18 強固な支柱
まだ朝も明けきらない早朝。
深緑に囲まれた小高い丘の上に、ティアの姿はあった。鳥のさえずりが降り注ぐ中で、ティアはゆっくりと身体をほぐしていた。
ここはヴァイスの中心地から東へ三キロほどのところにある「憩いの広場」と呼ばれる市立の公園だった。広さは王立公園の十分の一程度だが、緑豊かな景観と、整備の行き届いた散歩道が特徴の、知る人ぞ知る穴場スポットだった。
寮からほど近い王立公園でランニングしてもよかったのだが、ノイの手前、なんとなく気が引けた。そこで、ヴァイスの地理に明るいミーアに、お勧めのランニングコースを教えてもらった。
手を広げたティアは、大きく息を吸いこんだ。青葉の匂いを含んだ新鮮な空気が、肺を満たしていく。
さすがミーアだね。良いところ知ってるじゃん。
地平線を上ってくる朝陽に、ティアは目を細めた。
ノイの才能を目の当たりにし、いてもたってもいられなくなった。
ぼやぼやしていたら、すぐに追い越されてしまう。
とはいえ、あまりにも武術を優先した結果、進級できずに退学処分となったら元も子もないので、日中は大学の講義と課題に集中し、早朝にトレーニングをすることにした。
元々朝はあまり強くないティアだったが、夜更かししないように、なるべく課題を早く終わらせて、睡眠時間を多めに確保することで、無理なく早起きすることができた。
憩いの場のランニングコースを、ティアは自分のペースで走った。あまり飛ばさずに、身体を目覚めさせるように。そもそも寮から憩いの場までの三キロの道のりを歩いてきたので、準備運動は万全だった。
朝のキリッとした空気が、頬を涼やかに撫でる。温まってきた身体を、ほどよく冷ましてくれる。
気持ちいいな。
こんなことなら、もっと早くやればよかった。
ティアは、口元をほころばせた。
およそ二キロのランニングコ―スを五周したティアは、出発地点の丘の上でランニングから徒歩に切り替えた。腰に手を当て、空に向かって息をはく。身体から、白い湯気が立ち上っていく。
足を止めたティアは、芝生の上で大の字になった。胸を上下させ、呼吸を落ちつかせる。明けの明星が、朝陽を浴びてその姿を徐々に薄くしていった。
どうして私、強くなりたいんだろう。
ふと、自問した。
他のヴァイス大学の学生とは違って、ティアは将来が約束されている。
父親のフォートン五世の後を継ぎ、エレル王国の王となる道が。
その約束された道から外れ、違う道に進みたいという希望は、ティアにはまったくない。むしろ、王女として生まれた運命に、ただ付き従うだけだと思っていた。
国の指導者となるからには、多くの知識と教養を身につけるべきである。そのために、あえてエレル大学でなくヴァイス大学を選んだと言っても過言ではない。だが強さは、本当に必要なものなのだろうか。
エレル王国には、信頼するに値する軍隊がいる。優秀な指揮官もいる。有事の際は軍に任せればいいのであって、必ずしも王が強くある必要はないのかもしれない。
だが、ティアの強さへの憧れと欲求は、日に日に膨らんでいった。アニスやノイ達に触発されていることも大きかったが、それだけではないような気がする。
その時、ティアの頭の中で、閃光が走った。
そうだ。
私は、強さという支柱が欲しいんだ。
何事にも揺らがない、強固な支柱が。
それは身体的なものだけではなく、精神的なものも含まれる。
国を導く者として、その言葉に説得力を持たせるために。
私は、エレルを愛している。
愛しているからこそ、強くありたい。
ティアは、青く染まっていく空に手をかざした。
微かに瞬く明けの明星を掴むように、ゆっくりと拳を握った。




