24 槍でやり合う
剣術の実戦形式の次は、槍術の実戦形式だった。
いつものように前半は本物の槍を使っての型の復習を行い、後半は対戦することとなった。
ライドから配られた対戦用の槍は、先端に布が何重にも巻かれていた。これなら柔らかくて、身体に突き刺さる心配はない。重さは本物よりかは少し軽いくらいで、剣ほどの明らかな重量差は感じられなかった。
ティアとしてはもちろんアニスとまた戦いたかったが、日々の訓練でめきめきと力をつけてきているノイとの対戦も楽しみにしていた。
対戦相手については、またジャンケンで決めることになった。すると、最初にアニスが負けてライドとの対戦が決まり、続いてティア対ノイ、レム対ファオの対戦が決まった。
「ちょうどよかったわ。先生と、手合わせしたかったところだったから」
決まった瞬間は明らかに動揺していたアニスだったが、精一杯の強がりを言った。
「あら、うれしいわね。たんと、かわいがってあげるわよ」
ライドは頬に手を当てて、身体をクネクネと左右に揺らした。それを見たアニスの顔は、わかりやすく引きつっていた。
一方のティアは、ノイとの対戦が決まって興奮していた。
「頑張ろうね」
「うん」
ティアとノイは、お互いに励まし合った。
槍術に関しては、ノイはかなりの高みに行っている。
全力出し切らないと、負けてしまう。
爺の名にかけても、絶対に勝つ。
ティアの目には、雲ひとつない空に、ヘイスの大きな顔が映った。
姫様。私はまだ、死んでおりませんぞ。
エレル王国の方角から。ヘイスの叫び声が聞こえてくるようだった。
最初の対戦は、レム対ファオだった。
ライドの過剰とも言えるマンツーマン指導のおかげで、レムの槍術もだいぶ上達していたが、いかんせんファオの流れるように滑らかで、それでいて速さも持ち合わせた槍術の前には、手も足も出なかった。
最後は、レムの喉元にファオの槍が突きつけられ、勝負ありとなった。
「もう少し、良い勝負を期待していたんだけどね」
ライドの言葉に、レムは悔しさを滲ませた。
負けてばっかりだな、俺は。
身体は一番恵まれているのに、結局このざまかよ。
レムは、心の中で自分を責めた。
続いて、ティアとノイの対戦の番になった。お互いに目を合わせ、うなずいてから、ゆっくりと運動場の真ん中へ移動した。
「ヘイス式槍術と、帝国仕込みの槍術の対決ね。面白くなりそうだわ」
ライドは、にやりと笑った。
確かに、どういう展開になるのか、想像もつかない。
しっかり、見届けさせてもらうわ。
腕組みをしたアニスは、槍を構える二人を見つめた。
ノイが膝を落として槍を真っ直ぐ構える一方で、ティアはほぼ棒立ちのまま頭の位置で槍を構えた。一見するとティアの構えは隙だらけに見えるが、対峙するノイの目にはどこにもつけいる隙が見当たらなかった。
幼い頃からヘイスに叩き込まれた槍術は、ティアの身体に染みついていた。邪道だから基本から学んだ方がいいと言われたこともあったが、ティアはヘイスに教わった槍術以外を覚えるつもりはなかった。
ここはセオリー通りに、一番低いところを狙おう。
そう決心したノイは、更に姿勢を低くした後で飛びこんで行った。狙ったのは、ティアの足の甲だった。そこに槍を打ちこみ、あわよくば転倒させようとした。
ノイの突きを完全に読んでいたティアは、槍を下げるのと同時に跳躍し、それを避けた。
逃がさない。
ノイはそのまま、着地寸前のティアに向かって、槍を振り上げた。
ティアは迫り来るノイの槍を、柄の真ん中で受け止めた。少しでもずれれば、握った手に直撃するところだった。ノイの槍の勢いを利用して、宙で一回転したティアは、地面に足をつけるやいなや、ノイに向かって飛びこんだ。
速い。間に合わない。
槍で受け止めようとしたノイだったが、ティアの振った槍は地面と槍先の間にできたほんの数ミリの隙間をかいくぐり、ノイの左足首に直撃した。
「あっ」
左脚を滑らせたノイは、そのまま地面に倒れた。すかさずティアが、ノイの胸元に槍先を向けた。
