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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
17/38

17 燃焼系ヘイス式

 翌朝。寮を出発したティアとノイは、運動場へ向かった。からっと晴れ渡った空に、緩やかな風が心地よかった。

「晴れて良かったね」

「そうだね」

 これから実戦武術の講義が始まるというのに、ノイには緊張している素振りは見られなかった。まるで、散歩でも楽しんでいるかのような雰囲気があった。

 逆にそれが、ティアには不気味に感じられた。覚悟を決めた強者の心のような、こんなものは些末なことに過ぎない、という高みに到達したような。

 もし私が今のノイと初めて出会ったら、きっとこう思うだろう。

 この子は、とてつもなく強いと。

「ノイ」

「ん」

「私、誰にも負けないから」

 ノイが足を止めると、ティアも足を止めた。

「ノイにも、親衛隊にも」

 ティアは、言葉に力を込めた。

 微笑んだノイは、こくりと頷いた。

「頑張ろうね」

 ノイのその言葉を耳にした瞬間、心がスッと軽くなった。

 とことん、向き合っていこう。

 ノイにも、自分自身にも。

 心に固く誓ったティアは、再び歩を進めた。

 運動場には、まだ誰の姿もなかった。講義開始の十分前なので、決して二人が早く来すぎた訳ではない。

 まあ、私達がおかしいだけで、賢明な判断だよね。

 ティアは、小さく息をはいた。

 実戦武術の単位を落としたからといっても、他の選択科目で単位を取れば進級は可能である。わざわざ命の危険と隣り合わせの科目を、無理をして選択する必要はない。ましてや、最終試験は、親衛隊との本物の武器を使った真剣勝負なのだ。死ぬ可能性だって、多いにある。臆するな、と言う方がおかしい。

