36 二人はどこに
目を開けると、白い天井が見えた。
耳が痛くなるほどの静寂が、辺りを包み込んでいる。
ここが、あの世というところか。
なんだか、殺風景だな。
ティアは、ぼんやりと思った。
しばらくすると、足音が近づいてきた。目を左に向けると、木製の扉が開いた。
「ティア」
扉の向こうには、ノイが立っていた。唇を震わせて、涙を浮かべ、ベッドに臥床するティアに飛びついた。
「よかった、よかった」
ティアの胸の上で、ノイは泣きじゃくった。
「ここは、どこ」
「軍の病院だよ」
涙声で、ノイが答える。
「三日間も、目を醒まさなかったんだよ」
聞きなじみのある、懐かしい声がした。扉に目を向けると、ファオとライドが病室に入ってきた。微笑むファオは、右目に白い眼帯をしている。
「一時は危篤状態で、本当に危なかったのよ」
ライドは、目を赤く腫らしていた。
そうか。
私は、生かされたんだ。
ティアは、泣きじゃくるノイの頭を撫でた。
扉の向こうに、もう一人の姿が見えた。そこには理事長が、病室に入りたそうにソワソワしていた。
「理事長は、まだ駄目ですよ」
ライドが窘めると、肩を落とした理事長は扉を閉めた。
「まったく、理事長の長話は身体に堪えるのよ」
ライドは、肩をすくめた。
泣きやんだノイが離れたので、ティアは上半身を起こそうとしたが、腹部に激痛が走り、思わず顔をゆがめた。
「まだ、起きちゃ駄目。安静にしてて」
ノイが、慌ててティアを制した。患者衣の裾をめくると、腹部には包帯が何重にも巻かれていた。
「本当に、よく頑張ったわね」
ライドは、目を細めた。
「あなた達は、私の誇りよ」
ライドの言葉に、ノイは恥ずかしそうに俯いた。
その時、ティアのお腹の虫が、豪快に鳴った。
頬を赤らめたティアは、両手で顔を隠した。
「三日間も飲まず食わずだったんだから、お腹が空いて当然よ。今、病院食を持ってきてもらうわね」
そう言って、ライドは病室を出て行った。
ベッドの傍らにある椅子に、ノイとファオは並んで座った。
「私、勝ったんだよね」
天井を見上げながら、ティアはぽつりとつぶやいた。
「なんだか、実感が湧かないなあ」
ため息交じりにティアが言うと、ノイは微笑んだ。
「ちゃんと見届けていたから。ティアが勝つところを」
「僕も、見たかったな」
ファオにしては珍しく、おどけて言った。
「本当にすごかった。ティアもヨシアさんも、めちゃくちゃ速くて。全然、目で追えてなかった」
ノイは、興奮気味に語った。
朧気に頭に浮かんできたのは、ヨシアの戦いぶりだった。
とてもじゃないけど、勝てる相手じゃなかった。
あの時奇襲をかけなかったら、間違いなく私は殺されていた。
でも、どうしてだろう。
死が目前に迫っていたのに、まったく怖くなかった。
むしろすごく楽しくて、ヨシアさんとずっと戦っていたかった。
私も、相当頭をやられたみたいだ。
「何、ニヤけているの」
我に返ると、ノイはキョトンとしていた。
「なんでもない」
「変なティア」
ノイは、クスクス笑った。
「あ、そうだ。ノイ」
「なあに」
「アニスとレムは、どこに行ったの」
ティアの問いに、ノイとファオは瞠目した。
途端に、病室の空気が、一気に張りつめる。
あ、そうだった。
二人とも、死んじゃったんだ。
何で、忘れていたんだろう。
そう思った途端、胸がギュッと締めつけられた。
こみ上げてきたのは、かつてないほどの悲哀。
ティアの目から、涙がこぼれ落ちた。
「アニス、レム」
ティアは、声を上げて泣いた。
あやすようにティアの頭を撫でるノイも、泣いていた。
顔を伏せたファオは、肩を震わせていた。
戦いから解放されたティアは、ようやく二人の死を受け止めることができた。