「勝負あり」
微笑んだティアは、槍を収めると、ノイの手を引いて立たせた。
「悔しいなあ」
服についた土を払いながら、ノイは苦笑した。
「たまたま最初の読みが当たったから、勝てただけだよ。違うところを狙われたら、わからなかった」
「ちょっと、正直に行きすぎたかな」
「そうだね。もうちょっと上の方を狙って、それから切り返してみたら」
「切り返しって、どうやってやったらいいの」
「えっとね、それは」
対戦後の反省会を始めた二人に、アニスはあっけにとられた。
それにしても、ティアのトリッキーな動きは何なの。
あんなの、ヘイス式とか術式を超越している。
もはや、身体能力のお化けじゃない。
ノイも、槍を振る速さが最初の頃より明らかに増している。
あの速さで来られたら、きっと私は避けきれない。
勝てるのかしら、私は。あの二人に。
「何しけた顔をしているのよ。あなたらしくない」
ライドに声を掛けられたアニスは、ハッと我に返った。
「槍術の悩みは、槍術で解決するしかないでしょ」
アニスに槍を渡したライドは、まだ反省会を続けているティアとノイの元へ歩いて行った。
まったくその通りですわね、先生。
胸を、お借りしますわ。
槍を持つ手に力を込めたアニスは、ゆっくりと歩を進めた。
頑張れ。
ティアは、心の中でアニスにエールを送った。
ライドの繰り出す鋭い突きを、アニスはまるで予期しているかのように、事もなげに躱した。
ライドの突きに一瞬の間があったところを見逃さなかったアニスは、ライドの腹部を目がけて槍を振り抜いた。すかさず槍で止めたライドだったが、槍先は腹部に軽く触れていた。
「おしい」
ティアは、思わず声が出てしまった。
「やるじゃない」
にやりと笑ったライドは、アニスの槍を弾き返し、お返しとばかりに今度はアニスの腹部に槍を振るった。
だが、アニスはそれも予期していたのか、身を翻してあっさりと躱した。ライドの槍が空を切ると、アニスの槍が頭上から降ってきた。
頭に当たる寸前でそれを躱したライドは、その勢いを利用して、片手でアニスの足元に槍を振った。
紙一重だったが、ライドの槍先がアニスの右足つま先に擦った。たったそれだけで、アニスはバランスを崩し、地面に背中から落ちた。
一瞬呼吸ができなくなったアニスに、ライドは槍先を向けた。
「危なかったわ」
肩で息をするライドは、大粒の汗をかいていた。剣術でティアと対戦した時よりも、明らかに疲弊していた。
負けたのが悔しいのか、アニスは少しだけ目を潤ませたが、すぐにいつもの勝ち気な表情に戻ると、やおら立ち上がった。
「負けは負けですわ」
「でも、何か掴んだみたいね」
ライドの言葉に、アニスは照れくさそうな顔になった。
「まだまだですわ」
アニスは、照れたのをごまかすかのように、服の土汚れを手で払った。
あの避け方は、勘でできるものじゃない。
先生の所作を観察して、どこに槍を出してくるかを瞬時に予想していた。
そうじゃなければ、先生のあんなに速い突きを、余裕を持って避けられるわけがない。
アニスは、更に高みに行っている。
私も、負けられない。
ティアは、拳を強く握った。
ライドに一礼したアニスは、四人の元へ戻って来た。
「次、やろうよ」
ティアが声を掛けると、アニスは眉をひそめた。
「今、先生との対戦が終わったばかりでしょ。休憩ぐらいさせてちょうだい」
「じゃあ、休憩が終わったら、戦ってくれるの」
目を輝かせてグイグイ来るティアに、アニスはため息をついた。
「本当に馬鹿ね。当たり前でしょ」
アニスが言うと、ティアは拳を突き上げた。
「よっしゃあ、やったるでえ」
「あなた、もう二十歳を超えてるのよ。いつまで子供じみたことをしてるの」
母親のごとく、アニスは小言を言った。
なんだかんだ、良い関係だな。
お互い強くて、かっこよくて、それでいて可愛くて。
ちょっと、嫉妬しちゃうかも。
二人のやり取りを見ていたノイは、目を細めた。
「待て待て待て待て」
ノイの横を駆け抜けたレムは、ティアとアニスの間に割って入った。