 ライド先生も、びっくりするだろうな。

 五人のうち、最も逃げ出しそうな二人が来ているんだから。

 などとティアが思っていると、背後から足音が近づいてきた。

 後ろを振り返ると、レム、ファオ、アニスが並んで歩いてきた。

「てっきり、もう来ないかと思っていたわ」

 アニスはティアに向かって、皮肉を込めて言った。

「アニスこそ、別に来なくたってよかったのに」

 決して煽っている訳ではなく、純粋な疑問としてティアは言ったのだが、アニスは憤怒の表情になった。

「馬鹿にしないでちょうだい。自分で選択したものを自分から辞退するなんて、愚者のすることよ」

 まくし立てるアニスの横で、レムは苦笑いを浮かべていた。

「それに、お父様が絡んでいるかは知らないけれど、絡んでいなくても当然耳には入っているはずだわ」

「まあ、そうだろうな」

「だからこそ、思い知らせてあげるのよ」

「は」

「親衛隊に勝って、お父様に目に物見せてくれるわ」

 アニスは、かみしめるように言った。

 やっぱり、アニスは強い。

 逆境を、力に変えている。

 早く、アニスと戦いたい。

 ティアは、気持ちを昂ぶらせた。

 時間きっかりに現れたライドは、五人が勢揃いしているのを見て、はしゃいだ声を上げた。

「誰もいなかったら寂しいと思ってたから、良かったわ」

 その言葉とは裏腹に、ティアにはライドの目が笑っていないように見えた。

 籠から真剣を降ろすと、ライドは手をはたいた。

「この中で、何人が生き残るのかしらね」

 ライドのつぶやきに、運動場の空気が張りつめた。

 五人に真剣を渡したライドは、前回の型を踏まえて、課題を潰していくために、ひとりずつ指導すると伝えた。

「何か言いたそうね」

 ライドに声をかけられたレムは、慌てて姿勢を正した。

「大変失礼かもしれませんが、俺たちは先生の実力を知りません。そんな中で指導されるというのは、ちょっと」

 緊張の面持ちで、レムは言った。

「なるほど、指導される立場からすれば、ごもっともな意見だわ」

 真剣を携えたライドは、五人から離れると、運動場の真ん中へ進み出た。

「よくご覧なさい」

 ライドは真剣を構えると、流れるような動作で水平に振った。空気を切り裂く音が、五人の鼓膜を震わせた。その一太刀で、証明は充分だった。

「全然、見えなかった」

 ノイは、唖然とした。

「どうかしら」

 戻ってきたライドは、立ち尽くす五人に笑みを向けた。

「あの、すみません」

 ティアが、手を上げた。

「ひょっとして先生は、ラクサール王国軍の出身なんですか」

「ええ、そうよ」

 やっぱりそうだ。

 こんな剣捌きができたら、軍が放っておくわけがない。

「一年で辞めたけどね」

「え、短。どうしてですか」

 ティアが訊ねると、ライドは少し渋い顔をした。

 あ、まずい。昔の嫌なことを思いださせちゃったかも。

 軍って、訓練とか規律とか上下関係がめちゃくちゃ厳しいって聞くから、それに嫌気が差して、ってところかな。

「あまりにも天国過ぎて、仕事に集中できなかったのよ」

「へ」

「だって、周りを見渡せば、どこもかしこも屈強な殿方ばかりなのよ。集中できるわけがないじゃない」

 顔を赤くしたライドは、両手を頬に当てた。

 そっちなのね。

 五人は、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死にこらえた。

 前置きが長かったが、とにもかくにもライドの指導が始まった。

 ティアの課題は、真上から振り下ろす際、重心が僅かにぶれることだった。一発で言い当てたライドは、ティアに身振り手振りで事細かく教え込んだ。重心の置き方、流し方、ライドの指導は的確で、とてもわかりやすかった。指導の一環として時々身体に触れることもあったが、ライドの素性を知ったためか、まったく嫌な気分にはならなかった。

 短時間で、こんなに良くなるものなんだ。

 ティアは、喜びをかみしめた。

 アニスの課題は水平に振る時の剣の入り方、ファオの課題は力の配分で、ライドは二人にも熱の籠もった指導をした。大きな課題だったのですぐに改善することはできなかったが、二人とも充実の表情をしていた。

「問題は、あの二人ね」

 つぶやいたライドの視線の先には、運動場の隅で小さくなっているレムとノイの姿があった。

 次に呼ばれたのは、ノイだった。

「あなたには、課題しかないわ。それは、自分でもわかっているでしょ」

「その通りです」

 ぐうの音も出ない正論を言われたノイは、肩を落とした。

「逆に言えば、これから上がっていくしかないのよ。一緒に頑張りましょ」

「よろしくお願いします」

 ノイは、深く頭を下げた。

 ノイの型は、荒削りという言葉すら使うのを躊躇するくらいに荒削りだった。それでも、時折垣間見せる一太刀の威力は、力自慢のレムさえも凌駕していた。溢れんばかりの素質に、身体が追いついていない。ティアは、そんな印象を抱いた。

