03 入学式
雲の切れ間から、陽光が街を包み込むように降り注いでいた。まるで、天までもが祝福しているかのようであった。
ヴァイス大学の大講堂に、新入生が整然と並んでいた。その数、百人。少ないと感じるかもしれないが、受験者は世界各国から一万人を超えている。それだけ、ヴァイス大学に入学するということは狭き門であるということだった。
壇上の向かって左側には大学関係者が、右側には来賓であるラクサール王国の関係者が着席していた。中でも新入生の目をひときわ引いたのは、他でもないラクサール王国の現国王、リードア王であった。国王自らが一大学の入学式に臨席するなど、他国では到底考えられないことだった。
豊かな白髭に、綺麗になでつけられた白髪。齢七十を超えても衰えぬ眼光の鋭さは、新入生達をさらに緊張させた。
実はティアは、リードア王とは初対面ではなかった。十三年前に国賓としてリードア王がエレル王国を訪れた際に、ほんの数分だけ面会していた。当時五歳のティアには、なんだか怖い顔のおじちゃん、というイメージしかなかった。
まあ、私のことなんて覚えていないだろうね。
そう高をくくったティアだったが、壇上の両側からやけに視線を感じた。リードア王も例外ではなく、チラチラとティアに視線を向けていた。
なるほど。お偉いさん方には、とっくにばれているってことか。
思わず、笑みをこぼしそうになった。
隣国の王女が、ヴァイス大学に入学した。それこそ、前代未聞の出来事だった。
大学側が、どの時点でティアのことを把握したのかはわからない。受験前だったのか、受験後だったのか。いずれにしても、最高学府であるヴァイス大学がティアに対して忖度や配慮をしたら、それこそ名門の名に傷がつく。純粋に一受験生としてティアを受け入れ、ティアは見事に合格ラインの点数を取ったということに他ならなかった。
さて、どう出てくるか。
この状況でも、ティアは警戒するどころかむしろ高揚していた。
事を荒立てたくないラクサール王国側が、ティアに手出しするとは考えにくい。かといって、現在は和平状態ではあるが、フォートン三世の時代には凄惨な殺し合いをしてきた相手国の王女であるティアに、自国が不利となるような情報をフリーハンドで与えることは決して許されない。その一方で、逆に自国に有益な情報をティアから引き出したいとも考えているはずだった。
きっと、面倒な奴を入れちゃったなって、思っているんだろうな。
お手並み拝見、といきますか。
壇上からの視線を浴びながら、ティアは心の中でほくそ笑んだ。
学長からの祝辞に続いて、来賓を代表してリードア王の祝辞の番となった。壇の中央に進み出たリードア王は、新入生を見渡した後で、静かに語りだした。
「諸君は、このヴァイス大学の門をくぐることを許された俊英である。研鑽を積み、互いに高め合い、ラクサール王国だけでなく各国の英傑とならんことを祈念する。ここヴァイス大学では、国籍は無用である。無論、差別など存在しない。皆が平等に学び、平等に成長していくことのできる環境がある。諸君には、国の垣根を越えて交流を重ね、世界の恒久的な平和に寄与することを強く望む。諸君に、幸多からんことを」
リードア王の祝辞が終わると、大講堂は拍手に包まれた。新入生の中には、涙ぐむ者もいた。ティアやノイのように、越境入学をしてきた生徒なのかもしれない。
本音なのかな。
本音だったらうれしいな。
ティアは、自席に戻るリードア王の背中を目で追った。
最後に、新入生総代として、一人の女子生徒が壇に上がった。
アニスと呼ばれたその子は、すらりとした長身で、目鼻立ちははっきりとしていて、どことなく高貴な雰囲気を纏っていた。
総代ってことは、成績トップってことか。すごいなあ。
ティアは、尊敬の眼差しを向けた。
「私達は、ヴァイス大学の名を汚さぬよう、精進して参ります。リードア国王陛下、並びにヴァイス大学の皆様、どうかご期待くださいい。必ずや、世界に名を轟かす傑物となりましょう」
対面の学長のことをまっすぐに見つめ、アニスはよどみなく言いきった。
かっこいい。
答辞を終えて颯爽と壇を降りるアニスを目で追ったティアは、胸を踊らせた。
入学式がつつがなく終了すると、ティアはノイと一緒に大講堂を出て、大学構内の廊下を進んだ。この後は、クラスごとでのオリエンテーションが行われる予定だった。
「入学式、すごく良かったね」
「うん」
「両親にも、来てほしかったなあ。めちゃくちゃ遠いし、スケジュールも合わなかったから無理だったけど」
ノイは苦笑した。
