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戦場のティア  作者: 白崎由宇
第一章 大学編
14/38

14 実戦武術

 アニスのおかげで吹っ切れたティアは、より講義に熱を入れて取り組むようになった。教授を質問攻めにして、うざがられることもあった。成績トップは変わらずアニスだったが、ティアは安定してクラス二位の成績を取るようになった。

 無事に三年に進級したティアは、選択科目に頭を悩ませた。国際政治学、法学、統計学までは選べたが、残りひとつがなかなか決まらなかった。

 カリキュラムの冊子をめくっていると、ひとつの科目が目に留まった。それは、実戦武術というものだった。

 解説には、年間を通して剣術、槍術、騎馬術の訓練を行い、最終試験にはラクサール王国軍の現役軍人との対戦があり、勝利すれば単位取得となる、とあった。だが、過去十年間で単位取得できたのはたったの一名で、ここ五年に至っては選択した者さえいない、と記されていた。

「いやいや、絶対無理っしょ」

 リデルもミーアも真っ先に選択科目から外したが、ティアは迷いなく選んだ。現役軍人と対戦できることが、ティアにとってたまらなく魅力的だった。

「なんでわざわざ単位を落とすようなことをするの」

 リデルは呆れて言ったが、ティアは単位を落とすことなど考えていなかった。本気で、単位を取りに行くつもりだった。

 実戦武術の初日。集合場所である大学の運動場に、ティアは向かった。

 他に選択した人がいなかったら、ちょっと寂しいなあ。

 まあ、それはないか。

 ティアの見込み通り、運動場には先客が二人いた。

「やっぱり、来たか」

 レムは、顔をほころばせた。

「予想通りだね」

 ファオは、表情を変えずに淡々と言った。

「二人は、絶対にいると思ってたよ」

 ティアは、二人の肩をぽんと叩いた。

「もう一人、来るぞ」

 レムの視線の先に、ひとりの女子生徒が歩いてきた。

「アニス」

 ティアは、目を丸くした。

 類い稀な剣術の才能を持つアニスではあったが、彼女の性格上、てっきり合理的な選択をするものだとティアは思っていた。

「よお、アニス」

 レムが無邪気に声をかけると、アニスはキッとにらんだ。

「おお、怖え」

 レムは、わざとらしく身体を震わせた。

「アニスと、一緒にできるんだ」

 ティアが目を爛々と輝かせると、アニスは眉をひそめた。

「別に、あなたたちと一緒にやりたいわけじゃないわ。王国軍の現役の方と手合わせできるなんて、滅多にないことだから」

「小さい頃、親父さんとよくやってたじゃねえか」

 レムが言うと、アニスはうんざりした顔をした。

「お父様はもう、軍の大幹部よ。現場の指揮と若手への教育が中心で、腕もなまっている。もはや、私の相手ではないわ」

「めちゃくちゃ強かった印象があるけどな」

「昔の話でしょ。今はもう、衰えが顕著だわ」

 冷たく言い放ったアニスに、レムは肩をすくめた。

 実のお父さんなのに、そこまで言わなくてもいい気がするけど。

 ティアはアニスの言葉に、何か根深いものを感じていた。

「あ」

 ずっと黙っていたファオが、声を上げた。

「どうした」

