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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
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04 友だちできた

 哲学の講義が行われる教室は、東棟の三階にあった。

 ティアが教室に入るやいなや、二人の女子生徒が駆け寄ってきた。二人とも、目をらんらんと輝かせている。

 え、やば。もう生徒達にも、私が王女だってことがばれちゃっているのかしら。

「ティアさん、だよね」

「あ、うん」

「私はリデル」

 短めの茶髪の女子生徒が名乗った。

「私はミーア」

 長めの金髪の女子生徒が名乗った。

 えっと、何だろう。

ティアは、少し身構えた。

「私達と、友だちになってほしいの」

 リデルの申し出に、ティアはきょとんとした。

「昨日の自己紹介、すごく面白かったから」

 ミーアは、満面の笑みを浮かべた。

 はて、そんな面白いこと言ったっけ。

 ティアは、昨日の場面を回想した。

エレル王国から来ました、ティアです。ここヴァイス大学に入学したからには、めちゃんこ頑張って、学年トップの成績で卒業してやろうと目論んでいます。だから皆さん、お手柔らかにお願いします。

「普通だと思うけど」

 ティアが首をかしげると、二人は顔を見合わせて吹き出した。

「普通じゃないよ。面白かった」

「そうかな」

「それに私達、エレル出身の人と会うの初めてだから。とても興味があるんだ」

「え、意外。隣同士から、頻繁に行き来しているのかと思ってた」

「国同士はそうだけど、ヴァイスってエレルから地味に遠いでしょ。私達、生まれも育ちもヴァイスだし、ヴァイスの外に出ることも稀だから」

「そうなんだ」

 きっとお偉いさん方は行き来しているんだろうけど、私達と同年代の子はあまり来ないのかもね。

「ティアさん面白そうだし、エレルにも興味があるし」

「ティアでいいよ。じゃあ二人とも、ヴァイスの街には詳しいんだね」

「もちろん」

「大学が休みの時は、ヴァイスを案内してよ。いろいろ見て回りたいから」

「じゃあ、友だちになってくれるの」

「こんな私でよければ」

 ティアが言うと、二人は手を取り合ってはしゃいだ。

 よかった。ばれてはなさそうだ。

 でも、ここにきてエレル出身というのが活かせるとは思わなかったな。

 教室に教授が入ってくると、生徒達はおしゃべりをやめ、自席に戻っていった。リデルとミーアもティアに手を振って、各々の席に着いた。

 そうだ、ノイにも二人を紹介してあげよう。

 友だちは、多いに越したことはないからね。

 微笑んだティアは、机の上に哲学の教科書を置いた。

 

 必須科目の難易度は、ティアの想像を遙かに超えていた。講義のレベルの高さもさることながら、すべての科目で次回の講義までのレポート提出が課せられていた。レポートの出来不出来は単位修得の有無に直結するので、決しておろそかにはできない。ティアもノイも、寮に帰って夕飯を済ませた後は、夜遅くまで机にかじりついた。

