19 相馬眼
次の実戦武術の時間が、あっという間にやってきた。
前回ライドが予告したとおり、前半は槍術の型の復習だった。それぞれの課題をライドが指摘し、手取り足取りの指導を受けた。ただティアの型は、ライドにもなじみの薄いヘイス式だったので、どうしても手探りの指導となった。
「この型を発明した人は、天才ね」
ライドは、感嘆の声を漏らした。
あんまり褒めると図に乗るから、ほどほどにしてくださいね。
心の中で、ティアは注意した。ヘイスの大きなくしゃみが、聞こえてきそうだった。
そして、相変わらずレムの指導には熱がこもっていた。身体を触る回数は槍術の時と比べて明らかに多くなり、その手つきは異様にしなやかになっていた。こころなしか、ライドの顔もにやけているように見えた。
気の毒に思った四人だったが、レムはそんなこととはつゆ知らず、ライドの過剰とも言えるボディタッチもまったく意に介さず、熱心に課題克服に取り組んでいた。
槍術の講義が終わり、つかの間の休憩時間を過ごしていると、ライドに率いられた大学の厩務員が、五頭の牡馬を連れてきた。
「うわ、すごい」
ノイは、目を輝かせた。
鹿毛、栗毛、青鹿毛、芦毛、白毛。色違いの五頭は、いずれも肉付きも毛艶も申し分がなかった。
整列した五頭の馬の前に立ったライドは、五人を見渡した。
「これから、騎馬術の訓練を行います。まずは、それぞれ好きな馬を選んでちょうだい。ここは、相馬眼が試されるわよ」
ライドは、にやりと笑った。
これは、なかなか難しいぞ。
五頭を見比べたティアは、小さくうなった。五頭の背格好はほとんど同じで、どの馬も動き回ることもなく、とても落ちついていた。
まあでも、この子が頭ひとつ抜けているかな。
ティアがとなりを向くと、どうやら他の四人も決まったようだった。
「じゃあ、どうやって選ぼうか」
レムは、四人に声をかけた。
「いっせーので、指さすとか」
ティアは、提案した。
「それでかぶったら、どうするのよ」
アニスは、苛立たしげに言った。
「そうしたら、公平にジャンケンで決めたらいい」
ファオは、冷静に言った。
「私、ジャンケン弱いんだよなあ」
ノイは、顔をくもらせた。
五人は五頭の前に整列し、改めて一頭ずつ見回した。
「それじゃあ、いくよ。いっせーの」
ティアの号令の元、五人は指を差した。
「せ」
結果は、アニスだけが白毛で、他の四人はすべて青鹿毛の馬を指さしていた。
「うわあマジか。四人もかぶっちまった」
レムは、悔しそうに頭を抱えた。
「まあ、わかりやすかったから、かぶるとは思ったけど」
ファオは、やっぱり冷静に言った。
「でも、こんなにかぶるとは思わなかったな」
ノイは、シュンとなった。
「なあに、ジャンケンに勝てばいいんだよ、勝てば」
ティアは、腕まくりをした。
ひとり蚊帳の外のアニスは、四人のやり取りを茫然と見ていた。
「よかったわね。単独で指名できて」
ライドは、アニスの肩をポンと叩いた。
「ようし、ジャンケンするよ」
ティアが声をかけると、四人は輪になった。
「ちょっと、待ちなさいよ」
アニスが叫ぶように言うと、四人は手を止めた。
「あなたたち、私だけが白毛を選んだことについて、なぜつっこまないの」
「んなこと言ったって、アニスがいいと思ったんだから、それでいいだろ」
レムは、当然のように言った。
「なによ。私だけ違うの選んだから、相馬眼がないって馬鹿にしてるんでしょ」
「してねえって。被害妄想が過ぎるぞ」
レムは、うんざりした顔になった。
「アニスは乗馬も上手かったし、相馬眼はあると思うよ」
ファオが、すかさずフォローした。
「そうだよ。まさか、私には白毛馬が似合うから、っていう単純な理由で選んだとは思ってないもん」
ティアもフォローしたつもりだったが、逆にアニスの図星を指してしまった。
そんな単純な理由で選んだのよ、私は。
どれも同じに見えたから、私に映えそうな馬を選んだだけよ。
心の叫びが、口をついて出そうになった。
「もしそうだったら、めっちゃ恥ずかしいよね」
