31 男の生き様
最終試験はヴァイス大学ではなく、ラクサール王国軍の訓練場で行われることとなった。
馬車に揺られて到着した五人の前に現れたのは、古代の闘技場のような建物だった。中に入ると、高い壁に囲まれた円形の舞台があり、その周りを観覧席がぐるりと囲っていた。
完全非公開で行われる試験のため、観覧席には誰もいなかったが、舞台袖にある来賓席には、今回の試験の見届け人の姿があった。
ヴァイス大学側からは理事長とライド、ラクサール王国軍側からは親衛隊長のリュドマーと、元帥の一人であるゲルトが座っていた。さすがにアイケの姿は見えなかったが、訓練場の死角となっているところにいるかもしれなかった。
訓練場の外には、軍の救護隊が控えていた。医療器具や担架も用意され、準備万端といったところだった。
初めて見る訓練場の迫力に圧倒されていると、訓練場の外から複数の足音が近づいてきた。ティアが目を向けると、親衛隊の軍服に身を包んだ、五名の最終試験官が入場してきた。
整列した五名は、一人一人握手を交わした。ディートと目が合ったティアは、一瞬だけ微笑んだが、ディートは黙って目をそらした。
見届け人を代表して、ゲルトから最終試験の内容が発表された。
一対一の対戦で、時間は無制限。どちらかが戦闘不能になるか、降参するまで続く。武器は、剣と槍のどちらを使用してもよい。防具の使用も自由だが、ハンデのため親衛隊の防具の使用は認めない。
ハンデには、ならないよな。防具を着ると、動きが緩慢になっちゃうし。私は、着ないけどね。
ティアは、心の中でつぶやいた。
続いてゲルトは、対戦相手と対戦順を発表した。学生側も親衛隊側も、固唾をのんで耳を傾けた。
第一試合 レム対ヴァルター
第二試合 ノイ対エルンス
第三試合 ファオ対フリック
第四試合 アニス対ディート
第五試合 ティア対ヨシア
訓練場がざわめきに包まれる中、ゲルトはそれぞれの対戦相手と顔を合わせるよう促した。
こりゃ、まいったな。
間違いなく、この中で一番強い人じゃん。
ヨシアを前にしたティアは、武者震いした。
「よろしくお願いします」
ヨシアは、礼儀正しく挨拶した。
「あ、こちらこそ」
ティアは、慌てて会釈した。
柔和で、可愛らしい人。とても、親衛隊には見えない。
だけど、この拭いきれない違和感は何だろう。
微笑むヨシアに、ティアの鼓動は忙しなくなった。
一方のエルンスは、自分の対戦相手のノイよりも、ヨシアがティアと対戦することの方に衝撃を受けた。
完全に、王女様を殺しにかかっているじゃねえか。
本当に、戦争をおっぱじめるつもりでいやがる。
エルンスは、来賓席に座るゲルトを睨んだ。
ディートは、対戦相手がアニスと知って、動揺を隠しきれないでいた。
覚悟は、しているつもりだった。
でも、いざ対戦が決まると、心が落ち着かない。
私は、きちんと戦えるのだろうか。
まるで動揺を見透かしているかのように、対面のアニスはディートのことを静かに見つめていた。
リュドマーが第一試合の開始を告げると、学生側は東の壁際に、親衛隊側は西の壁際に移動した。
レムとヴァルターは、互いに槍を選択した。防具の着用について訊ねられたレムは、丁重に断った。
レムを更に上回る巨漢のヴァルターを前にして、槍を持つレムの手は小刻みに震えていた。
こんなことなら、先生の言うとおりにすればよかったのかもな。
レムは、引きつった笑みを浮かべた。
最終試験の一ヶ月前。実戦武術の講義を終えたレムが帰ろうとしたとき、ライドに呼び止められた。
なんだか、嫌な予感がする。さあ、これから個人レッスンよ、とでも言われたらどうしよう、と身構えたレムだったが、言われたのはもっと残酷なことだった。
「あなたは、最終試験を辞退しなさい」
レムは、瞠目した。
ライドは、その理由を説明した。
他の四人と比較して、レムの実力は圧倒的に劣っている。このままでは、まったく勝負にならない。最終試験官の、一方的な殺戮になる。ここで辞退することは、決して恥ではない。むしろ、今まで良く頑張ったと。
ライドの説明が終わると、レムはひとつ息をはいた。
「それはわかってますよ、先生」
「だったら、辞退するのね」
レムは、首を横に振った。
「ここまで来たら、もう後には引けませんよ」
「どうして」
「先生も男なら、わかるでしょ」
私はオカマよ、と言いそうになったライドだったが、慌てて口をつぐんだ。
「女のティアやアニスやノイが、あれだけ頑張っているんだ。ここで引いたら、男が廃りますよ」
「死ぬわよ、あなた」
「辞退して一生後悔するくらいなら、戦場で華々しく散った方がいい。それが、男ってもんです」
レムが力強く言い切ると、ライドは頬を赤らめた。
「期待しててください、先生。男の生き様ってやつを、見せてやりますから」
レムは、白い歯を見せた。
格好つけて言ってはみたものの、現実はそう甘くはないか。
この人に勝てるイメージが、まったく湧いてこない。
レムの目には、ヴァルターが三メートルを超える巨人に映った。
一方のヴァルターは、レムを前にしてため息をつきそうになった。
王女様やアニス様と当たらなかったことに、正直ホッとしている自分がいる。どう転んでも、後味が悪くなるだろうから。
