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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
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29 かわいい後輩

 休日の昼下がり、官舎を出たヨシアはヴァイスの中心街へ向かった。

 普段、休日は官舎の部屋で読書をして過ごすことが多かったが、実戦武術の最終試験まで一ヶ月を切ったこともあり、久しぶりに母校を訪れてみたくなった。

 王立公園の出店で軽食を済ませ、公園内をのんびりと散策した。肌寒い日が続いているが、今日は風もあまり強くなく、陽射しがポカポカしていて気持ちが良かった。

 公園には、家族連れやカップルの姿が多く見られた。思い思いにくつろぐ人々の笑顔が、そこら中で咲いていた。平和を謳歌する人々の様子に、ヨシアは目を細めた。

 今のうちに、味わっていた方がいいよね。

 もうすぐ、荒れに荒れてそれどころじゃなくなるだろうから。

 公園を出たヨシアは、人で賑わう大通りを抜けて、ヴァイス大学の本校舎前に到着した。

 自分が卒業してから、まったく変わっていない。そびえ立つような巨大建造物が、出迎えた。見る者を圧巻する建物を前にして、ヨシアは微笑んだ。

 懐かしいなあ。

 官舎からそんなに遠くないのに、ここに来るのは四年ぶりかも。

 思いだしちゃうからね、いろいろと。

 ヨシアは、慈しむかのように校舎を見上げた。

 ヨシアが生まれたのは、エレル王国とラクサール王国の係争地である、現在はエレル王国領となっている北部地域の小さな村だった。

 ヨシアが生まれたときはすでにエレル王国領となっていたが、親が子供のころはラクサール王国領であった。そのような複雑な背景もあり、ヨシアの住む小さな村でも、昔から住んでいた人々とエレル王国から新たに移入してきた人々との間で、何度も諍いがあった。昔から住んでいた人々は移入してきた人々のことを「新参者」と呼び、逆に移入してきた人々は昔から住んでいた人々を「田舎者」呼び、罵り合った。

 ヨシアが七歳の時、決定的な出来事が起きた。些細なことがきっかけで「田舎者」と「新参者」の若者の間で、殴り合いの喧嘩が始まった。喧嘩は次第にエスカレートし、瞬く間に村全体に広がった。人々は武器を持って立ち上がり、日頃の恨みを晴らすべく、凄惨な殺し合いが始まった。

 その中で、ヨシアの両親は、ヨシアの目の前で無残に殺された。

 ここに隠れていなさい。

 父親に押し込められた戸棚の隙間から、両親が「新参者」の手によって殺害されるのを見ていた。

 声を上げることもできず、ヨシアは恐怖に身体を震わせた。

 延々と聞こえていた悲鳴と怒号がパタリと止み、奇妙な静けさが辺りを包み込んだ。

 ヨシアは、意を決して戸棚を開けて外に出た。

 居間には、血の海の中で仰向けに倒れている両親の姿があった。二人とも目をかっと見開き、無念そうな表情で絶命していた。

 ヨシアには、それが現実とは思えなかった。悪い夢でも見ているような気分だった。

 家の外に出ると、さらにおぞましい光景が広がっていた。

 至る所の家から煙が上がっていて、村の広場は夥しい数の死体で埋め尽くされていた。五体満足の死体はほとんどなく、どの遺体も首や腕や脚がちぎれていて、どす黒い血だまりが幾つもできていた。

 そこには「田舎者」も「新参者」もなかった。

 あるのはただ、老若男女の死体だけだった。

 涙は、一切出なかった。

 その代わりに、ヨシアの中で、何かが弾けるような音がした。

 駆けつけたエレル王国軍に保護されたヨシアはその後、ヴァイスに住む親戚に養女として引き取られた。

 エレル王国民からラクサール王国民となったヨシアは、養父母から大層かわいがられた。ヨシアも、養父母の愛情を一心に受けて、何不自由なく暮らすことができた。

 勉学でも武術でも非凡な才能を見せたヨシアだったが、その裏ではフラッシュバックに苦しんでいた。

 死体の数々。両親の苦悶の表情。鮮血の海。

 全身に冷たい汗が噴き出てきて、息苦しさが襲ってくる。大きく何度も深呼吸をすることで落ち着いたが、年齢を重ねるごとにそれも効かなくなってきた。

 大学受験の直前になると、フラッシュバックは違う形になってヨシアにのしかかってきた。

 それは、殺人衝動だった。

 人を殺したい。

 また、あの時みたいに、血を見たい。

 そのたびに、頭の中で養父母を刃物で解体して、気持ちを鎮めていた。

 このままでは、本当に養父母を手に掛けてしまう。

 そう思ったヨシアは、ヴァイス大学に合格した後、養父母に頼み込んで寮に入ることを許可してもらった。基本的にヴァイス在住の学生に入寮は認められなかったが、成績一位の新入生総代ということで特別に認めてもらった。しかも、人数の関係上、相部屋ではなく一人部屋をあてがわれる幸運にも恵まれた。これで、同部屋の相手に危害を加えるようなことはなくなる。ヨシアは、心底ホッとした。

 入学後のヨシアは、取り憑かれたかのように勉学に没頭した。いや、没頭しなければならなかった。少しでも隙ができたら、またあの発作が襲ってくるから。友人もつくらず、休日は部屋に籠もりきりになった。

 二年生の後半にもなると、発作はほとんど起きなくなった。徐々に外出の機会を増やしたヨシアは、講義で親しくなった学生と一緒に食事をすることもあった。ようやく、大学生らしい生活を送ることができた。