「何二人でまた勝手に決めてんだよ。ここは公平にジャンケンだろ」
「あら、剣術の時は、何も言わなかったじゃない」
アニスは、レムに冷たい視線を向けた。
「あの時はアニスの圧が強すぎて、言える雰囲気じゃなかったんだよ」
「じゃあ、どうして今回はそんなに必死なのかしら」
「それは」
「ひょっとしてあなた、先生と対戦したくないんじゃないの」
アニスに図星を指されたレムは、顔を引きつらせた。
「そんなんじゃねえ。相手は偏らないで、まんべんなく対戦した方がいいんじゃねえかって話だよ」
「あなた弱いんだから、先生に稽古でもつけてもらいなさいよ」
ナイフのようなアニスの言葉に、レムは胸を鋭利にえぐられた。
「ねえ、レム」
ティアが、声を掛けてきた。
それは言い過ぎだよ、アニス。
私も、レムと同じ意見だよ。ここは公平に行こう。
優しいティアなら、きっとそう言ってくれるはず。
レムが期待して振り向くと、顔の前で手を組んだティアは、瞳をウルウルさせていた。
「私も、アニスと戦いたいな」
期待が脆くも崩れ去ったレムは、立っているのがやっとの状態になった。
不憫だ。あまりにも不憫すぎる。
ファオはレムに、哀れみの目を向けた。
結局、三人でジャンケンをすることとなり、案の定負けたレムはライドとの対戦が決まった。
「もう、レムったら。どんだけ私のことが好きなのよ」
勝手にそう解釈したライドは、頬を赤らめた。
剣術の時の、ねっとりべっちょりした対戦を思いだしたレムは、肌があわ立った。
またもファオとの対戦が決まったノイは、密かに燃えていた。
剣術の時は予想もしていなかった圧倒的な物量攻撃にやられてしまったけど、槍術ではそうはさせない。
たぶんファオさんは、同じ作戦ではこないはず。
きっと、作戦を大きく変えてくる。
少し怖いけど、ワクワクもする。
ファオさんに、勝ちたい。
ここで勝たなきゃ、いつまで経っても二人に追いつけない。
ノイの視線の先には、対戦に備えて槍術の型の練習を繰り返す、ティアとアニスの姿があった。
一方のファオは、ノイの読み通り、作戦を変えるつもりだった。
彼女の槍術は、剣術よりも卓越している。
剣術の時のような小細工は、絶対に通用しない。
かといって、正攻法で勝てる見込みは、ほとんどない。
だったら、より勝つ可能性がある方を選ぶ。
ファオは、槍を握る手に力を込めた。
対峙した二人は、ジリジリと間合いを詰めていった。奇妙とも言える静けさが、二人を包み込んでいた。
最初に仕掛けたのは、ファオの方だった。ノイに向かって、真っ直ぐに槍を打ちこんでいく。あまりにも基本に忠実な攻めに、ノイは一瞬戸惑ったが、すぐに切り替えて槍を躱した。
間髪入れずに、ファオは二の槍、三の槍を次々と放った。ノイは余裕を持って躱したが、どこか腑に落ちなかった。
ファオさんらしくない、オーソドックスな攻め。返ってそれが不気味だ。
どこかのタイミングで、奇襲を掛けてくるはず。
油断するな。注視するんだ。
ファオの槍を避けながら、ノイは自分に活を入れた。
攻めに転じたかったノイだったが、ファオの攻撃はその隙を与えなかった。打ちこみたいところに、槍が飛んできた。躱しきれずに、槍で打ち返した。それでもファオはビクともせずに、淡々と槍を打ちこんでいった。
なんだろう。この、ジワジワと真綿で首を絞められるような感覚は。
攻撃自体はさほど速くないのに、つけいる隙が見当たらない。
まるで、私の考えていることが、筒抜けのようだ。
躱す一方のノイは、徐々に体力を奪われていった。
押されてる。
頑張って。
後退りしているノイを見て、ティアは強く祈った。
額から流れた汗が右目に入ったノイは、反射的に片目をつむった。
やばい。やられる。
敗北を覚悟したノイだったが、なぜかファオの槍は空を衝いた。
え、どういうこと。
服の袖で素早く汗を拭ったノイは、ファオから距離を取った。
いつも冷静なファオの表情が、少しだけこわばっているように見えた。
そうか。そういうことか。