ノイの言葉が、アニスの胸を強烈にえぐった。
夢遊病者のような足どりで白毛馬の側まで行ったアニスは、いい子、いい子とつぶやきながら、鼻筋を撫でた。白毛馬は、気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
「何だかアニス、変じゃない」
その様子を見ていたティアは、首をかしげた。
「ほっとけ。それよりも、早く決めようぜ」
レムは、冷たく言い放った。
ジャンケンの結果、最後まで勝ち残って青鹿毛馬を手にしたのは、ティアだった。
「しゃあっ」
ティアは拳を掲げ、レムは天を仰いだ。
その後はレムが芦毛馬、ファオが鹿毛馬、ノイが栗毛馬を選んだ。
「よろしくね」
ティアが頬を撫でると、青鹿毛馬は顔を寄せて甘えてきた。
「この子、名前はあるんですか」
ティアは、厩務員に尋ねた。
「私達は、ブルースと呼んでいます」
「ブルース、良い名前ですね」
微笑んだティアは、甘えるブールスの鼻筋を撫でた。
ライドからの指示は、剣と槍を持ちながらの騎乗で感覚を掴む、というものだった。特に型は意識せずに自由に乗っていいが、ただ漠然とは乗らないで、戦う時のイメージを持って乗ること。
ブルースにまたがったティアは、その乗り心地の良さに感嘆した。今まで乗ってきたどの馬よりも、身体に馴染んだ。何事にも動じない、どっしりとした安定感を肌で感じることができた。
ティアはまず、剣を握った。ずしりと重たい真剣を片手に持ちながらの騎乗は、確かにバランスが取りづらい。試しに一太刀してみたが、力が伝わりにくかった。しかも鐙から足が外れそうになり、ティアは咄嗟にブルースのたてがみにしがみついた。
軍の騎馬隊って、相当な訓練を積んでいるんだな。
今の私が戦場に出ても、すぐに殺されてしまう。
気落ちしたティアだったが、ブルースのまるで労るような走り方に励まされ、すぐに気持ちを入れ替えた。
そうだね、ブルース。
落ち込んでいる暇なんて、ないよね。
ひとつ息をはいたティアは、力を込めて剣を振るった。
次に槍を手にとり、振ってみた。真剣よりは扱いに慣れていたはずなのに、馬上だとまったく勝手が違った。長尺ゆえに、さらにバランスが取りづらい。戦いをイメージして突きを入れてみたが、力が入りにくかった。
ブルースという極上の良馬を持ってしても、ティアはその実力をほとんど発揮できなかった。それだけ、騎馬術というのは、難易度が高いという証明だった。
課題は山積み。
でも、それだけ克服するべき課題があるというのは、ある意味幸せなことなのかもしれない。
必ず克服して、より高みを目指すんだ。
ティアは、そう自分に言い聞かせた。
ブルースから降りたティアは、他の四人の様子を眺めた。レムもファオもアニスも、馬上での本物の武器の重さに悪戦苦闘しているようだった。
え。
ティアは、瞠目した。
五人の中で一番小柄なノイが、馬上で長尺の槍を軽々と振り回していた。まるで、木の棒でも扱っているかのように。
ノイは馬上でも正確な突きを繰り出し、バランスを崩すこともなかった。その姿は、歴戦の戦士のような勇ましさがあった。
ティアは、息をすることも忘れるほどに、ノイに見入っていた。
「どうして槍だと、あんなに生き生きしているのかしら」
ライドは、呆れたようにつぶやいた。
いや、もうそんなレベルじゃない。
あれは、相当鍛え上げてきた証拠だ。
底の見えないノイの才能に、改めてティアは驚嘆した。
騎乗を終えたノイは、軽やかに馬から降りた。その所作も美しさがあり、とても様になっていた。
「ああ、楽しかった」
ノイは、いつもの純真な笑みを見せた。
「聞いてないんだけど」
「ん」
「なんでそんなに上手いの」
ティアが詰め寄ると、ノイは狼狽した。
「あんなの、好きという次元を超えている」
「そうかな」
ノイは、頭をかいた。
「そうね。私にも教えなさい」
珍しくアニスが、ティアの側についた。
「このままじゃ、眠れそうにないわ」
アニスは、悔しさをあらわにした。彼女の後ろで、レムもファオもさりげなく側耳を立てていた。