 レムが訊ねると、ファオは指をさした。目を向けると、ひとりの小柄な女子生徒が歩いてくるのが見えた。

「嘘でしょ」

 ティアは、思わずつぶやいた。

 運動場にやってきたのは、ノイだった。

「どうも」

 緊張の面持ちのノイは、四人にぺこぺこと頭を下げた。

「誰」

 ノイとは初対面のアニスが訊ねると、固まったままのティアに代わって、ファオが答えた。

「ティアの寮のルームメイトで、確かノイ」

「初めまして」

 ノイは、アニスに会釈した。

「え、ティアは知ってたんじゃねえの」

 レムが驚いて訊ねると、ティアは首を横に振った。

「私には、一言も言ってなかったじゃん」

「ごめん。何か、恥ずかしくて」

 ノイは、頭をかいた。

 何で、ノイがここにいるの。

 武術の心得なんて、まったくなさそうなのに。

 ティアは、狐につままれたような気分だった。

「これで、全員ね」

 声のした方を向くと、がっしりとした体躯の中年男性が立っていた。

「実戦武術を担当する、ライドです。よろしくね」

 男性は甲高い、よく通る声で自己紹介した。

 見た目は普通のおじさんだけど、何でこの人お姉言葉なんだろう。

 ティアは、首をかしげた。

「今年は、五人もいるのね」

 うれしそうにライドは言ったが、その笑みはどことなく不気味だった。

 ライドから、改めて実戦武術の内容が発表された。

 授業は週一回。剣術、槍術、騎馬術の順番で行う。木剣、訓練用の槍を使用し、防具の着用は自由とするが、着用せずに怪我をしても、大学は一切その責任を負わない。訓練より実戦を中心とし、必ず全員が対戦する。授業以外の自主訓練については、運動場が空いていれば可とする。ただし、運動場以外での自主訓練及び授業以外での対戦は禁止とする。それを破った場合は、発覚した時点で単位の取得は不可となる。

 ティアが意外に思ったのが、防具の着用が自由ということだった。一年次の体育では安全のために着用が義務づけられたのに、今回は任意の着用になった。動きにくい防具が好きではないティアにとっては願ったり叶ったりだったが、怪我のリスクは常につきまとう。

 そして、最終試験はラクサール王国軍の現役軍人との対戦となるのだが、その相手が国王親衛隊だと聞かされると、レムとアニスは驚愕の表情を浮かべた。

「嘘だろ、親衛隊かよ」

 レムは、声を震わせた。

「相手が悪すぎるわね」

 アニスは、苦虫をかみつぶしたような顔をした。

「それって、強いの」

 ティアが訊ねると、レムは興奮気味に話した。

 国王親衛隊。

 ラクサール王国軍の中でも、特に武術に秀でた軍人によって構成された隊で、国王の身辺警護や王宮の警備を司っていた。その道を究めた武術に加え、国王のためなら死をもいとわない厚い忠誠心を持った軍人が選ばれていた。

「へえ、そうなんだ」

 いまいちピンときていないティアを見て、レムは苛立った。

「下手したら死ぬぜ。あいつら、手加減を知らねえから」

「大げさじゃないの」

「馬鹿。実際に、死人が出てるんだよ。ちょっとでも怪しい動きをした人がいたら、あいつらは躊躇なく殺すんだ。中には、国王のパレードを見に来ていて、国王が側を通る直前でたまたま石に躓いただけけで殺された人もいる。しかも、それも不問にされて、おとがめなしだ」

