなびっくりではあるが、二人とも徐々に上達していった。

 乗馬の次の課題は、剣術だった。もちろん本物の剣を使うわけではなく、柔らかい摸造剣と全身を包む防具を装備し、実戦を中心としたメニューが組まれた。剣術については、どこの国の出身者でも戦時下においては必須の技として幼い頃から学んできたものだったので、乗馬ほど個人差がつくことはなかった。

 ここでも、ティアは無双状態だった。ほんの数秒足らずで、対戦相手に次々と土を付けた。リデルもミーアも、なすすべなく地面に転がった。

「ものすげえ痛え」

 腕を押さえたミーアは、涙目になっていた。防具で守られているはずなのに、ティアの一撃は骨に響くほど重たかった。

 物足りないなあ。

 防具も動きづらくて、邪魔でしかない。

 模造剣を仕舞ったティアは、男子生徒の方に目をやった。やはりというか、レムが圧倒していた。恵まれた体躯だけでなく、素早さもあった。打撃も重く、倒された男子生徒は痛みで悶絶していた。

 あいつと戦いてえ。

 ティアは、思わずよだれを垂らしそうになった。残念なことに、体格差を考慮して、男子と女子の戦いは禁止されていた。

 レムの次の相手は、ファオだった。落ちついた佇まいは不気味さを感じさせたが、体格差はいかんともしがたい。誰もが、レムの圧勝を予想していた。

 だがファオは、レムの物量をものともせず、ギリギリのところでかわした。まるで、ほんのコンマ数秒先の未来を予測しているかのように。防御に特化した戦法のファオに、レムは次第に体力を奪われていった。

 肩で息をするレムと、息を乱すこともなく冷静なファオ。生徒達は、二人の異次元の戦いを、固唾をのんで見守った。

 決着は一瞬だった。足を踏み出した瞬間にほんの少しだけよろめいたレムを、ファオは見逃さなかった。レムの喉元に、目にも留まらぬ早さで模造剣が振り抜かれた。喉元を手で押さえたレムは、膝から崩れ落ちた。

 うずくまるレムを見下ろすファオの眼差しは、冷たく光っていた。

 ティアは二人の戦いを、息をすることも忘れて見入っていた。

 とんでもなく強い。

 それでもまだ、本気を出していない。

 いったい、どれほどの研鑽を積んできたのだろう。

 自然と、拳を強く握っていた。

 一通りの対戦が終了し、剣術の講師が終わりを告げようとしたとき、ティアが挙手をした。

「私まだ、戦っていない人がいます」

 ティアの視線の先には、すでに防具を脱いで帰り支度をしているアニスがいた。

「いいよもう。どうせティアが勝つんだから」

 腕をさすりながらミーアが言うと、アニスは手を止めた。

「あの子、私にさえ負けたんだよ。ティアに勝てるわけないじゃん」

 リデルが追い打ちをかけると、アニスはこちらを向いた。

 対戦の合間に、ティアはアニスの戦いぶりを見ていた。勝つときは僅差で、負けるときはあっさり。両極端ではあったが、いずれの対戦でもアニスの防具は一切汚れていなかった。