 そんな中、三年次の科目を選ぶ段階となったヨシアは、実戦武術の内容に目を奪われた。

 ここ数年、受講者ゼロ。最終試験は本物の武器を使った対戦形式で、万が一死亡しても大学は責任を負わない。

 もはやおざなりで載せているかのような科目に、ヨシアは飛びついた。消えかけていた殺人衝動が、頭をもたげてきた。

 案の定、受講者はヨシア一人だけだった。講師のマンツーマンの指導により、元々あったヨシアの武術の才能が更に開花した。

 もう教えることは、何もない。

 上半期を終えた段階で、講師はヨシアに事実上の免許皆伝を宣告した。

 休日ともなれば、ヨシアはひたすら自主訓練に明け暮れた。朝から晩まで、剣や槍を振り続けた。

 最終試験官は、親衛隊でも怪力で名を馳せていた男性だった。対峙すると、まるで大人と子供だった。

「悪く思うなよ、お嬢ちゃん。手加減したら、俺も処罰されるんだ。本気で行くぜ」

 剣を肩に担いだ最終試験官は、不敵な笑みを浮かべた。だがその言葉は、ヨシアの耳にはまるで届いていなかった。

 殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。殺してやる。

 ヨシアはもはや、言葉の通じない、血に飢えた獣だった。

 対戦は、あっけなく終わった。

 最終試験官の振り下ろした剣を躱したヨシアは、懐に潜り込むと、剣を水平に振った。

 最終試験官は、腹部に猛烈な痛みを感じるやいなや、視界が真っ暗になった。痛みはなくなり、思考は停止した。

 切り離された頭部が、自分の足元に転がっていた。

 絶命しても仁王立ちのままの最終試験官の首から、夥しい量の鮮血が噴き上がっていた。

 剣を降ろしたヨシアは、両手を広げ、全身で鮮血を受け止めた。白い服は、たちまちのうちに赤く染まっていった。

 これこそが、待ち望んでいたもの。

 なんて、気持ちが良いのだろう。

 私は、完全に狂っている。

 でも、狂っていることから、もう目は逸らさない。

 これが、紛れもない私なのだから。

 オルガスムスに達したヨシアは、鮮血の雨が降り注ぐ中で、静かに微笑んだ。

 ヴァイス大学を首席で卒業したヨシアは、同大学出身者のほとんどが進む軍の幹部コースではなく、親衛隊への入隊を志願した。親衛隊員は驚きを持って迎え入れたが、ヨシアはその圧倒的な武術の才能で周囲を黙らせた。

 プロセイでの不祥事はあったものの、ヨシアは親衛隊の中で順調にキャリアを重ねていった。その一方で、満たされない思いも抱えていた。本物の武器を使っての訓練では防具の着用が義務づけられていて、どちらかが傷を負った場合には即座に終了となった。命の取り合いを望んでいたヨシアにとって、あまりにも物足りない訓練だった。

 そんな中で、降って湧いたのが、母校ヴァイス大学の実戦武術の話だった。

 自分以来の受講者が五人もいるとは。

 その話を聞いた時、ヨシアは歓喜した。後輩が五人も志願してくれた嬉しさももちろんあったが、それよりも公に人を殺すことができることの方が遙かに嬉しかった。後輩を殺すことになることへの罪悪感など、端から存在していなかった。

 しかも、対戦相手の中に、アイケ元帥の娘と、エレル王国の王女が含まれていた。驚きと共に湧き上がったのは、かつてないほどの興奮だった。

 プロセイでの不祥事の際、ヨシアに謹慎を言い渡したのは、他でもないアイケだった。それまでは比較的良好な関係だったが、謹慎後はお互いあまり接することはなくなった。

 だからといって、アイケに恨みなどまったく抱いていなかった。自分がその立場だったら、間違いなくそうする。むしろ、私情を挟まないアイケの姿勢に、好感すら持っていた。

 対戦相手の発表の際、アイケ元帥は冷徹に、娘を殺せ、と私達に命じた。

 上官のご命令とあらば、我々親衛隊員は粛々と実行するのみ。

 最終試験の際、アイケ元帥はその場に立ち会うのかしら。

 だとしたら、見てみたいな。

 蝶が羽根をむしり取られるように、泣き喚きながら殺されていく娘を見守る、親の顔を。

 暗い欲望に支配されたヨシアは、舌なめずりをした。

 一方で、エレル王国の王女であるティアについては、思うところがあった。

 両親が殺害された遠因は、間違いなくエレル王国とラクサール王国の間の領土問題である。エレル王国から流入してきた「新参者」に、両親は殺されたのだから。

 ティアを殺すことは、両親の敵を討つことと同じこと。だがヨシアは、そうは捉えていなかった。

 北部地域はもはや、いつ暴発してもおかしくない係争地域。特にラクサール王国民の不満は、溜まりに溜まっている。王女の死が引き金となって、戦争が始まる可能性は低くない。

 両親の敵討ちなんて、ほんの些細なこと。

 王女と対戦することはすなわち、戦争を誘発することの権利を持つことができることと同じ。

 モラトリアムを抜けだし、私の理想とする混沌とした世界へ導くために。

 そうなれば、私はようやく羽ばたくことができる。

 血で血を洗う抗争の中で、縦横無尽に。

 ごめんなさいね、お姫様。

 あなたに恨みはないけれど、私の理想のために、命を捧げてもらうから。

 微笑んだヨシアは、ヴァイス大学の校舎を後にした。

 呼応するかのように、大通りに粉雪が舞い降りてきた。

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