 レムの言葉に、ノイの顔は蒼白になった。

「おまえの親父さんの、差し金か」

 レムが言うと、アニスはきつく睨んだ。

「どうしてお父様がそういうことするの。そんな暇じゃないわよ」

「さっき、私の相手じゃないって愚弄してたじゃねえか」

「だから急遽、親衛隊に決まったって言うの。それは地獄耳が過ぎるでしょ」

 二人の口喧嘩に挟まれた格好になったティアは、頭がクラクラした。

「だったら、辞退したらいい」

 ファオの一言で、二人の口喧嘩はぴたりと止んだ。

「僕は受講するよ。そんな強い人達と戦えるなんて、とても光栄なことだ」

 いつものように淡々と話すファオだったが、その瞳には強い光が宿っていた。

「私も。楽しそうだもん」

 嬉々として言うティアに、アニスは頭を抱えた。

「相変わらず脳天気ね。あなた死ぬわよ」

「まあ、その時はその時だね。それでも、ただでは死なないよ。相手も必ず殺すから」

 さらりと殺すと言ったティアに、アニスは目を見張った。

「やっぱり、脳筋バーサーカーじゃねえか」

 レムが呆れて言うと、ティアは口をとがらせた。

「ちゃんと頭を使って戦うから、脳筋じゃないよ」

「どうだか」

 レムは、肩をすくめた。

「ノイは、どうするの」

 ティアが訊ねると、うつむいていたノイは顔を上げた。

「辞退するなら、今のうちだよ」

 ティアとしては、ノイのためを思って言ったのだが、ノイは首を横に振った。

「私も、受講する」

 ティアは、息をのんだ。

「怖いけど、逃げたくない。やりきりたい」

 ノイは、言葉に力を込めた。

 未だにノイと武術が結びつくイメージを持てないティアは、さらに不安を募らせた。

 無理だ。絶対無事では済まない。

 なんとかして、辞めさせないと。

「ああ、クソ。わかったよ。やってやろうじゃねえか」

 レムが、苛立たしげに言った。

「親衛隊よりも、ファオに勝ち逃げされたくないからな」

 レムが鋭い視線を向けると、ファオは小さく息をはいた。

「まあ、残念ながら、一人減っちまったが」

「ちょっと、私がいつ辞めるって言ったのよ」

 アニスは、レムに向かって声を張り上げた。

「親衛隊相手だぞ。親父さんに恥はかかせられねえだろ」

「勝てばいいんでしょ、勝てば」

「まさか、親父さんを通じて、手心加えようとしてるんじゃねえだろうな」

 レムが、冷ややかな視線を送った。

「そんなものが通用する相手じゃないことは、私が一番よく知っているわ。馬鹿にするのもいい加減にしてちょうだい」

 アニスの怒声が、運動場にこだました。

「では、辞退者はなしということで、いいかしら」

 改めてライドが確認すると、五人は頷いた。

「よろしい。では早速、剣術の授業を始めましょう。ついてきなさい」

 ライドは、背を向けて歩き出した。

 ライドに着いて歩くアニスは、となりでずっと浮かない顔をしているティアに気がついた。

「今さら怖じ気づいたのかしら」

 皮肉を込めてアニスが言うと、ティアは前方を歩いているノイに目を向けた。

「ノイは、無理だと思う」

「は」

「それこそ、死んじゃうかも」

 ティアがつぶやくように言うと、アニスは大きなため息をついた。

「あなたの目は、節穴なの。ルームメイトなんでしょ」

「え」

「あの子、相当強いわよ」

 アニスの一言に、ティアは瞠目した。

 運動場の隅に集められた五人に配られたのは、木剣ではなく、なんと真剣だった。鈍色の光を放つ本物の剣を目にした五人は、一様に驚愕の表情をした。

「あの、すみません」

「なあに」

「いきなり、これで戦うんすか。普通に死にますよ」

 代表してレムが恐る恐る訊ねると、ライドは吹き出した。

「そんなわけないでしょ。まずは君たちの型を見たいの」

「型、ですか」

「今の実力を知りたいから。ひとりずつ見せてちょうだい。順番は君たちで決めてね」

 ライドは、片目をつむった。

「どうするよ、おい」

 レムが声をかけると、五人は輪になった。

「どうするもこうするも、ここまで来たら、やるしかないでしょ」

 アニスは、苛立たしげに言った。

「私、真剣なんて持ったこともない」

 ノイは、涙目になっていた。

「これは、予想外の展開だな」

 ファオは、小さくうなった。

 ティアはというと、恐怖よりも好奇心の方が遙かに勝っていた。

 子供の頃、王宮の宝物庫に厳重に保管されていた、先祖代々より伝わる国宝級の名剣ををこっそり拝借し、振り回して遊んだことが何度かあった。そのたびにヘイスにこっぴどく叱られたが、手に感じた真剣独特の重さは、未だ記憶に鮮明に残っていた。

 まさかヴァイス大学で、真剣に触れることができるとは。

「じゃあ、私が一番」

 ティアが手を上げると、四人はぽかんとした。

「型は自己流ですけど、いいですか」

 ティアは、ライドに訊ねた。

「もちろん。好きなように、やってちょうだい」

 ライドは、にっこり笑った。

「よっしゃ、やってやるぞ」

 真剣を手にしたティアが前に進み出ると、アニスが慌てて制した。

「あなた、何で躊躇がないの」

「だって真剣だよ。普通、ワクワクするでしょ」

 え、何を言っているんだろうこの人、みたいな顔をするティアに、アニスは呆れた。

「真剣って、そんなお気軽に扱うものじゃないの。もっと丁重に、慎重に扱わなくてはならないの」

「でもさ、戦場でそんなことしてたら、その間に敵にやられちゃうよ」

 アニスの頬が、引きつった。

「剣だって、持つ人にもっと荒々しく使ってほしいって思ってるはずだよ。刃こぼれするのを嫌がっていたら、飾るしかないし。でもそれだったら、剣として作られた意味がないじゃん」

