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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
16/38

16 ミーアと一緒

 次の実戦武術に備えて自主訓練をしたい気持ちはあったが、三年になって講義のレベルが格段に上がったため、なかなか時間が取れなかった。課題の提出もあり、身体を動かす時間よりも、机にかじりつく時間の方が圧倒的に長かった。時間が取れたと思っても、他の学年のクラスが運動場を使っていて、空いていなかったこともあった。

 次の実戦武術の講義を明日に控えた夕方になって、やっと自主訓練をすることができた。当然真剣を使うことは許されず、ティアは木剣を携えて運動場の隅に向かった。

 真剣の重さを体験した後なので、木剣が余計軽く感じた。振っても振っても、物足りなかった。それでも、型を確認したかったティアは、一人黙々と木剣を振った。

 自主訓練で無心になりたかったが、どうしてもノイのことを考えてしまう。寮の食堂での会話の後、ノイはいつものノイに戻っていた。講義の復習に余念がなく、机にかじりつく姿。息抜きでお茶を飲みながら、他愛もない話をするときの柔和な顔。どれもが、見慣れたノイだった。そこには、あのとき感じた冷たさの欠片もなかった。

 見間違いなんかじゃない。あれは、確かにノイそのものだった。

 ずっと側にいたのに、私はノイのこと、全然わかっていなかった。

 アニスは、一目で見抜いたっていうのに。

 ティアは、木剣を振るのを止めた。日は傾き始めていて、空の底辺が蒼く色づいてきた。

 だめだ。集中できない。

 今日はもう、やめておこう。

 空に向かって息をはいたティアは、運動場の出口に向かって歩き出した。

「もうやめちゃうの」

 声のした方を向くと、そこにはミーアが立っていた。

「かっこよかったから、もっと見せてよ」

 ミーアの言葉に、ティアは耳が熱くなった。

「もう疲れたから、今日はおしまい」

「けち」

 ミーアは、口を尖らせた。

 運動場の外にあるベンチに、二人は並んで腰掛けた。夕陽を浴びた校舎は、鮮やかな橙色をしていた。

「リデルは」

「哲学の課題が終わらないって、図書館に籠もってる」

「ミーアは、大丈夫なの」

「もう終わらせた。こう見えて私、意外と要領がいいんだよ」

 ミーアは、胸を張った。

「意外じゃないよ。ミーアは、すごいよ」

「え」

「いつも、ひょうひょうとやってのけるよね。めちゃくちゃ努力しているはずなのに、そんなのをおくびにも出さないし」

「そうかな。自分じゃよくわからないや」

 ミーアは、こめかみをかいた。

「ミーアみたいになれたらな、って思うこともあるんだ」

 ティアがつぶやくように言うと、ミーアは首を横に振った。

「何言ってるの。私の方こそ、ティアみたいになりたいって思ってるよ」

「私になったって、つまんないよ」

「どうしたの、ティア。何かあったの」

 ミーアは、ティアの顔を覗きこんだ。

 その瞬間、すべてを吐露したくなる衝動に駆られた。

「私、ノイのこと、何もわかってなかった」

 ミーアは、目を見開いた。

「ずっと側にいたのに、何にも」

 ティアの声が、震える。

 ミーアは、小さく息をはいた。

「訊かせて、私に」

 ティアは、顔を上げた。

「全部、受け止めてあげるから」

 夕景を背に、ミーアは微笑んだ。

 ティアは、思いの丈をぶつけた。

 ノイの内面。

 実戦武術で明らかになった、荒々しい一面。

 普段の穏やかさとはかけ離れた、冷徹とも言える側面。

 それに気づくことができなかった、自分へのふがいなさ。

 語り終えたティアは、深いため息をついた。

「そっか」

 ミーアは、宵の明星が瞬く空を見上げた。

「なんだか、リデルと似てるね」

「え」

「小さい時からずっと一緒だったから、私もリデルのことは何でも知ってるつもりだった。明るくて、勝ち気で、私が泣いたり落ち込んだりしたときはいっぱい励ましてくれて、弱みなんてまったく見せたことがなかった」

 ミーアは、足元に目を向けた。

「でも、あるとき、リデルが泣いているところを目撃したの。建物の陰に隠れて、うずくまって、声を押し殺して泣いていた。すごくびっくりして、足がすくんで、とても声はかけられなかった。実は未だに、あのとき何で泣いていたのかは訊いていないんだ」

 ミーアは、足をぶらつかせた。

「私の前でリデルは、決して泣かない。それはリデルにとって、私への思いやりなんだと解釈している。本人に確認していないから本当のことはわからないけど、私は無理に聞き出さなくてもいいのかなって思ってる。だって、逆の立場だったら、すごく恥ずかしいだろうし」

 ティアは、息をのんだ。

「だからノイも、そういった面をこれまで出してこなかったのは、ティアに対する思いやりなんじゃないかな。ティアのことを大切に思っているからこそ、あえて激しい面は出さなかった。でも、実戦武術を選んだ時点で、ノイは腹をくくったんじゃないかな。もう、隠し通すことはできないって。でもずっと一緒だったティアには普段のイメージが強すぎたからわからなかっただけで、アニスは初対面だったからノイの内なるものを敏感に感じ取ることができた。そういうことなんだと思うんだけど」

 ミーアは、目を上げた。

「私の勝手な解釈だから、間違っているかもしれない。ティアがそれでもモヤモヤするようだったら、直接ノイに訊いてみたら。きっとノイなら、ちゃんと答えてくれるはず。でもね、私はお互いのことを知り尽くしていることが親友の条件とは思わない。親しき仲にも礼儀あり、じゃないけど、相手が一線を引いているって感じ取って、あえて触れないことも親友のとしての条件なんじゃないかな」

 ミーアは、微笑んだ。

「ノイのこと、好き」

 ティアは、大きく頷いた。

「だったら、ノイのことをしっかりと受け止めてあげて。きっとノイも、自分の違う面をさらけ出したことで、苦しんでいると思うから」

「うん」

「気づけなかったことは、悪いことじゃないよ」

 ミーアは、にっこり笑った。

 こみ上げてくるものを抑えながら、ティアも微笑んだ。

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