ノイの頭に、閃光が瞬いた。
槍を低く構えたノイは、深く長く息をはいた。
「あの子の、勝ちだわ」
腕組みをしたアニスは、つぶやくように言った。
となりにいたティアは、静かに頷いた。
飛びこんだノイに、ファオは防御の姿勢を取った。
次の瞬間、ノイの視線がファオから外れた。
ファオは思わずノイの視線をたどったが、そこで大きな隙が生まれた。
ノイの槍は、無防備なファオの脇腹に当たった。
歯を食いしばったファオは、脇腹を手で押さえて身をかがめた。
「うわあ、危なかったあ」
槍を降ろしたノイは、空に向かって大きく息をついた。
痛みが治まったファオは、やおら姿勢を正した。
「さすがだね」
ファオは、いつになく穏やかな表情をしていた。
「いや、あの時、汗が目に入らなかったら、完全に負けてたよ」
ノイは、照れくさそうに頭をかいた。
「どういうことだ」
釈然としていないレムが訊ねると、アニスはため息をついた。
「わかっていないのは、あなただけよ」
レムは、目をぱちくりさせた。
ファオは、ノイの目を見ていた。
瞳の細かな動きを追って、ノイの動きを瞬時に予測した。
その結果、ノイの攻撃は先読みされ、ファオに塞がれる格好となった。
だが、汗が目に入った瞬間、ノイの瞳が閉じられた。ずっと瞳の動きを追っていたファオにとっては、致命的なアクシデントとなった。
無防備になったノイの身体に槍を打ちこめば勝ちだったのに、瞳だけを追っていたファオの一撃は、むなしく空を切ってしまった。
ファオの類い稀なる観察眼が、逆に徒となってしまった。
瞳の動きを追うなんて、頭で考えていても、そう易々とできるものじゃないわ。
ファオの身体能力と動体視力が並外れていたからこそ、できたこと。
あんなの、私だって無理よ。
あの激しい戦いの間に、アクシデントがあったにせよ、それに気づいてしまうあの子も相当な手練れね。
アニスは、ティアと喜びを分かち合っているノイを見やった。
次は、いよいよティアとアニスの対戦の番だった。剣術では引き分けに終わったからこそ、二人とも並々ならぬほどの勝利への欲求が湧き上がっていた。
「疲れは取れた」
ティアが純粋に心配して訊ねたが、アニスはそれを挑発と受け取った。
「誰に言っているの」
アニスが睨みつけると、ティアは微笑んだ。
「そう来なくっちゃ」
対峙した二人は、ゆっくりと槍を構えた。
ヘイス式のティアは、いつものように高い位置で槍先をアニスに向けていた。
ヘイス式は、邪道と言われることもある、基本から大きく逸脱した槍術。大抵の者は、興味本位で始めても、あまりに独特で難解な術式についていけず、途中で投げ出してしまう。
逆に言えば、何をしてくるかわからない、飛び道具のようなもの。
存在自体は知っていたけど、こうやって目の前で見せられると、奇怪この上ないわね。
アニスは、こみ上げてくる唾を、ごくりと飲みこんだ。
静かに槍を構えるティアの顔からは、いつもの朗らかさは消え、戦士としての凜々しさが漂っていた。
絶対に、勝つ。
先に攻撃を仕掛けたのは、ティアの方だった。
頭上に掲げた槍が、高速で振り下ろされる。避けきれない。瞬時に判断したアニスは、それを槍で受け止めた。
これが、ヘイス式。
継承者が極端に少ないのも、納得だわ。
こんなの、遊び半分で手を出していいものではないわね。
ティアの槍を受け止めたまま、アニスは思わず笑いそうになった。
このまま押し込むかと思いきや、ティアはすぐに後ろに飛び退いた。間合いを取り、またも槍を頭上に掲げた。
あのまま押し込んでいたら、アニスの術中にはまっていた。
きっと急に力を抜いて、私をよろめかそうとしたに違いない。
頭を切り替えて、冷静になれ。
自分にそう言い聞かせたティアは、小さく息をはいた。
ばれたわね。
アニスは、心の中で舌打ちした。
少しの間、膠着状態が続いた。どちらも、ピクリとも動かない。二人の間を風が吹き抜け、髪を揺らした。
