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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
15/38

15 ノイのヴィジョン

 その日の夕方。寮の食堂に、ティアとノイの姿があった。

 いつもはお互いのクラスのことや、講義のことで話が弾むのだが、今日に限っては二人とも黙々と夕飯を口にしていた。

 いろいろなことがありすぎて、ティアは心身共に疲弊していた。食欲もあまり湧かず、具の少ないホワイトシチューをちびちびと口に運んでいた。ノイもそうなのか、パンを細かくちぎって、小鳥が突くようにチマチマと食べている。

 ノイに訊きたいこと、整理しておきたいことはたくさんあるけれど、なかなか話すタイミングがつかめない。目の前にいるノイが、昨日までのノイと違うような感じがして、気後れしていた。

 あの子、相当強いわよ。

 また、アニスの言葉が頭をよぎった。

 こんなにずっと側にいるのに、私は一切気づかなかった。

 最後の、あの型。

 あの型を防いだり躱したりするイメージを、私はまったく持てていない。

 真っ二つになって、運動場に夥しい量の鮮血をぶちまけるイメージなら、簡単に作り出せる。

 一体アニスは、ノイのどこに、その才能を見出していたのだろう。

「疲れた」

 沈黙を破ったのは、ノイだった。

「明日、絶対に筋肉痛だね」

 ノイは、苦笑した。

「そうだね」

 いつものノイの笑みに、ティアは心がスッと軽くなった。

 ノイはノイだ。変わってなんかいない。

「しかし驚いたよ。まさか、ノイが実戦武術を受講するなんてさ」

「ごめんね。怒ってる」

 ティアは、首を横に振った。

「全然。むしろ、先に言われたら絶対に反対してたし」

「うん。わかる気がする」

 ノイは、頭をかいた。

「そもそも、どうして受講を決めたの」

 ティアは、ずっと訊きたかった問いを、ノイにぶつけた。

「選択科目なんだし、他の科目で単位を取る方が遙かに楽なのに」

 パンをちぎる手を止めたノイは、小さく息をはいた。

「本当は私、ヴァイス大学に入学する予定じゃなかったの」

「え」

「両親は、私がヴァイス大学に行くことを、ずっと反対していたんだ」

 ティアは、瞠目した。

 ヴァイス大学への進学を反対する親なんて、聞いたことがない。それこそ、行きたくても行けない人なんて山ほどいるのに。

「訊きにくいんだけど、それって、経済的な理由とか」

「半分正解で、半分不正解かな。両親は私に、帝国の防衛大学に進んでほしかったの。そこは全寮制で学費もただで、ひたすら軍事に関する知識と技術を叩き込まれる、軍部のエリート養成所みたいなところなんだ。さしずめ、ラクサールで言えば、陸軍大学校に近いかな」

 脳筋バーサーカー。

 レムの言葉が、頭をよぎった。

「学力も高いから、帝国の軍幹部はほとんどが防衛大学出身なの。帝国は軍部が何より優先されていて、待遇もお給料も破格なんだ。だから、帝国の子供達は、親から防衛大学への進学を期待されるの。私もご多分に漏れずにね」

「相当狭き門なんだ」

「うん。それに、私の両親も防衛大学を志望して受験したんだけど受からなくて、そのことがずっとコンプレックスだったみたい」

「じゃあノイは両親から、自分たちが叶わなかった夢を押しつけられたの」

「押しつけられたっていうのは違うかもしれないけど、帝国の子供達はみんなそうだったよ。帝国に生まれたからには、防衛大学を目指せって。もはや、国是みたいになっていた」

 なんだか、息が詰まりそうだな。

ティアは、帝国の子供達が気の毒に思えた。

「私も、何の疑いもなく防衛大学を目指していて、実際に合格ラインには達していたんだけど、土壇場になって志望校をヴァイス大学に変更したの。その時の両親の慌てぶりったら、見ていられなかったな」

 ノイは、寂しげに笑った。

「改めて訊くけど、どうしてノイはヴァイス大学を選んだの」

「いろいろあるけど、一番はやっぱり帝国の外を見てみたいっていう、純粋な好奇心かな」

 私と、一緒だ。

「行けるチャンスがあるのなら、行ってみたいって。でもそれだけじゃ、両親もなかなか納得してくれなくて。もう数えきれないほど話し合ったんだけど、最終的には両親の方が折れたの。条件付きでね」

「条件って」

「ヴァイス大学を卒業したら、必ず帝国の軍部に就職すること」

「でも確か、入学したての頃は、私はひ弱だから軍人なんて無理だって言ってた気がするけど」

「その時は、本当にそう思っていたの。両親との条件も、ヴァイス大学に行きたいから、形だけで実際には反故にしちゃってもいいかなって思っていた。今考えると、最低だよね。でも、大学生活を送っていくうちに、どんどん両親のありがたみを感じるようになっていったんだ」

 ノイの瞳に、憂いが帯びた。

「両親は林業を営んでいて、帝国の平均以上の収入はあるんだけど、それでも学費を捻出するのは大変で、相当苦労をかけている。だから、両親の望みは叶えてあげたいって思うようになったの」

 ティアは、胸が痛くなった。

「それで、軍部に就職するためにも、少しでも軍事に関する知識は身につけたいと思ったんだ。実戦武術を選んだのも、その一環で」

「だったら、なおさら選ばなくてもよかったのに」

「え」

「知識を得たいのなら、座学で充分でしょ。わざわざ命の危険を伴う実戦武術なんか、選ぶ必要ないじゃん」

 ティアが語気を強めると、ノイは首を横に振った。

「軍部では、強さこそが正義なの。いくら知識があったって、実力が伴わなければ昇級できない」

「昇級して、何を望むの」

 ティアの問いに、ノイはひとつ息をはいた後で、

「私は、帝国を変えたいと思ってる」

 と、かみしめるように言った。

 ノイの眼に宿った光に、ティアは息をのんだ。

「そのためには、出世しないと」

「帝国を、どう変えたいと思っているの」

「私の中でヴィジョンは固まりつつある」

「ヴィジョンって」

「それは言えないけど、ひとつだけ言えるのは、帝国の風通しを良くすることかな」

 ノイの表情は、いつもの柔和なものに戻った。

「抽象的過ぎて、よくわからない」

「だよね。私もそう思う」

「でも、死んだら終わりだよ」

「え」

「死んだら、そんなヴィジョンも画に描いた餅になる」

 ティアは、ノイの手を握った。

「実戦武術は、辞退しよ。私も一緒に辞退するから」

 ティアの切実な言葉に、ノイは微笑んだ。

「ありがとう。優しいね、ティアは」

 ノイは、ティアの手を握り返した。

「でも、私は死ぬつもりはないよ。本気で、親衛隊に勝ちに行く」

 ノイの言葉に、ティアは身体が震えた。

「それに、死んだらその程度の人間だったってことが証明されるだけだから、わかりやすいでしょ」

 ノイは、にっこり笑った。

 その笑みが、普段のものとは違って、冷たいようなものに見えた。

 食堂の喧騒が遠ざかり、やがて何も聞こえなくなった。

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