 ティアは、剣に映る自分の顔を見つめた。

「だめね、話がまるで通じない」

 さじを投げたアニスは、ティアから離れていった。

 ひさびさに感じる真剣の重さに、ティアは興奮を隠しきれないでいた。

 ひとつ息をはき、剣を構えた。

 よし、行くぞ。

 腰を落とし、剣を水平に振る。運動場の空気が、裂けるような音を奏でた。

 続いて振りかぶり、全身を使って、斜めに勢いよく振った。空気が震え、見守る四人の髪を揺らした。

「すごい」

 ノイが、感嘆の声を漏らした。

 木剣と変わらぬ速さで、ティアは真剣を振り続けた。しっかりと重さを感じながらも、足元をふらつかせることなく。その型は、力強さだけでなく、優美さをも兼ね備えていた。

「素晴らしい」

 ライドが拍手を送ると、ティアは手を止めた。額からは汗が滲んでいて、肩で息をしている。

「あの身体のどこに、あんな力が」

 レムは、呆けたようにつぶやいた。

 呼吸を整えたティアは、茫然としている四人の元に戻ってきた。

「いやあ、重かった。これは膝にくる」

 真剣を携えたティアは、照れたように笑った。

「嘘おっしゃい」

 アニスが、語気を強めた。

「真剣であの剣捌き、素人では到底無理よ。どこでそんな研鑽を積んできたの」

 アニスが詰め寄ると、ティアはたじろいだ。

「そんな大げさな。見よう見まねだよ」

 ティアは、慌てて首を横に振った。

 まさか、先祖代々の名剣を振り回して遊んでいただなんて、口が裂けても言えない。

「まあ、そうなんじゃない。型とか、完全に我流だし」

 なおも疑いの目を向けるアニスに、ファオが助け船を出した。

「センスの塊ってやつだよ。嫉妬しちゃうね」

 つぶやくように言ったファオは、側にあった真剣を握った。

「次は、僕が行く。いいかい」

 ファオが訊ねると、レムとノイはぎこちなく頷いた。

 ファオの型は、まるで剣術の教科書に載っているかような、基本に忠実なものだった。それでいて、真剣の重さを感じさせないほどに速く、鋭い。それこそ、熟練の剣士のような動きだった。