均衡を破ったのは、アニスだった。一歩前に踏み出したかと思えば、ティアにくるりと背を向けて、槍を横に振った。狙いは、ティアの足元。アニスが背中を向けてくるとは想定していなかったティアは、槍で防ぐか避けるかを迷い、寸前で避けることを選択した。
槍先は、跳躍したティアの靴先を掠めた。本物の槍であればダメージを喰らっていたはずだが、訓練用の槍であったためティアは命拾いをした。
ティアが着地するのと同時に、アニスは反対側から槍を振るった。今度も、足元を狙って。だがティアはアニスの次の手を読みきっていたので、軽く跳んでそれを避けた。
アニスは、背中を見せたままだった。ティアは、着地すると素早く背中を狙って槍を突いた。だがアニスは、素早くしゃがみ込んでそれを避けた。まるで背中に目があるかのように、余裕を持って。
ティアに向きなおったアニスは、低い姿勢のまま、飛びこんできた。槍を両手から片手に持ち替え、腕を伸ばした。加速をつけた槍先が、ティアを襲う。だがそれは、ティアが待ち望んでいたことだった。
寸前のところで避け、槍先が服を掠めると、ティアは両手で持った槍をアニスの槍に振り下ろした。乾いた音が、運動場にこだました。片手で持っていたアニスは、手がしびれてしまい、そのまま槍を放してしまった。
アニスが落ちた槍を拾いあげようとしたとき、ティアの槍先がアニスの背中に触れた。
「私の、勝ち」
肩で息をしながら、ティアは微笑んだ。
無念の表情のアニスは、ゆっくりと腰を上げた。
あれを、避けられるの。
ノイは、茫然とした。
片手でのアニスの突きは、これまで見てきた中でも間違いなく最速だった。勝負を決めに行ったアニスだったが、服を掠めたとはいえ、ティアは避けきった。抜群の反射神経と読みで、アニスの神速の槍を躱したのだった。
追いつけると思ったのに、また引き離されてしまう。
もちろん悔しいけど、どこかホッとしている自分がいる。
ティアにはずっと、私の目標であり続けてほしいから。
アニスと並んで話しているティアを見つめながら、ノイは笑みを浮かべた。
「本当に頭にくるわね、あなたは」
アニスは、苛立たしげに髪をかき上げた。
「あれは、会心の突きだったのに」
「たまたまだよ。速くてびっくりした」
ティアは、苦笑いした。
「私も、アニスがまさか背中を向けてくるなんて思いもしなかった。靴先に掠めたのだって、本物の槍だったら間違いなく転んでいたもん」
「慰めなんていらないわ。負けは負けよ」
俯いたアニスは、大きなため息をついた。
「アニス」
ティアが改まって声を掛けると、アニスは顔を上げた。
「すごく楽しかった。戦ってくれて、ありがとう」
満面の笑みで感謝を伝えるティアに、アニスは少し頬を赤らめた。
「とんでもない人垂らしね、あなたは」
つぶやくアニスに、ティアはキョトンとなった。
「覚悟なさい。今度は、そんな悠長なことを言えないくらいに、ぶちのめしてあげるわ」
啖呵を切ったアニスは、大股でその場から離れていった。
「まったく。可愛げがねえな。あいつは」
レムは、呆れて言った。
「アニスらしくて、私は好きだな。あそこで、私もよ、感謝申し上げるわ、って言われるのも、何か違うし」
ティアは、クスクス笑った。
「しかし、ティアって寛大だよな。あんな憎まれ口を叩かれても、平気でいるし」
「それは、アニスだからだよ。むしろ、うれしくなる」
「わかんねえな、俺には」
レムは、肩をすくめた。
ティアは、駆け寄ってきたノイと、健闘をたたえ合った。
「いやあ、最後にまたすごい戦いを見せてもらったぜ。よかった、よかった」
朗らかに言ったレムは、ティアとノイに手を振ると、そそくさと運動場を後にしようとした。
「ちょっと待ちなさい」
ライドが呼びかけると、レムの足はピタリと止まった。
「まだ最後じゃないわよ。わかっているでしょ」
ねっとりとしたライドの言葉に、レムは恐る恐る振り向いた。
「これって、デジャヴかしらね」
槍を手にしたライドは、舌なめずりをした。
その後、運動場にレムの断末魔の叫びがこだましたのは、言うまでもない。