私の両親が来ていたら、とんでもない騒ぎになっていただろうなあ、とティアは思った。
クラスは四つに分かれていて、ノイとは別のクラスだった。名残惜しそうなノイに手を振ってから、ティアは教室に入った。
教室にはすでに、クラスの半数以上の生徒がいた。騒がしい教室の中で、一人静かに座っているアニスがいた。
やった、同じクラスだ。
ティアは、小躍りした。
頬杖をつきながら、アニスは窓の外を眺めていた。どことなく近寄りがたい雰囲気を醸し出していたが、ティアにはまったく効き目がなかった。
「アニス」
名前を呼ばれたアニスは、頬杖を解いてティアの方を向いた。
「私はティア。よろしくね」
満面の笑みで手を差し出したティアだったが、アニスの眉間には深いしわが刻まれた。
「何なの急に。馴れ馴れしい」
「え」
「私に話しかけるなんて、十年早いわよ」
辛辣に言ったアニスは、ぷいと顔を背けた。
やべえ、マジでおっかねえんですけど。
私、何かした。
差し出した手を引っ込めたティアは、とぼとぼと自席に戻った。
単純に、友だちになりたいだけだったのに。
ティアは、ため息をついた。
「災難だったな」
声のした方を向くと、一人の男子生徒が立っていた。茶色の縮れ髪に、そばかすの目立つ顔立ちで、がっしりとした体躯をしていた。
「アニスはラクサールの軍幹部の娘で、プライドが高いんだ」
「彼女のこと、知ってるの」
「幼馴染みだからね」
男子生徒は、困ったような笑みを浮かべた。
「俺の名はレム。君は」
「ティア」
「俺はアニスと違ってしがない貴族の出だから、プライドなんて何もないので。よかったら仲良くしてよ」
「うん。ありがとう」
「それじゃあ」
そう言って、レムは自席に戻っていった。
よかった。仲良くできそうな子がいて。
みんながみんなアニスみたいだったら、寂しくて泣いちゃうところだったよ。
ふと視線を感じて振り向くと、アニスと目が合った。ティアが小首をかしげるとアニスは慌てて視線をそらし、窓の外を向いた。
おやおや、アニスさん。隙を見せたね。
高い壁ほど、登り甲斐があるってもんだ。
絶対に仲良くなってみせるから、覚悟しなさい。
ティアは、にんまりした。
オリエンテーションの前に、生徒達の自己紹介があった。クラスのほとんどがラクサール王国の出身で、ティアのような外国出身者は他に一人だけだった。
その一人が、ファオという名の男子生徒で、大陸の中央に位置するスーサ公国という小国出身だった。レムとは対照的に細身で眼鏡をかけ、いかにも知的な雰囲気があった。
スーサ公国は険しい山脈に囲われた自然の要塞で、小国でありながら長らく独立を保っていた。風光明媚な国としても有名で、観光収入は公国を支える貴重な財源でもあった。ティアにとっても憧れの国だったが、王女という立場故になかなか行く機会に恵まれなかった。
ちょっと取っつきにくそうだけど、仲良くなったらスーサのことを聞きたいな。
よし、どんどん楽しみが増えてきたぞ。
ティアは、ますますにんまりした。
自己紹介が終わると、大学職員から改めてヴァイス大学の方針が発表された。
一、二年生は必修科目のみで、三年生からは必修科目と選択科目、四年生からは一つの研究に絞り込み、その研究に基づいた論文を提出し、晴れて卒業となる。
なお、ヴァイス大学には留年という概念はなく、各学年で設定された単位を修得しなければその時点で退学処分となる。あまりにも厳しい方針ではあるが、出願する時点ですでに周知のことであったため、生徒達に動揺はなかった。
オリエンテーションを終えて教室を出たティアは、ノイと合流した。
寮へと続く道すがら、二人はそれぞれのクラスについて語り合った。ノイのクラスもラクサール王国出身者ばかりで、当然のようにライマ帝国出身者はノイだけだった。
「リードア王様は国籍は関係ない、平等だっておっしゃっていたけど、やっぱりちょっと不安だな」
「まあ、実際のところ、国の違いは大きいよね」
「そうだね」
「ついていけない話題とか、絶対にあるだろうし」
「私、クラスのみんなと仲良くできるかな」
つぶやくように、ノイは言った。
「大丈夫だよ」
「え」
「クラスで友だちができなくても、私がいるじゃない」
ノイは、足を止めた。
「だってもう、私とノイは友だちでしょ」
ティアは、微笑みを向けた。
「ありがとう、ティア」
ノイは、目を潤ませた。
「さてと、今日の夕飯は何かなあ」
「もう、食い意地張っちゃって」
傾いた夕陽が、二人の影を石畳の道に伸ばしていた。