 型を止めさせたライドは、ノイの足首から腿当たりまでを揉むように触れた。くすぐったいのか、ノイは身体を震わせていた。

「あなたは上半身と下半身のバランスが、あまりにも悪すぎるわ。時間があるときでかまわないから、走り込みをなさい」

「走り込み、ですか」

「王立公園のランニングコ―スは、景色も綺麗だけど、高低差もあってお勧めよ。剣術は一旦封印して、まずは身体のバランスを一致させることに重点を置きなさい」

「はい、わかりました」

 ノイは、素直に返事をした。

 他の講義の課題だってたくさんあるのに、走り込みをする時間なんてあるのかしら。

 ノイのことだから、きっと真面目に取り組むのだろうけど、無理して身体を壊さないでほしいな。

 ティアは、切実に思った。

 最後は、レムの番だった。パワーに全振りした型は、武骨さこそあれど、アニスやファオの型ような美しさの欠片もなかった。

 レムが型を終えると、ライドは歩み寄った。その表情は、今日一番と言っていいほどに険しかった。

「あなた、型をなめてるでしょ」

「え」

「型は、剣の速さを競うものじゃないの。力強さと美しさを競うものなの」

 ライドの迫力に、レムはごくりとつばを飲みこんだ。

「こっちにいらっしゃい。その腐った性根を、徹底的に叩き切ってあげるわ」

 ライドは怯えるレムを、運動場の片隅にまで連れていった。

 取り残された四人は、とりあえず型の復習をすることにした。

 各々の課題に向き合いながら、時折レムの様子を確認した。ライドの熱のこもった指導の元で、レムは大汗をかきながら真剣を振るっていた。

「なんだか、レムだけ特別扱いじゃない」

 アニスが、不満を口にした。

「それだけ、レムには伸びしろがあるって、先生は感じているんじゃないの」

 ティアは、ライドを擁護した。

「だから、レムにだけボディタッチが過剰なのか」

 ファオがつぶやくように言った瞬間、四人はハッと顔を見合わせた。

「まあ、世の中には知らない方が良いことも、たくさんあるわよね。さあ、復習、復習」

 自分に言い聞かせるように言ったアニスは、何かを断ち切るかの如く真剣を振った。

「私、子供だからよくわからないや」

 二十歳を超えているノイは、頬を赤く染めた。

 わかりやすい好みだな。

 ライドに腰回りを触られているレムを見て、ティアは心の中でつぶやいた。

 少しの休憩時間を挟んでから、後半は槍術の講義が始まった。

 ライドから配られたのは、光沢のある鋭く尖った穂先と金の紋様が施された黒い柄が特徴的な、本物の槍だった。握った瞬間に指紋がつきそうなくらい、どれもが丁寧に磨かれていた。

「剣術と同じく、まずは型を見せてちょうだい」

 ライドは、五人にそう伝えた。

 幼少の頃から習っていたティアにとって槍術は、剣術よりも遙かになじみのあるものだった。本物の槍を手にする機会も多かったので、真剣よりはやりやすい。

「次は、私からやるわ」

 順番を決める前に名乗り出たアニスは、そのまま槍を持って運動場の真ん中へ歩を進めた。

 また一番最初にやりたかったけど、まあいいか。

 槍を構えるアニスを見て、ティアは小さく息をはいた。

 アニスの槍術もまた、見事なものだった。突きの角度、槍の回し方、払い方、まるで身体の一部であるかのように、槍を自在に使いこなしていた。

 だから一番最初にやりたかったのに。

 こんなの見せつけられたら、この後すごいやりにくいじゃん。

 嫉妬と羨望が入り交じったティアは、そっと唇を噛んだ。

 型を終えたアニスは汗ひとつかくことなく、颯爽と四人の元に戻って来た。

「久しぶりにしては、うまくできたんじゃないかしら」

 軽く自画自賛したアニスに、ライドは拍手を送った。

「素晴らしいわ。完璧ね」

 あ、先生、それ禁句だよ。

 ティアが思うが早いか、アニスの顔が引きつった。

 完璧って言葉は、嫌いよ。それ以上、伸びしろがないってことだから。

「どうも」

 ぐっとこらえたアニスは、槍を元の場所に戻した。

 きっと先生は、アニスに奮起を促したくて、あえてアニスが嫌いな言葉を使ったのかもしれない。

 自画自賛するアニスなんて、らしくないもんね。

「次、私でいい」

 ティアが三人に声をかけると、三人ともすぐに頷いた。誰も、アニスの後にはやりたくないようだった。

 人と比べてどうかよりも、今の自分がどこまでできるかが大事なんだ。

 失敗してもいい。思いっきりやろう。

 運動場の真ん中で足を止めたティアは、ひとつ息をはいてから構えに入った。

 四方に突きを入れた後で、頭上で大きく回し、斜めに振った。身体は、槍の感触をしっかり覚えていた。

 幼い頃、軍人時代に槍の名手として名を馳せていたヘイスに手ほどきを受け、無我夢中になって槍を振った。槍の楽しさを知ったティアは暇さえあれば槍を振るようになり、他のことが疎かになってしまった。見かねたヘイスからしばらくの間、槍を持つことを禁止され、ティアは仕方なくその辺にあった木の枝を振ってみたが、物足りなくてやめてしまった。

