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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
30/38

30 遺書を書くこと

 最終試験を一週間後に控え、最後の実戦武術の講義を終えた五人は、ライドの前に整列した。五人の顔をじっくり見回したライドは、納得したように頷いた。

「ここまで一人の脱落者も出さずに来られたことは、誇りに思っていいわ。みんな、よく頑張ったわね」

 ライドの褒め言葉に照れる者、無表情の者、気を引き締める者、反応は様々だった。

「あなた達は、最初の時と比べて格段に強くなったわ。自信を持って、最終試験に挑みなさい」

 ライドが力を込めて言うと、五人は頷いた。

「勝敗は抜きにして、全員が生き残るのが理想だけど、それは無理かもしれないわね」

 ライドの表情が、不意に陰った。

「おっしゃっている意味がよくわかりませんわ」

 声を上げたのは、アニスだった。

「先生こそ、自信を持ってくださいな。私達は、先生の教えを受けて、ここまで強くなりましたのよ。先生の顔に泥を塗ることはできませんわ。必ずや全員で勝利をおさめて、先生への手向けとさせていただきますわ」

 アニスのお嬢様全開節に、四人は面食らった。

「相手は、親衛隊の中でも選りすぐりの精鋭よ。現役時代の私よりも、遙かに強い隊員もいる。矛盾しているかもしれないけど、死ぬ覚悟で挑まなければ確実に死ぬわ」

「そんなこと、わかってますわ。ここにいる全員が死ぬ覚悟でいるからこそ、誰も辞退しなかったのですのよ」

「そうだよ、先生。私達を信じてよ。絶対に、後悔させない戦いをするから」

 アニスに続いて、ティアが言葉を紡いだ。

「そうね。こんなんじゃ、講師失格ね」

 ライドは、表情を崩した。

「あなた達のこと、信じているわ。必ず、生きて帰ってきなさい」

 ライドの言葉に、五人は力強く頷いた。

 講義が終了し、各々が運動場を出て帰路につくと、ティアはアニスに寄っていった。

「さっきは、ありがとう」

「何のことかしら」

「アニスがああ言ってくれなかったら、空気が悪くなったままだったから」

「たいしたことじゃないわ。励ます側の人間がネガティブなことを言っていたから、頭にきただけよ」

 アニスは、ふんと鼻を鳴らした。

 ふと、王立図書館分館でのやり取りが、思いだされた。

 どっちのアニスが、本当のアニスなんだろう。

「アニス」

「何よ」

「最終試験が終わったら、みんなで一緒にご飯を食べに行かない」

 ティアの提案に、アニスは目を丸くした。

「打ち上げみたいな感じでさ。私、美味しいレストラン知ってるんだ。エレルの郷土料理まで出してくれる、隠れ家的なお店なの」

「随分、ハードルを上げてくれるわね。そのお店は、美食家でもある私の舌を、果たして満足させることができるのかしら」

「うん、きっと満足できるよ」

「えらい自信だわ。じゃあ、今のうちに予約しておきなさい。五名で」

「あのさ」

「何よ」

「リデルとミーアも呼んでいい」

「七名で予約しなさい」

「わかった」

 ティアが吹き出して笑うと、アニスも笑いをこらえていた。

 本当のアニスなんて、どうでもいいや。

 目の前にいるアニスが、本物なんだから。

 アニスの横顔を見つめながら、ティアは心の中で独りごちた。

 いつもの就寝時間になっても、ノイは机にかじりついていた。黙々と、ペンを走らせている。

ベッドで寝返りを打ったティアは、ノイに声を掛けた。

「レポートが、終わらないの」

 ノイは、首を横に振った。

「両親に、遺書を書いているの」

 ノイが言うと、ティアはベッドから跳ね起きた。

「遺書って」

「遺書を書くことは、決して後ろ向きなことじゃないよ。私の心を落ち着かせるためにも、必要なことなの」

 ペンを置いたノイは、ティアの方を向いた。

「後顧の憂いを断つ、って言うじゃない。これで、心置きなく戦えるから」

「そういうものなのかな」

「人によるんじゃない。ティアも、書いてみる」

 ノイの言葉に、ティアは少し思案してみた。

「駄目だ。何にも思い浮かばない」

「じゃあ、書かなくていいんじゃない」

 ノイは、クスクス笑った。

「ちなみに、どんなことを書いているの」

「恥ずかしいから教えない」

「ケチ」

「強いて言うなら、両親への感謝と、大学の思い出かな」

「大学の思い出」

「ティアが、いっぱい出てくるよ」

「嫌だ。恥ずかしい」

「しようがないじゃん。ティアのおかげで、楽しい学生生活が送れているんだから」

 ティアは、キョトンとした。

「ライマから一人で出てきて、不安で仕方がなかった私に、ティアは手を差し伸べてくれた。ティアがいなかったら、きっと寂しくなって中途退学してライマに帰っていたかもしれない」

「大げさだよ」

「ううん。絶対にそう。ティアがいたから、今の私がいる。感謝しても、しきれない」

 戸惑うティアに、ノイは微笑みを向けた。

「私が死んだら、この遺書を両親に送ってほしい。送る前なら、ティアも読んでいいからね」

「だったら、読みたくない」

「え」

「私がノイの遺書を読むときは、ノイが死んだときってことになる。だったら、ノイが生きていれば、遺書を読まなくて済むってことだよね」

「そうだね」

「それに、私がいっぱい登場する遺書なんて、こそばゆくて読みたくないよ。ここに生きて帰ってきたら、真っ先に処分してよね」

「うん。そうする」

 二人は、吹き出して笑った。

 アニスもノイも、それぞれが事情を抱えていて、でも逃げることなく向き合っている。

 もう、迷わない。

 私も、全力を尽くすだけだ。

 死ぬ覚悟は、とっくにできているのだから。

 窓の外を見つめながら、ティアは決意を新たにした。

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