だが、その代わりとして俺にあてがわれたのは、図体がでかいだけのお子様とは。
実に腹立たしい。軍の幹部どもは俺のことを、除隊直前の用済みとでも認識しているのだろう。
俺がこの戦いに、どれだけの熱意を持って挑んでいるのか、貴様らにはわからないのか。
こんなものは、戦いじゃない。ただの公開処刑だ。
悪く思うなよ、坊や。
死刑執行人として、痛みを感じることのないよう、一瞬で殺してやる。
ヴァルターは、レムの心臓を目掛けて槍を突いた。風を切り裂くような音を轟かせながら飛びこんでくる槍先を、レムは胸に当たる直前で槍で弾き返した。
なんだと。
目を見張ったヴァルターは、後ろに飛び退いた。槍を持つ両手に、強い痺れを感じていた。
俺が全力で突いた槍を、この子は弾き返した。
どうやら、ただ図体がでかいだけの、でくの坊ではないらしい。
さすがはライドの弟子、といったところか。
おかげで、少しは楽しめそうだ。
しかし、ライドの奴、同期の中で実力は飛び抜けていたのに、一年程度であっさり辞めやがって。あれは、未だに意味がわからん。
最後まで、俺とはまともに目を合わせようとしなかったし、変わった奴だった。
まあ、転職先がヴァイス大学というのは、栄転かもしれないがな。
一方その頃、来賓席で見守るライドは、かつて愛した同期のヴァルターと愛弟子のレムが、自分を巡って争っている、と勝手に解釈して、勝手に身悶えていた。
その後は、一進一退の膠着状態が続いた。苦戦必至と見られていたレムだったが、ヴァルターの重くて速い槍をことごとく弾き返した。防戦の中で、時折鋭く槍を振り抜き、ヴァルターの服を掠めた。
だが、時間の経過と共に、徐々にヴァルターが押していった。埋めがたい経験と体力の差は、レムをジワジワと追い詰めていった。服はところどころが破れ、傷からは血が滲んできた。
もう、体力が持たない。
弾き返すのも、限界だ。
こうなったら、捨て身で行くしかない。
槍を構えたレムは、真正面からヴァルターに突っ込んできた。
追い込まれて、破れかぶれになったか。
返り討ちにすべく、レムの喉元目掛けて、ヴァルターは槍先を伸ばした。
喉元に槍先が触れる寸前で、レムは咄嗟に首を傾けた。槍先は、レムの左肩に突き刺さった。
何だと。
肩に突き刺させることで、ヴァルターの槍の自由を奪ったレムは、槍を両手から片手に素早く持ち替えると、ヴァルターの脇腹に突き刺した。
槍先がヴァルターの脇腹を確実に捉えた感触と、左肩の猛烈な痛みが、同時に襲ってきた。
え。
ヴァルターは表情ひとつ変えずに、レムの肩から槍を抜いた。脇腹からは、血が噴き出しているにもかかわらず。
常日頃から身体を鍛えているヴァルターの身体は、分厚い筋肉の鎧に覆われていた。レムが片手で突き刺したこともあって、両手で突き刺すよりも力が入らなかった分、槍先は内臓を貫くことなく腹筋で止まっていた。
肉を切らせて骨を断つ、か。たいしたものだ。
坊や、侮って悪かったな。
君は、立派な戦士だったよ。
ヴァルターは両手で持った槍を、レムの背中目掛けて突き刺した。
槍先は、レムの腹部を突き破って出てきた。
ノイが、悲鳴を上げる。
背中と腹部から血が噴き出し、レムの口からも血があふれ出た。
勝負あったな。
ヴァルターは、槍から手を離した。
「救護隊、来てくれ。今ならまだ助かる」
ヴァルターが声を掛けると、訓練場の外に控えていた救護隊が、慌てて中に入ってきた。
その時、救護隊の足が、ピタリと止まった。
訝しむヴァルターの背後から、レムが槍を伸ばしていた。
槍先は、ヴァルターの首筋に突き刺さった。
振り向いたヴァルターの眼前には、槍で腹部を貫かれたままのレムが、よろめきながら立っていた。
「まだ、勝負はついてねえのに。隙を見せやがって」
溺れるような声で、レムはつぶやいた。
ヴァルターの首筋から、鮮血が噴き出した。
これは、頸動脈が切れている。
俺はもう、助からない。
そう悟ったヴァルターは、レムから槍を奪い取った。
「まったくだ。俺は、親衛隊失格だな」
血しぶきを上げながら槍を両手で持ったヴァルターは、レムの胸に突き刺した。
槍先は、レムの胸部を突き破り、背中から出てきた。
口から大量の血を溢れさせたレムは白目を剥き、がっくりとうなだれると、地面に倒れこんだ。
「レム」
ティアが叫ぶのと同時に、四人はレムに一斉に駆け寄った。
一目見て、レムはもう助からないと判断した救護隊がヴァルターに駆け寄ると、ヴァルターは首を横に振った。
「大丈夫。俺も死ぬから」
微笑んだヴァルターは、おもむろに地面に腰を下ろした。
君の人生は、儚く短かった。
だが、良き友に恵まれて、幸せだったのかもしれないな。
薄れゆく意識の中、ヴァルターの目に映ったのは、冷たくなったレムを抱きかかえるティア、傍らで泣き叫ぶノイ、唇を強くかみしめるアニス、肩を震わせるファオの姿だった。
後悔ばかりの、人生だった。
でも、何でだろうな。
最期の最期で、こんなにも穏やかな気持ちでいられるのは。
そっと目を閉じたヴァルターは、座ったままの格好で、息を引き取った。
来賓席から二人の対戦を見守っていたライドは、ただ黙って涙を流した。




