26 白馬のアニス様
その日の実戦武術は、本物の武器を使用しての騎馬術だった。
ただ、馬の健康面を考慮して、対戦ではなく型のみとなった。物足りなさはあるものの、大学が手塩にかけて育てた馬に、このような場面で怪我を負わせる訳にはいかない。
「久しぶり。元気してた」
ティアがブルースの鼻をプニプニすると、嬉しかったのかブルースは舌をペロッと出した。
再び五頭が用意されたが、一頭だけ明らかに大きかった。前回の騎馬術にはいなかった、黒鹿毛の巨漢馬だった。
「あれ、この前俺が乗っていた馬は」
レムが訊ねると、ライドは肩をすくめた。
「あなたが重たかったから、あの子疲れちゃったのよ。だから、大学で一番大きな馬を用意したわ。名前はアンドレね」
「マジっすか」
レムは、息をのんだ。巨漢馬アンドレは微動だにせず、レムのことを静かに見下ろしていた。
剣と槍の好きな方を持って、五人はそれぞれ馬にまたがった。剣を持ったティアは、ブルースの座り心地の良さに思わずにやけた。
圧巻だったのは、アンドレにまたがったレムだった。長槍を携えた巨漢の男が、がっしりとした巨漢の馬に乗っている。それだけでも、すさまじい迫力だった。
剣術、槍術とふがいなかったレムが、アンドレにまたがると豹変した。頼りなさは霧散し、運動場を力強く闊歩した。
この馬、やべえぞ。
大きいのに、操作がとてもしやすい。
レムは、感動すら覚えていた。
試しに槍を大きく振ってみたが、アンドレの安定感のおかげで身体はまったくぶれなかった。
調子に乗りすぎかもしれねえけど、アンドレと組んだら誰にも負けない自信が出てくる。
レムは、ほくそ笑んだ。
馬上で何度か剣を振ったティアは、レムの側に寄った。ブルースとアンドレは、挨拶するかのごとく鼻頭をくっつけた。
「どうだ、ティア。ビビってねえか」
レムは、勝ち誇ったような笑みを向けた。
「そうだね」
そう返事しつつも、ティアは頭の中でシミュレーションをしていた。
まあ、向こうに飛び乗って、お腹に一撃でも入れたら楽勝かな。
自信は過信。私も気を付けなくちゃ。
反面教師となっているとはつゆ知らず、レムは颯爽とティアから離れていった。
「言っておくけど、最終試験に騎馬術はないから」
ライドの言葉に、レムの顔から笑みが消えた。
「当たり前でしょ。この時代、馬はとても貴重なのよ」
「そんなあ」
落胆したレムは、アンドレのたてがみに顔を埋めた。甘えるんじゃねえよ、とでも言いたげに、アンドレは鼻を鳴らした。
ティアはブルースを駆りながら、剣を振り続けた。最初は真剣の重さにぐらつくこともあったが、徐々に慣れていき、それに合わせて剣も速くなっていた。
戦場で先々代のフォートン三世は、少数精鋭の騎馬隊を率いて、自ら先陣に立っていたという。
私も、ひいお爺様のようになれるかしら。
いや、ならなくてもいいけど。
複雑な思いが交錯しつつも、ティアの剣は鋭さを増していった。
綺麗だなあ。
グラスにまたがったノイは、ため息をついた。
様になっている、という言葉さえ、陳腐に感じてしまう。
あまりよくないことかもしれないけど、
一度でいいから、戦場で馬を駆るティアを見てみたい。
ノイは、そっと胸に手を置いた。
鼓動が、手のひらに伝わってきた。
運動場の片隅で、白馬に乗ったアニスは、一心不乱に剣を振っていた。
私の相馬眼に、狂いはなかったわ。
全然良い馬じゃない。
アニスが大きく剣を振っても、白馬はどっしりと構えていた。まるで、歴戦を経験している名馬のようだった。
「白馬の王女様って感じで、かっこいいね」
寄ってきたティアが嬉しそうに言うと、アニスは眉をひそめた。
「あなたは、もうちょっと立場をわきまえた方がいいわね」
「どういうこと」
「何でもないわ」
目をそらしたアニスは手綱を強く振ると、白馬は慌ただしく離れていった。
立場をわきまえろって。
まさか、アニスは。
遠ざかるアニスを見つめるティアの鼓動は、ふいに忙しなくなった。




