11 故郷を想う
その日の夕刻。寮の食堂でノイと一緒に夕飯を取っていると、奥の入口からファオが一人で入ってくるのが見えた。
「あれ、珍しい」
「何が」
ノイは、ティアの指さす方向を見た。
「彼、ファオって言って、私のクラスメイトなんだ」
「あんな人、寮にいたっけ」
ノイは、小首をかしげた。
遠方のスーサ公国から来ているので、当然寮に入っているはずなのだが、ティアはこれまでただの一度も寮内でファオを見かけたことがなかった。あまりにも見かけないので、ヴァイスに親戚の家があって、そこから通っているのかしら、とさえ思っていた。
「ちょっと、行ってくる」
「え」
席を立ったティアは、並んで配膳を待っているファオの元へ向かった。
「ファオ」
ティアが声をかけると、ファオはこちらを向いた。
「一緒に食べようよ」
突然のティアの提案に、普段は冷静なファオの顔にもはっきりと戸惑いの色が見えた。
「あっちの席だから、待ってるからね」
返事を聞かないまま、ティアは自分の席に戻っていった。疾風のように去っていくティアの後ろ姿を、ファオは茫然と見つめた。
「何しに行ったの」
席に戻るなり、ノイが訊ねた。
「一緒にご飯食べようって、誘ってきた」
「え、私、邪魔じゃない」
人見知りを発動したノイは、少し腰を浮かせた。
「邪魔じゃないよ。ノイもいていいよ」
「でも私、初対面だし」
「大丈夫。ああ見えてファオは優しいところもあるし、しかもスーサ出身だよ。面白い話が聞けるかもよ」
「え、スーサ出身なの」
ノイの表情が、パッと明るくなった。
「代わりにノイは、ライマの話をしてあげてよ」
「スーサと比べたらだめでしょ」
ノイは、苦笑いを浮かべた。
少しして、夕飯を載せたトレイを持って、ファオがやってきた。表情はまったく変わらなかったが、その足どりは明らかに重く、あまり乗り気ではないことは容易に見て取れた。
「はい、ここ座って」
そんなことはお構いなしに、ティアは手招きした。渋々といった感じで、ファオはトレイをテーブルに置き、席に腰掛けた。
「あ、初めまして」
緊張した面持ちで、ノイは頭を下げた。
「彼女はノイ。私のルームメイト」
ティアが紹介すると、ファオは軽く会釈した。
「すごいね、こんなにも国際色豊かなテーブルって、なかなかないんじゃない」
ティアは、満足げに言った。確かに、ラクサール王国の王都ヴァイスの寮に、エレル王国とスーサ公国とライマ帝国の出身者が集結している。
「国際色豊かって」
スープを一口飲んだ後で、ファオが訊ねた。
「ノイは、ライマ出身なんだよ」
「へえ、遠いね」
ファオが無感情に言うと、ノイは姿勢を正した。
「あの、ファオさんって、スーサ出身なんですよね」
「うん」
「私、小さい頃からずっと憧れていて、いつか行ってみたいなって」
ノイが少し興奮気味に言うと、ファオは小さく息をはいた。
「みんなそう言うんだけど、そんなに良い国じゃないよ」
「え」
「田舎だし、人は少ないし、基幹産業はないし。確かに風光明媚ではあるけれど、ずっと住んでいたら見飽きてくるし。たまに行くから良いだけであって、住むのはおすすめしないね」
ファオの辛辣な言葉に、ノイは困惑した。
「じゃあファオは、いずれスーサを出ていくつもりなの」
ティアが訊ねると、ファオは首をかしげた。
「わからない。もちろん故郷だから愛着はあるし、スーサのために働きたいっていう気持ちもあるけれど、今の政治体制が続くんだったら、ちょっと考えてしまう」
「どういうところが」
「スーサは立憲君主制で、議員が力を持っているんだけど、汚職が蔓延していてね。表向きは福祉に厚いってアピールしているけど、実際のところは議員の懐に入っているお金も少なくないんだ。観光収入は莫大なはずなのに、国家予算はそれに見合っていないんだよ」
ファオにしては、珍しく語気が強かった。
「汚職が常態化していても、行政は特に何もしない。スーサ公も権限はほとんどないから、もはや野放し状態になっている。それでも国として成り立っているのはある意味すごいんだけど、このままでいいのだろうかっていうのは時々考えるけどね」
ファオは、パンをちぎって口に運んだ。
「ヴァイス大学に入ったのは、その答えを見つけるため」
ティアの問いに、ファオは小さくうなった。
「それもある。視野を広げたら、どんな景色が見えてくるのかなって。スーサは、あまりにも狭いからね」
「今は、どんな感じ」
「どれだけスーサが腐っていたかが、よくわかったよ。だからこそ、悩んでいる」
「何に悩んでいるの」
「スーサのために戻るか、それとも国替えをするか」
ティアには、ファオの悩みは切実なものに感じられた。
「僕ひとりが戻ったところで、スーサは変わらない。それほどまでに、汚職はあの国に蔓延っている。いっそのこと国替えをして、その国のために働けたらと思ったりもするけど、それは逃げなんじゃないかって」
ファオは、コップの水をゴクリと飲んだ。
「最後に決めるのはファオ自身だけど、私はスーサに戻ってほしいかな」
「え」
「ファオなら、スーサを変えられる」
ティアの言葉に、ファオは息をのんだ。
講義に対する真面目な取り組み方、レムを圧倒するその剣術の才能。
ファオの姿を目の当たりにしてきたからこそ、言い切れるものだった。
「根拠は」
「ないよ。ただの勘」
ティアが言うと、ファオはため息をついた。
「でもね、私の勘って当たるんだよ」
ティアは、笑みを浮かべた。
「それって、スーサに戻れって言ってるようなもんじゃない」
「さあ、どうでしょう」
「こんな話、面白い」
急にファオに訊ねられたノイは、わかりやすく狼狽した。
「え、あ、はい。面白かった、です」
「敬語はやめてよ、同級生なんだし」
「はい、わかりました。あ」
ノイがハッとなると、ティアとファオは吹き出した。
レムも、ファオも。
みんな、形は違えど、ちゃんと故郷のことを想っているんだね。
うれしいな。
ティアは、心の中でつぶやいた。