 明らかに手を抜いている。

 目立たないように、立ち振る舞っている。

 アニスはきっと、めちゃくちゃ強い。

「まあそうなんだけど、とりあえず女子は全員ぶっ倒したいからさ。どんなに弱くても」

 ティアがあえて挑発すると、アニスの瞳に炎が宿った。

「やってみなさいよ」

 模造剣を手にしたアニスは、防具を着ないまま歩み寄ってきた。

 そうこなくっちゃ。

 ティアは、舌なめずりをした。

 講師の忠告も無視した二人は、防具を着ないまま対峙した。

 喧騒はピタリとおさまり、静寂がその場を支配した。

 最初に仕掛けたのは、ティアだった。少し身をかがめて、姿勢を低くすると、アニスの懐を狙って飛びこんできた。

 アニスは素早い身のこなしでそれを避けると、両手で持った模造剣を振り下ろした。防具なしでは大怪我は避けられないほどの威力と速さだった。

 ティアはまるでそれを予期していたかのように、地面に倒れ込むような形でアニスの一刀をかわした。

 なおもアニスは、耳をつんざきそうなくらいの音を鳴らして、模造剣を強く振った。それもかわしたティアは、アニスの脇腹を狙って模造剣を振り回した。

 寸前ところで、アニスはティアの一太刀を防いだ。柔らかい模造剣同士でも、強くぶつかると甲高い音が鳴った。

 ティアは、アニスの肩を狙って模造剣を振り下ろした。アニスは数ミリの差でこれを避けると、今度はティアの頭を狙って模造剣を振り抜いた。

 その殺意の塊のような一太刀を、ティアはしゃがんで避けた。

「やめい」

 講師の怒号で、二人は動きを止めた。

「血気にはやりおって」

 講師がたしなめると、二人は構えを解いた。

 肩で息をする二人を、生徒達は茫然と見つめていた。

「私には、手を抜いていたんだ」

 リデルは、口惜しそうにつぶやいた。

「やばすぎるだろ」

 レムの声は、震えていた。

「二人とも、次の講義の前に、理事長室に来なさい」

 そう言って、講師はその場を去って行った。

 ティアとアニスは、黙ったまま講師の背中を目で追った。

 理事長室は、大学構内の奥まったところにあった。

 最初にティアが入り、そのすぐ後にアニスが入った。

 重厚な作りの机の向こうに、理事長が座っていた。六十代後半の白髪の女性は、二人に鋭い視線を向けた。

「話は聞きました」

 腰を上げた理事長は、後ろに手を組み、二人に歩み寄った。得も言われぬ迫力に圧倒されたティアは、ゴクリとつばを飲みこんだ。

「ヴァイス大学の学生としてだけでなく、社会で生きる者にとって、規則を守ることは当たり前のことです」

 理事長は、語気を強めた。

「ヴァイス大学は、反社会的人間を育成する機関ではありません」

 足を止めた理事長は、険しい表情のまま、二人の顔を穴が開きそうなくらいに、交互に凝視した。

「わかっていますね」

 理事長の重たい声が、こだまのように響く。

 もしかして私、退学処分になるのかな。

 それは、絶対に嫌だ。

 もうしません。許してください。

 ティアは、心の中で必死に祈った。

「なあんちゃって」

 理事長のすっとんきょうな声に、二人は目を丸くした。

 さっきまで険しい顔をしていた理事長は、舌を出しておどけていた。

「あんたたちすごいわね。防具もなしでやり合ったんですって。私も見たかったわあ。いやね、最近の女子って何かナヨナヨしすぎじゃね、って思ってたのよ。おしゃればっかり気にしてさ、戦地に赴くことなんて頭の片隅にもなさそうだしさ。そりゃあ、今は平和な世の中よ。でもさ、戦争っていつ起きてもおかしくないじゃない。女だって武器を持って戦わなきゃいけない時だってあるのにね。だから子どもの頃から剣術の授業も必須なんだし。それをわかっていない女子があまりにも多すぎるのよ。ええ、そんな痛いこと怖い、きゃあ、とか。ふざけんじゃねえよ。いつも男が守ってくれると思ったら大間違いなんだよ。自分の身は自分で守れや、ボケカス。私も若い頃には変な輩に襲われたことがあったけど、剣術が得意だったから、ボッコボッコにしてやったわ。あいつら、私のことを犯そうとしてたから、急所を狙ってやったのよ。おまえら、二度と立てなくしてやるぞって。あら、嫌だ。下ネタじゃないわよ。そしたら負け犬みたいにキャンキャンと逃げ回ってさ。痛快ったらありゃしない」

 息継ぎなしでまくし立てる理事長に、二人は唖然とした。

「話が完全に脱線しちゃったわね。一応理事長って立場だから仕方なく注意したけど、本音はあんたたちの心意気に感服しているの。こういう女子が増えると、私も安心してこの国の未来を任せられるのにって。あ、でもティアさんは確かエレル出身よね。エレルも良い国よね。私の新婚旅行はエレルだったのよ。エイプス山脈は目を見張るほど美しかったし、王都のレストランのディナーは美味しかったわ。あのレストラン、今も在るのかしら。あら、嫌だ。またとんでもない方向に脱線しちゃった。とにかく、今回のことは不問にするから。でも、次はないと思いなさい。ちゃんと大学の規則は守ること。でも、はっちゃけていいときは、思う存分はっちゃけなさい。あなたたちのような血気盛んな女の子を見ていたら、私も昔の血が騒ぐわ。じゃあね。頑張って。くれぐれも怪我だけは気をつけて。あ、あと、勉学もおろそかにしちゃだめよ。学生の本分は勉学だからね。単位が足りなくて退学処分になったら元も子もないわよ。そうそう、私が若い頃は」

 理事長の話が止まりそうになかったので、見かねた秘書が二人に退室するよう目配せした。

 理事長室の扉が閉まっても、まだ理事長はひとりで喋っていた。

 なんだかよくわからないけど、とりあえず退学にならずに済んだ。

 ティアは、全身の空気が抜けそうなくらいの、大きなため息をついた。

 アニスは、ティアに背を向け、歩き出そうとした。

「待って」

 ティアが呼び止めると、アニスは足を止めた。

「さっきは、ごめん」

 ティアは、うつむいた。

「どうして、謝るの」

 背を向けたまま、アニスは訊ねた。

「だって、私がけしかけるようなことを言ったから」

 アニスは、ひとつ息をはいた。

「許せない」

「そうだよね」

 後悔が、さざ波のように押し寄せてくる。

「あなたのことじゃないわ」

 ティアは、目を上げた。

「あんなとんでもなく安っぽい挑発にまんまと乗ってしまった、自分自身が許せない」

 アニスは、語気を強めた。

 ティアの胸に、こみ上げてくるものがあった。

「アニス、これだけは言わせて」

 すべてをはき出したい衝動に駆られた。

「入学式で初めて目にしてから、私はアニスのことがずっと気になっていた。綺麗で、勉強もできて、乗馬も上手で、純粋にすごいって思った。さっきの剣術も、並大抵の実力じゃなかった。はっきり言って、私はアニスのことを尊敬している。だから私は、アニスと友だちになりたい」

 ティアの声が、校舎の壁に反響する。

 沈黙が降りる。ほんの十数秒のことだったが、ティアにはとても長く感じられた。

「無理ね」

 沈黙を破ったのは、アニスだった。

「そう」

 ティアは、力なくうなだれた。

 予期していた反応とはいえ、胸が苦しくなった。

「この大学にいる間は」

「え」

 弾かれたように顔を上げると、すでにアニスは遠くにいた。

 大学にいる間は。

 じゃあ、大学を卒業したら、友だちになってくれるの。

 どうして、そんな縛りを設けているの。

 そんな疑問が頭を駆け巡っている間に、アニスの姿は見えなくなった。

 ティアは、誰もいない廊下に目を向けたまま、しばらく立ち尽くした。

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