 やっぱり槍は、めちゃくちゃ楽しい。

 型の美しさを意識することなく、ティアはひたすら槍を振るった。

 ライドが手を叩くと、ティアは型を止めた。もっとやりたかったが、後にも控えているので仕方がない。

 戻ってきたティアは、いつもひょうひょうしているライドが、珍しく驚きの表情をしているのに気がついた。

「あなたのその型、ヘイス型じゃない」

「へ」

「いったい、どこで教わったの」

 ライドは、興奮気味に訊ねた。

 え、本人ですけど。

 と言いかけたティアだったが、何やらややこしくなりそうな雰囲気だったのでやめておいた。

「学校の授業で習いました」

「嘘」

 ライドは、目を丸くした。

 基礎的なものは学校でも習ったから、嘘はついていないはず。ティアは、無理矢理自分を納得させた。

「最近のエレルはすごいわね。授業でヘイス式を取り入れるなんて」

 独りごちたライドは、ティアから離れていった。

 よかった。なんとかごまかせた。

 それにしても、型の名前にもなるなんて、爺はすごい人だったんだ。

 こんなことなら、もうちょっと、敬っておけばよかったかも。

 ティアに散々振り回されて困り果てたヘイスの顔が、鮮明に思いだされた。

 続いてレム、ファオが型を披露した。レムは型としての美しさを放棄した激しい突きを繰り返し、ライドを呆れさせた。一方でファオの型は、レムとは真逆の美しく滑らかなもので、もはや完成の域に達していた。

 レムの型は剛で、ファオの型は柔。

 二人の型をひとつに合わせたら、とんでもない型になるだろうな。

 そんなことを、ティアは思った。

 ファオの型が終わると、最後のノイは緊張の面持ちで運動場の真ん中へ歩を進めた。

 剣術での無様ともいえるノイの型を見ていた四人は、もはや運動会の徒競走に出る娘を見守る母親のような心境になっていた。

 だが、想像していたよりも、ノイの型は遙かに洗練されていた。時折バランスを崩す場面も見られたが、それでも突きの鋭さと力強さは、とても女性のものとは思えないほどの迫力があった。

「鍛え甲斐があるわね」

 ライドは、うれしそうにつぶやいた。

 先生の言うとおりだ。

 こんなの、伸びしろしかない。

 ティアは、拳を強く握った。

 型を終えたノイは、そそくさとティアの元に戻って来た。

「やっぱり最後は恥ずかしいなあ」

 ノイは、頭をかいた。

「すごい様になってたけど、昔やってたの」

「そうかな。帝国だと、女性は槍術を習うのが必須だったから、自然と身についたというか」

 ノイは、照れくさそうに笑った。

 あの突きの鋭さは、普通に習っただけでは絶対に会得できない。天性のものだ。

 ノイの才能は、底なしなのかもしれない。

 私なんて、あっという間に抜かされてしまう。

「どうしたの」

 我に返ると、ノイはきょとんとしていた。

「なんでもない」

 ティアは、笑顔をつくった。

 全員の型が終わると、ライドは次回の講義内容について説明した。前半は剣術の時と同じく、槍術の型の復習をし、後半は騎馬術の訓練となった。

 やった、また馬に乗れる。

 自然と、笑みがこぼれた。

「うれしそうだね」

 ノイから声をかけられたティアは、こくりと頷いた。

「ノイも、うれしそう」

「うん。馬は大好き」

 ノイは、白い歯をこぼした。

 大好き、と言い切れるということは、乗馬は得意ということか。

 ノイの才能は、本当に果てがない。

 けれど、私は負けない。

 誰にも、負けたくない。

 誰よりも、強くなりたい。

 ティアは、決意を新たにした。

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