「なんだよ。めちゃくちゃ様になってるじゃねえか」

 レムは、口惜しそうにつぶやいた。

「さすがファオ」

 ティアは、自分のことのようにうれしくなった。

「確かに型は綺麗だけど、荒々しさが足りないわね」

 アニスの言葉に、レムとティアはきょとんとした。

「型の美しさを競う大会でもあれば上位にくるでしょうけど、実戦でその美しさは無用の長物と化すわ」

「冷めたこと言うなよ。素直に褒めてやればいいのに」

 レムがたしなめると、アニスはなぜかティアのことを睨んだ。

「単純に、どちらが命の危険を感じるか、って話よ」

 アニスの言葉の意味がわからず、ティアは首をかしげた。

「じゃあ次は、荒々しさの権化が行きますか」

 おどけたように言ったレムは、真剣をひょいと肩に担いだ。

 自分で言ったとおり、レムの型は荒々しさ満点だった。耳をつんざくような轟音が、運動場の空気を震わせた。人間の身体など、一瞬で両断できてしまいそうな勢いだった。

「怖い」

 怯えたノイは、ティアの服の袖を握った。

「あのパワーは、反則だよね」

 ティアは、苦笑いを浮かべた。

 男女の差を、嫌でも見せつけられる。

「今度は、荒さしかないわね。モーションが大きくて、隙だらけ。あれでは、いつまで経ってもファオには勝てないわ」

 アニスは、辛辣に言い放った。

 何か、自分でハードルを上げている気がするけど、大丈夫なのかしら。

 余計なお世話かもしれないと思ったが、ティアはアニスのことが心配になった。

「次は、どっちが行くんだ」

 汗だくのレムは、アニスとノイに声をかけた。

「私が行くわ。大トリなんてごめんよ」

 そう言って、アニスは真剣を握って進み出た。まったく同じことを思っていたノイだったが、アニスに先を越されてしまい、仕方なく挙げかけた手を引っ込めた。

 言うだけのことはあり、アニスの型は洗練されていて、それでいて力強さも持ち合わせていた。木剣より遙かに重くなった真剣でも、ブレは一切見られなかった。

 すごい。

 やっぱりアニスは、とんでもない。

 型が終わると、ティアとノイは思わず拍手を送ったが、アニスは厳しい表情を崩さなかった。

「やはりだめね。心の迷いが出てしまう」

 呼吸を整えながら、アニスは悔しそうにつぶやいた。

「完璧に見えたけど」

 ティアが言うと、アニスは大きなため息をついた。

「完璧って言葉は、嫌いよ。それ以上、伸びしろがないってことだから」

「あ、ごめん」

 言葉って、難しいなあ。

 ティアは、頭をかいた。

「素直に喜べよ。せっかくティアが褒めてくれたのに」

 レムが呆れて言うと、アニスはキッと睨んだ。

「そんなことで、私が喜ぶと思う」

「思いません」

 レムは、肩をすくめた。

「では、最後はノイね」

 ライドが言うと、ノイはピンと背筋を伸ばした。

「あ、はい。行きます」

 真剣を持ってフラフラと前に進み出たノイだったが、緊張のせいで手と足が同時に出てしまっていた。

「大丈夫か、あの子」

 レムは、首をひねった。

 あの子、相当強いわよ。

 アニスの言葉が、ティアの脳裏に浮かんだ。

 もう二年以上も一緒に住んでいるのに、ノイからは強者の持つオーラのようなものは、一切感じられなかった。

 私にとってノイは、優しくて真面目で、ちょっとおっちょこちょいで、愛嬌があって、一緒にいるとすごく安心できる、大切な友だち。

 アニスとは戦いたいと思うけど、ノイとは一ミリも戦いたいとは思わない。

 だって、私が本気を出せば、きっとノイは一撃で壊れてしまうから。

 今の所作だって、そう。

 ノイのどこに、強者の素質があるというの。

 目を向けると、アニスはノイのことを、黙って見つめていた。

 ノイの型は、乱れに乱れた。真剣の重さにまったく対応できておらず、振るたびに足元をふらつかせた。まるで、真剣にいいように翻弄されているかのようだった。終いには、勢い余って尻餅をついた。

「見ていられないな」

 レムは、頭を抱えた。

 もういいよ、ノイ。

 勇気を持って撤退することは、決して恥ずかしいことじゃないよ。

 ティアは、もはや祈るような気持ちだった。

 立ちあがったノイは、空に向かってひとつ息をはいた。それからゆっくりと構えに入ると、柄を握る両手に力を込め、真剣を水平に振った。

「え」

 ティアは、声を上げた。

 空気は震え、運動場には砂塵が舞った。

 これまでの誰よりも勢いがあり、そして速かった。

 驚愕する三人をよそに、アニスだけは表情ひとつ変えなかった。

「はい、ご苦労様」

 ライドが手を叩くと、ノイは真剣を杖代わりにして、その場にしゃがみ込んだ。服はもう、汗と砂でドロドロに汚れていた。

 最後のあれは、何。

 あんなの、偶然でできるものじゃない。

 ティアは、背筋が凍りついた。

 身体を真っ二つにされる自分が、容易に想像できた。

「もう、めちゃくちゃだったね。恥ずかしい」

 ティアの元に戻ってきたノイは、いつもの穏やかな表情になっていた。。

 見慣れた顔のはずなのに、ティアは何か底知れぬものを感じて、ごくりとつばを飲みこんだ。

 五人の労をねぎらったライドは、次週の講義内容を発表した。前半は今日の剣術の型を振り返り、後半は槍術の型をひとりずつ見せる、というものだった。

「もちろん、槍も本物を使うわよ」

 ライドがうれしそうに言うと、五人は顔を見合わせた。まあ、そうなるわな。レムは、心の中でつぶやいた。

 五人が運動場を出ようと歩き出した時、あ、そうそう、と言って、ライドがぽんと手を叩いた。

「言い忘れてたけど、最終試験の親衛隊との対戦でも、お互いに本物を使うから」

 五人はピタリと足を止め、ぎこちなく後ろを振り返った。

「心配しないで。殺しても殺されても、正当防衛として一切不問にされるから。あなたたちの経歴に、傷は付かないわ。楽しみにしててちょうだいね」

 ライドの不気味な笑みは、五人を震え上がらせるのに充分だった。

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