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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
20/38

20 親衛隊

 ラクサール王国軍の庁舎は、ヴァイスの南東にあった。

広大な訓練場に併設された五棟の庁舎のうち、中央にある第三庁舎の会議室に、五人の親衛隊員が集められていた。

 男性隊員三名、女性隊員二名が円卓の椅子に座っているが、一席は空いたままだった。

「まさか、あんなに希望者が集まるとは思わなかったな」

 ヴァルターが、五人を見回して言った。二メートルはあろうかという長身で、深緑色の軍服は胸筋ではち切れんばかりになっていた。

「それだけみんな、血に飢えているってことか」

 フリックは、にやりと笑った。青白い肌と切れ長の細い目が、冷たい印象を与えている。

 ヴァイス大学の実戦武術の最終試験は、ラクサール王国軍親衛隊との対戦となる。親衛隊内で対戦希望者を募ったところ、百名を超える隊員が殺到した。その中から、軍の幹部に選抜された五名が終結していた。

「戦争以外で、合法的に人を殺せるなんて、滅多にないからな」

 エルンスは、白い歯を見せた。丸眼鏡をかけた一見インテリな風貌だが、その瞳は怖気を震うほどに深い漆黒だった。

「その言い方、野蛮だね。私の好みじゃない」

 ディートは、軽蔑の眼差しをエルンスに向けた。黒のショートヘアに、整った顔立ち。身長は百八十センチ近くあるが細身で、軍服を着ていなければとても軍人には見えなかった。

「まあまあ。選ばれし者同士、仲良くしましょうよ」

 ヨシアは、なだめるように言った。やや赤みがかった長い黒髪に、柔和な顔立ち。一点の曇りもないような笑みを湛え、声色も柔らかい。一見すると、幼子を抱える若い母親のようで、軍服が異様に似合っていなかった。

 五人の話題は最終試験から、最近の親衛隊のことに移った。何十年も戦争がない中で、国王の護衛としての親衛隊の存在意義について、エルンスは四人に疑問を投げかけた。

「毎日のように血の滲むような激しい訓練をしているのに、仕事は国王様の護衛や王宮の警護のみ。俺は、戦う相手がいないっていうことに、時折無力感に苛まれるんだよ」

「好戦的だね。じゃあ、エルンスは戦争をしたいの」

 ディートが、呆れ気味に訊ねた。

「正直なところ、親衛隊にアンケートを採ったら、九割方は戦争賛成だと思うぞ。その証拠に、今回の応募だって百人を超えてるんだぜ」

「戦争賛成というフレーズはあまりよろしくないが、鬱憤は溜まっているだろうね。力のやり場に困っているから」

 フリックが、エルンスに続いて言った。

「親衛隊の中でも過激な奴は、またエレルと戦争すればいいって言ってるぜ」

 ヴァルターが、やれやれといった表情で言った。

「あなたも、その過激な奴のひとりなんでしょ」

 ディートの指摘に、ヴァルターは否定することなく、肩をすくめた。

「実際のところ、エレルに不満を抱いている国民は少なくない。特に領土問題は、解決の糸口さえ見つからない。北側の領土は、元々ラクサールのものだったのに、フォートン三世の時代に占領されてから、和平条約を結んだにもかかわらず、今もなお返還されていない。軍部は、政治局の弱腰外交に辟易しているんだよ」

 フリックが言うと、ディートは首を横に振った。

「そんなことは知っている。けれども、先人達が築き上げてきた平和を乱すようなことは、私は賛成できない」

 きっぱりと、ディートは言った。

「そんなこと言うの、親衛隊じゃお前くらいだぞ」

 エルンスは、冷ややかに言った。

「構わない。様々な考えがあってこそ、組織は発展するものだから。多数派工作で画一化された思想など、発展の妨げになるだけだ」

 ディートは、語気を強めた。

「じゃあ、そんな平和主義者のディートが、どうして親衛隊に身を置いているの」

 ヨシアが、穏やかな口調で訊ねた。

「あなたくらいの器量があれば、別の道でも成功していたでしょうに」

 ヨシアの言葉に、ディートはひとつ息をはいた。

「単純に、武術を極めたかったから。武術を極める道を進んでいたら、親衛隊に行き着いた。それだけだよ」

 ディートが言うと、エルンスは吹き出した。

「矛盾の塊だな。平和主義者が武術を極めるなんざ」

 エルンスのからかいに憤怒したディートは、円卓を叩いて立ちあがった。

 その時、会議室のドアが、音を立てて開いた。

 五人の視線の先に立っていたのは、ラクサール王国軍最高幹部のひとり、アイケ元帥だった。

 ディート以外の四人もすぐに腰を上げ、全員でアイケに向かって敬礼した。

「ご苦労」

 重たく低い声で言ったアイケは、円卓に向かって歩を進めた。白髪を綺麗に七、三に分け、顔には深いしわが刻まれているが、その眼光は鋭く、胸にある夥しい数の階級章が威厳を増幅させていた。

 空いていた席にアイケが腰掛けると、五人もおずおずと腰を下ろした。

 まさか、元帥が直々にいらっしゃるとは。

 もっと下の階級の幹部が来ると思っていたヴァルターは、心の中で独りごちた。

 アイケは、持参してきた紙を円卓の上に広げた。

「今日集まってもらったのは、他でもない。ヴァイス大学の実践武術の最終試験において、君たち五名が最終試験官に選ばれた。そこで、これから対戦相手となる学生について発表していきたい」

