20 親衛隊
ラクサール王国軍の庁舎は、ヴァイスの南東にあった。
広大な訓練場に併設された五棟の庁舎のうち、中央にある第三庁舎の会議室に、五人の親衛隊員が集められていた。
男性隊員三名、女性隊員二名が円卓の椅子に座っているが、一席は空いたままだった。
「まさか、あんなに希望者が集まるとは思わなかったな」
ヴァルターが、五人を見回して言った。二メートルはあろうかという長身で、深緑色の軍服は胸筋ではち切れんばかりになっていた。
「それだけみんな、血に飢えているってことか」
フリックは、にやりと笑った。青白い肌と切れ長の細い目が、冷たい印象を与えている。
ヴァイス大学の実戦武術の最終試験は、ラクサール王国軍親衛隊との対戦となる。親衛隊内で対戦希望者を募ったところ、百名を超える隊員が殺到した。その中から、軍の幹部に選抜された五名が終結していた。
「戦争以外で、合法的に人を殺せるなんて、滅多にないからな」
エルンスは、白い歯を見せた。丸眼鏡をかけた一見インテリな風貌だが、その瞳は怖気を震うほどに深い漆黒だった。
「その言い方、野蛮だね。私の好みじゃない」
ディートは、軽蔑の眼差しをエルンスに向けた。黒のショートヘアに、整った顔立ち。身長は百八十センチ近くあるが細身で、軍服を着ていなければとても軍人には見えなかった。
「まあまあ。選ばれし者同士、仲良くしましょうよ」
ヨシアは、なだめるように言った。やや赤みがかった長い黒髪に、柔和な顔立ち。一点の曇りもないような笑みを湛え、声色も柔らかい。一見すると、幼子を抱える若い母親のようで、軍服が異様に似合っていなかった。
五人の話題は最終試験から、最近の親衛隊のことに移った。何十年も戦争がない中で、国王の護衛としての親衛隊の存在意義について、エルンスは四人に疑問を投げかけた。
「毎日のように血の滲むような激しい訓練をしているのに、仕事は国王様の護衛や王宮の警護のみ。俺は、戦う相手がいないっていうことに、時折無力感に苛まれるんだよ」
「好戦的だね。じゃあ、エルンスは戦争をしたいの」
ディートが、呆れ気味に訊ねた。
「正直なところ、親衛隊にアンケートを採ったら、九割方は戦争賛成だと思うぞ。その証拠に、今回の応募だって百人を超えてるんだぜ」
「戦争賛成というフレーズはあまりよろしくないが、鬱憤は溜まっているだろうね。力のやり場に困っているから」
フリックが、エルンスに続いて言った。
「親衛隊の中でも過激な奴は、またエレルと戦争すればいいって言ってるぜ」
ヴァルターが、やれやれといった表情で言った。
「あなたも、その過激な奴のひとりなんでしょ」
ディートの指摘に、ヴァルターは否定することなく、肩をすくめた。
「実際のところ、エレルに不満を抱いている国民は少なくない。特に領土問題は、解決の糸口さえ見つからない。北側の領土は、元々ラクサールのものだったのに、フォートン三世の時代に占領されてから、和平条約を結んだにもかかわらず、今もなお返還されていない。軍部は、政治局の弱腰外交に辟易しているんだよ」
フリックが言うと、ディートは首を横に振った。
「そんなことは知っている。けれども、先人達が築き上げてきた平和を乱すようなことは、私は賛成できない」
きっぱりと、ディートは言った。
「そんなこと言うの、親衛隊じゃお前くらいだぞ」
エルンスは、冷ややかに言った。
「構わない。様々な考えがあってこそ、組織は発展するものだから。多数派工作で画一化された思想など、発展の妨げになるだけだ」
ディートは、語気を強めた。
「じゃあ、そんな平和主義者のディートが、どうして親衛隊に身を置いているの」
ヨシアが、穏やかな口調で訊ねた。
「あなたくらいの器量があれば、別の道でも成功していたでしょうに」
ヨシアの言葉に、ディートはひとつ息をはいた。
「単純に、武術を極めたかったから。武術を極める道を進んでいたら、親衛隊に行き着いた。それだけだよ」
ディートが言うと、エルンスは吹き出した。
「矛盾の塊だな。平和主義者が武術を極めるなんざ」
エルンスのからかいに憤怒したディートは、円卓を叩いて立ちあがった。
その時、会議室のドアが、音を立てて開いた。
五人の視線の先に立っていたのは、ラクサール王国軍最高幹部のひとり、アイケ元帥だった。
ディート以外の四人もすぐに腰を上げ、全員でアイケに向かって敬礼した。
「ご苦労」
重たく低い声で言ったアイケは、円卓に向かって歩を進めた。白髪を綺麗に七、三に分け、顔には深いしわが刻まれているが、その眼光は鋭く、胸にある夥しい数の階級章が威厳を増幅させていた。
空いていた席にアイケが腰掛けると、五人もおずおずと腰を下ろした。
まさか、元帥が直々にいらっしゃるとは。
もっと下の階級の幹部が来ると思っていたヴァルターは、心の中で独りごちた。
アイケは、持参してきた紙を円卓の上に広げた。
「今日集まってもらったのは、他でもない。ヴァイス大学の実践武術の最終試験において、君たち五名が最終試験官に選ばれた。そこで、これから対戦相手となる学生について発表していきたい」
五人を見回した後で、アイケは続けた。