ノイは幾分緊張の面持ちで、語りだした。
「えっと、私の実家は帝国の山間部にあって、物資が届きにくいところなの。だから、生活には馬が欠かせなくて、馬に乗ることはご飯を食べるのと同じくらい当たり前のことだったんだ。私もお父さんに教わって乗馬ができるようになったんだけど、今思えば周りの友だちよりは結構早くできたかな。あとは単純に、馬が大好きってことと」
そこまで言って、ノイはハッとなった。
「あと、私のご先祖様は遊牧民族だったらしいの。遊牧民族といえば馬とは切っても切り離せないから、もしかしたら、私の中にあるご先祖様の血がそうさせているのかも。ちょっと非科学的かな、それは」
ノイは、苦笑した。
馬に乗ることはご飯を食べるのと同じ。
ノイはさらりと言ったが、よくよく考えるととんでもない発言だった。
もはやノイの故郷で乗馬は、食事をするのと同じくらいに、生活の一部として組み込まれている。
育ってきた環境と元々の血統に、持ち合わせていた才能が上手くかみ合って、今のノイを形作ったのだ。
「要するに、下地から違うってことね」
アニスは、口惜しそうにつぶやいた。
「まあでも、追いつけばいいだけの話よ」
アニスの瞳に、力が宿る。
「見てなさい。最終試験までには、あなたを超えてみせるから」
アニスはノイに、力強く言い放った。
久しぶりに、アニス節が戻って来たぞ。
ティアは、心が躍った。そこには、さっきの相馬眼のくだりで落ち込んでいた姿は霧散していた。
「え、あ、はい」
アニスからの宣戦布告に、ノイはいつもの調子で返した。かっこよく決めたはずなのに、軽くいなされたようで、アニスの頬はわかりやすく引きつった。
ここで、望むところだ、って言えば盛り上がるのに。でも、絶対にそんなことを言わないのがノイだもんね。らしくていいや。
ティアは、笑みを浮かべた。
講義の終了前に、ライドから次回の実践武術の内容が発表された。
騎馬術については、馬の体調管理の兼ね合いもあって、一ヶ月後に再度行うこととなった。前半は剣術の型の復習で、後半はいよいよ剣を使用しての実戦となった。
「あの、先生」
レムが、恐る恐る手を上げた。
「実戦は、もちろん、木剣ですよね」
「そうよ。まだ死にたくはないでしょ」
ライドがにべもなく言うと、レムは苦笑いを浮かべた。
「もっとも、お互いが合意の上でなら、真剣を使ってもいいわよ」
「え」
「まあ、それで死んでも、学校側は一切責任は取らないけどね」
ライドが不気味に微笑むと、レムはすくみ上がった。
運動場から校舎へと続く道を、ティアとノイは一緒に歩いた。午後はそれぞれ、別の講義を受講する予定だった。
「私の馬、グラスって名前でね、すごく可愛かった」
実戦武術でのノイは、終始ご機嫌だった。大好きな馬とのふれ合いが、そうさせているのかもしれない。
ノイの騎乗技術の高さは言わずもがな、馬への接し方や扱い方からも、相当好きなことが伝わってきた。
私は、ノイに勝てるのだろうか。
今は、まったくイメージが湧いてこない。
アニスのような、啖呵を切る勇気も出ない。
いったい、どうしたら。
「ティア」
我に返ると、ノイが首をかしげていた。
「なに」
「何か、難しい顔してたから」
「ちょっと、考え事してた」
ティアは、笑みをつくった。
すると、ノイは足を止め、まっすぐにティアを見つめた。
「ティアの考えていることは、だいたいわかるよ」
「え」
「だけど私も、不安でいっぱいなんだ」
いつの間にか、ノイの顔からは笑みが消えていた。
「私のことなんか、ティアなら軽く追い抜いてしまうって」
ティアは、目を見張った。
「抜かせない」
ノイは、拳を握った。
「私は、ティアに抜かされないくらいの、高みへ行く」
それは、事実上の宣戦布告だった。
ティアの胸に去来したのは、動揺でも畏怖でもなかった。
自分の迷いを察してくれて、嘘偽りのない本心をさらけ出してくれた、愛すべき友への感謝だった。
「負けないよ」
ティアは、確かめるように言った。
ノイは、静かに頷いた。