 五人を見回した後で、アイケは続けた。

「一人目の名はレム。ヴァイス出身で、貴族の出だ。二人目の名はファオ。スーサ公国出身で、同じく貴族の出。三人目の名はノイ。ライマ帝国出身で、一般の出だ」

 ずいぶん国際色豊かだな、とフリックは思った。

 四人目を発表するまでに、少し間があった。アイケはひとつ息をはいた後で、ゆっくりと口を開いた。

「四人目の名はアニス。ヴァイス出身で、貴族の出。父親は、この私だ」

 アイケの言葉を耳にした瞬間、五人の間に衝撃が走った。

 え、待ってくれ。

 今、父親って言わなかったか。

 聞き間違いじゃねえよな。

 エルンスは、背中に汗が伝うのを感じた。

「五人目は」

 混乱する五人をよそに、アイケが続けて発表しようとしたとき、ディートが慌てて手を上げた。

「お待ちください、元帥」

「なんだ」

 発表を遮られたアイケは、ディートのことを睨みつけた。

「先ほど、父親とおっしゃっていたということは、四人目の学生は元帥のご息女であられるのですか」

「そうだが」

 アイケは、それがどうした、とでも言いたげな顔をした。

「最終試験はその、本物の武器を使った、命の危険があるものです。それを、ご息女が受けられるというのは、その、何というか」

 ディートは、しどろもどろになった。

「娘が選んだ道だ。手を抜くな。本気で殺しに行け」

 情の欠片もないアイケの言葉に、ディートは絶句した。

 実の娘でしょ。

 どうして、ここまで残酷になれるの。

 ディートは、円卓の下で拳を震わせた。

 重苦しい空気の中で、ひとつ咳払いをしたアイケは、おもむろに口を開いた。

「五人目の名はティア。エレル王国の王女だ」

 おうじょ。

 五人は、一瞬その言葉の意味がわからなくなった。

「なお、今回のことは、決して口外しないように。口外したことが発覚した場合、連帯責任として君たち全員をこの任から外す。以上だ」

 淡々と言ったアイケは、やおら腰を上げた。

「元帥」

 ディートが叫ぶのと同時に、五人は弾かれたように腰を上げた。

「ご説明を。王女というのは、いったい」

 ディートの声は、震えていた。

「そのままだ。ヴァイス大学の学生であるエレル王国の王女が、実戦武術を選択した。君たちは、他の学生と同様に本気で戦え」

「しかし、もし王女にもしものことがあったら、外交問題に発展してしまいます。最悪、戦争になることも」

「それはない」

 アイケの言葉に、ディートは耳を疑った。

「大学側は、実戦武術を選択するリスクについて、充分な説明を行っている。にもかかわらず、王女はこの科目を選択した。最終試験の詳細を知っても、辞退しなかった。ということは、王女は死をもいとわない覚悟があるということだ。素晴らしい。王女という立場でありながら、まるで戦地に赴く戦士のようではないか」

 表情は変わらないアイケだったが、語気は明らかに強くなった。

「仮に君たちが王女を殺したとしても、罪には問われない。エレル王国側も、王女がリスクを承知で実戦武術を選択していたとあらば、関係悪化は避けられないかもしれないが、理不尽に戦争をけしかけてくることはないだろう。もちろん、こちら側からも」

 それは、短絡的過ぎる。

 戦争とは、理不尽の中から芽吹いてくるものなのに。

 ディートは、心の中で叫んだ。

「それに、外交問題に関しては、政治局が考えることだ。君たちは、最終試験官としての任務を粛々と遂行するだけでいい。余計なことは考えるな」

 そう言い残して、アイケは足早に会議室を出て行った。

 ドアが閉まる音とともに、五人は崩れるように椅子に腰を下ろした。

 しばらくの間、沈黙が続いた。与えられた情報を処理することに、だいぶ時間がかかった。

「とんでもねえな」

 沈黙を破ったのは、ヴァルターだった。

「元帥のお嬢様に、となりの国のお姫様かよ。想定できるか、こんなの」

 ヴァルターは、乾いた笑い声を上げた。

「ただの対戦相手の発表に、わざわざ元帥が来たのも納得だな」

 フリックは、頭をかいた。

「元帥も人が悪い。事前に知っていたら、応募なんてしなかったのによ」

 エルンスは、苛立たしげに爪を噛んだ。

「私は、変わらなかったと思うな」

 ヨシアがのんびりとした口調で言うと、男性隊員は瞠目した。

「汚名でも、歴史に名を残せるだなんて、素敵なことじゃない」

 ヨシアは、屈託のない笑みを湛えた。

 この戦闘狂バーサーカーめ。

 お前は、ただただ血に飢えているだけだろ。

 エルンスは、心の中でヨシアのことを罵った。

「ディートは、辞退した方がいいよ」

 ヨシアは、となりで俯いて座っているディートに声をかけた。

「あなたは真面目すぎるから、この任務は向いていない」

 ヨシアの言葉は、ディートの心に突き刺さった。

「俺らは不真面目ってことか」

 ヴァルターは、苦笑いを浮かべた。

「よくわかってるじゃない。まあ、私が一番不真面目だけどね」

 ヨシアは、肩をすくめた。

 四人の会話が、分厚い壁越しから聞こえてくるようだった。

 私は。

 私は、どうしたらいい。

 腰を上げたヨシアは、ディートの肩にそっと触れた。

「よく考えて。でも、結論はなるべく早く出してね。次に待っている人もいるだろうから」

 諭すように言ったヨシアは、他の三人と共に会議室を後にした。

 一人取り残されたディートは頭を抱えると、会議室の天井に響き渡るくらいの大きなため息をついた。

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