「一人目の名はレム。ヴァイス出身で、貴族の出だ。二人目の名はファオ。スーサ公国出身で、同じく貴族の出。三人目の名はノイ。ライマ帝国出身で、一般の出だ」
ずいぶん国際色豊かだな、とフリックは思った。
四人目を発表するまでに、少し間があった。アイケはひとつ息をはいた後で、ゆっくりと口を開いた。
「四人目の名はアニス。ヴァイス出身で、貴族の出。父親は、この私だ」
アイケの言葉を耳にした瞬間、五人の間に衝撃が走った。
え、待ってくれ。
今、父親って言わなかったか。
聞き間違いじゃねえよな。
エルンスは、背中に汗が伝うのを感じた。
「五人目は」
混乱する五人をよそに、アイケが続けて発表しようとしたとき、ディートが慌てて手を上げた。
「お待ちください、元帥」
「なんだ」
発表を遮られたアイケは、ディートのことを睨みつけた。
「先ほど、父親とおっしゃっていたということは、四人目の学生は元帥のご息女であられるのですか」
「そうだが」
アイケは、それがどうした、とでも言いたげな顔をした。
「最終試験はその、本物の武器を使った、命の危険があるものです。それを、ご息女が受けられるというのは、その、何というか」
ディートは、しどろもどろになった。
「娘が選んだ道だ。手を抜くな。本気で殺しに行け」
情の欠片もないアイケの言葉に、ディートは絶句した。
実の娘でしょ。
どうして、ここまで残酷になれるの。
ディートは、円卓の下で拳を震わせた。
重苦しい空気の中で、ひとつ咳払いをしたアイケは、おもむろに口を開いた。
「五人目の名はティア。エレル王国の王女だ」
おうじょ。
五人は、一瞬その言葉の意味がわからなくなった。
「なお、今回のことは、決して口外しないように。口外したことが発覚した場合、連帯責任として君たち全員をこの任から外す。以上だ」
淡々と言ったアイケは、やおら腰を上げた。
「元帥」
ディートが叫ぶのと同時に、五人は弾かれたように腰を上げた。
「ご説明を。王女というのは、いったい」
ディートの声は、震えていた。
「そのままだ。ヴァイス大学の学生であるエレル王国の王女が、実戦武術を選択した。君たちは、他の学生と同様に本気で戦え」
「しかし、もし王女にもしものことがあったら、外交問題に発展してしまいます。最悪、戦争になることも」
「それはない」
アイケの言葉に、ディートは耳を疑った。
「大学側は、実戦武術を選択するリスクについて、充分な説明を行っている。にもかかわらず、王女はこの科目を選択した。最終試験の詳細を知っても、辞退しなかった。ということは、王女は死をもいとわない覚悟があるということだ。素晴らしい。王女という立場でありながら、まるで戦地に赴く戦士のようではないか」
表情は変わらないアイケだったが、語気は明らかに強くなった。
「仮に君たちが王女を殺したとしても、罪には問われない。エレル王国側も、王女がリスクを承知で実戦武術を選択していたとあらば、関係悪化は避けられないかもしれないが、理不尽に戦争をけしかけてくることはないだろう。もちろん、こちら側からも」
それは、短絡的過ぎる。
戦争とは、理不尽の中から芽吹いてくるものなのに。
ディートは、心の中で叫んだ。
「それに、外交問題に関しては、政治局が考えることだ。君たちは、最終試験官としての任務を粛々と遂行するだけでいい。余計なことは考えるな」
そう言い残して、アイケは足早に会議室を出て行った。
ドアが閉まる音とともに、五人は崩れるように椅子に腰を下ろした。
しばらくの間、沈黙が続いた。与えられた情報を処理することに、だいぶ時間がかかった。
「とんでもねえな」
沈黙を破ったのは、ヴァルターだった。
「元帥のお嬢様に、となりの国のお姫様かよ。想定できるか、こんなの」
ヴァルターは、乾いた笑い声を上げた。
「ただの対戦相手の発表に、わざわざ元帥が来たのも納得だな」
フリックは、頭をかいた。
「元帥も人が悪い。事前に知っていたら、応募なんてしなかったのによ」
エルンスは、苛立たしげに爪を噛んだ。
「私は、変わらなかったと思うな」
ヨシアがのんびりとした口調で言うと、男性隊員は瞠目した。
「汚名でも、歴史に名を残せるだなんて、素敵なことじゃない」
ヨシアは、屈託のない笑みを湛えた。
この戦闘狂め。
お前は、ただただ血に飢えているだけだろ。
エルンスは、心の中でヨシアのことを罵った。
「ディートは、辞退した方がいいよ」
ヨシアは、となりで俯いて座っているディートに声をかけた。
「あなたは真面目すぎるから、この任務は向いていない」
ヨシアの言葉は、ディートの心に突き刺さった。
「俺らは不真面目ってことか」
ヴァルターは、苦笑いを浮かべた。
「よくわかってるじゃない。まあ、私が一番不真面目だけどね」
ヨシアは、肩をすくめた。
四人の会話が、分厚い壁越しから聞こえてくるようだった。
私は。
私は、どうしたらいい。
腰を上げたヨシアは、ディートの肩にそっと触れた。
「よく考えて。でも、結論はなるべく早く出してね。次に待っている人もいるだろうから」
諭すように言ったヨシアは、他の三人と共に会議室を後にした。
一人取り残されたディートは頭を抱えると、会議室の天井に響き渡るくらいの大きなため息をついた。