「私、卒業できるかな」

 レポート用紙にペンを走らせながら、ノイは弱音を吐いた。

「そんな先のことなんて、考えちゃだめ」

「え」

「明日には終わらせて、明後日は思いっきり遊ぶよ」

 鬼気迫った表情で物理学の教科書をめくっているティアを見て、ノイはふっと表情を崩した。

 翌日の講義は休みだったが、レポートが終わらなかった二人は、大学の図書館にこもってレポート作成に没頭した。同じ立場の学生も多く、図書館は人であふれかえっていた。

閉館となる夜八時直前になって、ようやくレポートを完成させた二人は、館内に響き渡るほどの大きなため息をついた。

 翌朝。待ち合わせ場所は、大学の正門前だった。ティアもノイも、昨日までの悪戦苦闘の疲れもあり、あくびが止まらなかった。

 少しして、リデルとミーアがやってきた。二人とも足どりは重く、目の下に隈ができていた。

「おはよう」

「ひどい顔だね」

「そっちこそ」

 三人で笑い合う中で、ノイだけはもじもじしていた。

「あ、彼女が私のルームメイトのノイ」

「初めまして」

 ノイは、リデルとミーアに頭を下げた。

「ティアから話は聞いてるよ。ライマから来たんだってね」

「はい」

「すごい遠いよね。船でも三日くらいかかるでしょ」

「ええ、まあ」

 ノイは、肩をすぼめた。人見知りが発動し、目も合わせられない。

 彼女達、私のことどう思ってるんだろう。

やっぱりライマ出身だから、あまり印象はよくないのかも。

 不意に、肩を叩かれた。横を向くと、ティアが微笑んでいた。

「ノイ、大丈夫だから」

「え」

「私がついてるよ」

 ティアは、片目をつむった。

その瞬間、ノイの中にあったモヤモヤが、すうっと消え去った。

「さあ、まずは私が案内するよ」

 そう言って、リデルは歩き出した。ノイはティアの背中にくっつきそうな距離で、歩を進めた。

 リデルに連れられてやってきたのは、ヴァイスの中心部にある王立公園だった。大都市の中心とは思えないほど緑豊かで、青々とした芝が目にも鮮やかだった。そこかしこで、家族連れや子ども達が思い思いにくつろいでいる。

「綺麗」

 ノイは、思わずつぶやいた。公園はどこも手入れが行き届いていて、清潔感に満ちていた。

「これだけ広大な公園だと、維持するのも大変だ」

 ティアが感心して言うと、リデルは得意げに胸を張った。

「リードア王様の勅命で造られた公園だからね。莫大な予算がかけられてるよ」

「公園の前は、お城だったんだ」

 リデルの解説に、ミーアが補足した。

「え、お城って、大学の隣じゃないの」

 ティアが訊ねると、ミーアは首を横に振った。

「元々はここに在って、四十年程前に大学の隣に移ったの。二人は、ヴァイス攻城戦って知ってるよね」

 ティアは、息をのんだ。

「うん。五十年前にあった、ラクサールとエレルの戦争だよね」

 ノイが答える。

「そう。その時に、お城は壊滅的な被害を受けて、再建できなくなったの。そこで、大学の隣にお城を移して、しばらくは負の遺産としてそのまま残された。だけど、リードア王様が就任すると、それを取り壊して公園にするように命じたんだ」

「どうして公園にしたの」

「戦争の悲惨さを忘れないように負の遺産として残すのも大事だけど、それを乗り越えて前に進むことも大事だって、リードア王様がおっしゃっていたみたい。もっとも、すべてを撤去したわけではなくて、お城の瓦礫の一部は戦争記念館に保管されているけどね」

「絶妙なバランス感覚だね」

 賞賛するノイの横で、ティアは肩身が狭くなる思いだった。

 なんだよ。めっちゃ曾お爺様が絡んでるじゃん。

 ということは、この公園のどこかで曾お爺様は流れ矢に当たって亡くなったってことか。

 いったい、どれほどの人の血が流されていたのだろう。

 自分がしたわけじゃないのに、なんだか気分が悪い。

「ティア」

 はっと我に返ると、三人が不思議そうな顔をしていた。

「どうしたの」

「昨日のレポートで、頭がぼうっとしちゃって」

「だよね。これだけ陽気が良いとぼうっとするよね」

 リデルは、クスクス笑った。

 後ろめたさを押し隠しつつ、ティアは笑みをつくった。

 公園をのんびり散策した後で、次にリデルが案内したのは、公園から少し離れたところにある小さなカフェだった。隠れた人気店ではあったが、まだ朝の時間帯だったため比較的空いていて、四人はすぐに座ることができた。

「ここは紅茶もおいしいけど、クッキーが絶品なんだ」

「え、クッキー」

 ティアの後ろめたさは、一瞬で霧散した。

「何がおすすめ」

「一番人気はプレーンだけど、私はチョコが好きかな」

「私はカボチャ。甘さ控えめでちょうど良いんだよね」

「レーズンもあるんだ。どれもおいしそう」

 年頃の女の子らしく、四人はキャッキャとはしゃいだ。

 香り高い紅茶と絶品のクッキーに舌鼓を打ちながら、四人はおしゃべりを心ゆくまで楽しんだ。お互いの家族のこと、これまでの歩み、好きなものや苦手なもの。話題が尽きることはなかった。ノイもすっかり打ち解けて、三人の知らないライマ帝国の慣習や風習についても余すことなく話した。

「それを聞くと、ライマって距離的にも感覚的にも遠い存在だなあ」

 リデルは、独りごちた。

「やっぱり、変かな」

「ううん。国が違えば当然だよ。変だとは思わないし、尊重しなきゃいけない部分だと思う」

「そう」

 ノイは、ほっと胸をなで下ろした。

「私も同じ意見。ノイが気にすることじゃないよ」

 ミーアが言うと、ノイは小さく頷いた。

 二人に会わせて良かった。

これでノイは、孤独を感じなくて済む。

 ティアは、心の中で二人に感謝した。

 話題は、将来のことに変わった。リデルもミーアも、揃って官僚を目指していた。

「この国が好きなのはもちろんなんだけど、何よりこのヴァイスの街が好きだからっていうのが大きいかな。この街の平和を、ずっと守っていきたいって」

 リデルは、よどみなく言った。

「官僚といっても、いろいろな貢献の仕方があるけど、私は外交に携わりたいかな。一番平和に直結するものだし、何より国のお金で外国旅行に行けるなんて最高じゃん」

 ミーアは、少しおどけて言った。

「国籍は違うけど、みんな国を思う気持ちは一緒なんだね」

 ノイは、うれしそうに言った。

 そうだよ。みんな、自分の国が好きなんだ。

 私だってエレルが好きだし、エレルの国民のために頑張りたいと思っている。

 国を思う気持ちが強ければ、無意味な戦争なんて起きやしない。

「もし私達が指導者になったら、少なくても三国では戦争は起きないね」

 ティアの言葉に、三人はぽかんとなった後で吹き出した。

「ティア、王様にでもなるつもりなの」

 リデルが苦しそうに笑いながら言うと、ティアは照れ笑いをつくった。

 うん、たぶんなるよ。それも、高い確率でね。

 そう、心の中でつぶやきながら。

 カフェを後にした四人は、今度はミーアのおすすめの場所へ向かった。ヴァイスの中心地からだいぶ離れ、家がまばらになってきても、ミーアはてくてく歩いた。

「どこまで行くつもり」

 しびれを切らしたリデルが訊ねると、ミーアはにやりと笑った。

「現実の悩みがちっぽけに感じられる、特別な場所」

「そんなとこ、あったっけ」

 リデルは、首をかしげた。

 ミーアは林の中の、獣道のように細い道を迷いなく進んだ。勾配がきつくなり、息も上がる。リデルはイライラし始め、ノイは不安そうにキョロキョロしていた。ティアはというと、これは良い運動になるなあ、筋肉が喜んでるぞ、とウキウキしていた。

 ミーアが足を止めたのは、林を抜けた先の小高い丘だった。すっかり日は暮れて、空は藍色を濃くしていた。

「ここの、何が、特別なの」

 息も絶え絶えにリデルが訊ねると、ミーアは三人を見回した。

「ここで輪になって、二十分くらい目をつむって」

 ミーアの指示に、三人はぽかんとした。

「途中で、絶対に目を開けちゃだめだよ」

「だから、どうしてそんなことするの」

「私の言った意味がわかるから」

 ミーアは、にっこり笑った。戸惑いながらも、ティアとノイはミーアの指示に従い、目をつむった。

「ろくなもんじゃなかったら、承知しないからね」

 文句を言いながら、リデルも目をつむった。

 視覚を閉ざすと、聴覚が研ぎ澄まされる。風の音と虫の音が、緩やかに耳を撫でていく。

「もういいよ」

 ミーアの声で、三人は目を開けた。暗すぎて、お互いの顔さえ判別できない。

「見上げてごらん」

 ミーアの指示に従って空を見上げると、そこには溢れんばかりの星々が瞬いていた。

大河のように星が夜空を覆い尽くし、いまにもこぼれ落ちそうなほどだった。

「すごい」

 ティアは、放心したようにつぶやいた。

こんなに綺麗な星空は、エレルでも見たことがない。

「ここならヴァイスの街明かりも届かないし、空気も澄んでいるから、星がよく見えるんだよね」

 ミーアは、得意げに言った。

「悔しいけど、確かに特別だわ」

 リデルは、ため息をついた。

「なんだか、心が洗われるよう」

 ノイは、目を潤ませた。

 広大な宇宙には、いったいどれだけの星があるのだろう。

 ミーアの言ったとおりだ。

この絶景と比べたら、現実の悩みなんてちっぽけなもんだ。

 ティアは、しみじみ思った。

 四人は、宝石の海と化した夜空を、飽くことなく眺め続けた。

「天文学のレポート、あれでよかったのかな」

 ティアが、ぽつりとつぶやいた。

「急に現実に戻らない」

 ミーアは、素早くつっこんだ。

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