10 脳筋バーサーカー
次の講義までだいぶ時間が空いたティアは、大学の図書館に向かっていた。いったん寮に戻って仮眠でも取ろうかと考えたが、そうしたら寝過ごしてしまう可能性が大だったので、図書館で次の講義の予習をするつもりだった。
運動場の前に差しかかった時、一人の大柄な男子生徒が目についた。木陰で、ひたすらに模造剣を振っていた。
「レム」
ティアが声をかけると、レムは振り向いた。額には、たっぷりと汗が滲んでいる。
「何だ、ティアか」
ほうっと息をはいたレムは、芝の上に腰を下ろした。
「精が出るね」
ティアも、レムのとなりに腰を下ろした。
「剣術の授業は、もうないはずだけど」
体育での剣術の授業は一年までで、二年からはカリキュラムに含まれていなかった。
「そうなんだけどさ、ずっとモヤモヤしててな」
レムは、苦笑した。その一言で、ティアは察した。
ティアとアニスの乱闘騒ぎの後、剣術の授業は三回あった。三回ともレムはファオと対戦したが、すべてファオの勝利だった。それも僅差でなく、圧倒的な差で。ファオはレムのことを、まるで大きな赤子の手をひねるかのように、あっさりと叩きのめしていた。
「俺は喧嘩も剣術も、同世代の男には負けたことがなかった。ヴァイスには俺に勝てる奴はいねえ、とさえ思っていた。けど、世界は広いよな。まさか、スーサ出身の奴に打ち負かされるなんて」
レムは、口惜しそうに言った。
自然の要塞に守られているスーサ公国は、永世中立的な立場を取ってはいるものの、公国軍の兵数は他国と比べるのもおこがましいほどに少なかった。人口があまりにも少ない小国であることが根本的な理由なのだが、例年スーサ公国は国家予算の半分以上を健康福祉に充てていて、軍備費にはほとんど充てていなかった。それでも長年独立を保てているのは、いかに自然の要塞が堅牢であるのかを物語っていた。
「スーサといえば観光立国、福祉の国だろ。あんなに強い必要なんてねえはずなのに」
「それって、偏見だよ。国と人を同一視しちゃだめでしょ」
ティアがたしなめると、レムは肩をすくめた。
「単純に、ファオには剣術の才能があったってことなんじゃないの」
「才能があるのは間違いないけど、それだけじゃなくて、あいつの剣捌きには努力の跡が垣間見られるんだよな」
レムは、上を向いた。複雑な木漏れ日が、柔らかく降り注いでくる。
「天才に努力されたら、かなわねえわ」
こんなにも弱音をはくレムを見たのは、初めてだった。
「ファオに勝てる方法、教えてあげようか」
「え」
「努力して、努力して、努力しまくること。努力に勝る才能なしって言うでしょ」
ティアが力を込めて言うと、レムは吹き出した。
「根性論かよ」
「そうとも言う」
「言うは易しだよな」
「でも、私達みたいな凡人が天才に勝つには、それしかないじゃない」
「ティアは、凡人じゃないだろ」
レムの言葉に、ティアはきょとんとした。
「頭は良いし、強いし、何より人を惹きつける魅力がある。そりゃあ、それ相応の努力もしてきたんだろうけど、魅力っていうのは努力でどうにかなるもんじゃない。生まれ持った才能だよ」
レムは、目を細めた。
まいったなあ。ここでも、隠しきれない王女感が。
いやはや。血統って怖いわ。
「まあでも、ティアの言うことも一理あるわな。凡人は凡人らしく、やるだけやってみるか」
レムは、大きく伸びをした。
「そもそもさあ、そんなに強くなりたかったら、ヴァイス大学じゃなくて陸軍大学校に行けばよかったのに」
ティアの指摘に、レムは眉をひそめた。
「ヴァイス大学に入れる学力があるのに、わざわざ陸軍大学校に行く奴がいるかよ」
「でも、強さを求めるんだったら、そっちの方が手っ取り早いんじゃないの」
「あのな、俺は脳筋バーサーカーになりたいわけじゃねえぞ。軍の大幹部を目指してるんだ」
「またそういうこと言う。陸軍大学校の学生に失礼でしょ」
「あそこを卒業したって、軍の大幹部の駒にしかならねえんだよ」
だからって、脳筋バーサーカーは言い過ぎでしょ、と思ったティアだったが、火に油を注ぎそうだったので、黙っておいた。
「エレルはどうだか知らねえけど、ラクサールは超学歴社会なんだよ。軍の現役の大幹部は、揃いも揃ってヴァイス大学出身だ。アニスの親父さんだってそうさ」
アニスの華麗な剣捌きが、頭をよぎった。
「この国でのし上がっていくためには、ヴァイス大学を卒業するしかねえ。悲しいかな、それが現実なんだよ」
レムは、ため息をついた。
エレル王国でも幹部クラスは名門のエレル大学出身者が多かったが、他の大学出身者も少なからずいた。出身大学よりもその政務能力が評価され、歴代では他の大学出身でも最高幹部になった者もいた。
「矛盾しているかもしれないけど、俺が軍の大幹部を目指すのは、そういう学歴第一主義をぶち壊すためなんだ」
「ぶち壊す」
「だっておかしいだろ。めちゃくちゃ優秀なのに、出身大学がヴァイス大学じゃないってだけで出世できないなんて。逆にヴァイス大学出身でも、全然役に立たない奴だっているのに、上司へのおべっかが上手ければ出世できちゃうんだぜ」
レムの言葉に、熱がこもった。
「あ、でもアニスの親父さんは別だ。あの人はとてつもなく優秀だし、俺の憧れの人でもあるからな。とにかく、俺はそんな軍を変革したいんだ。学歴第一主義から、能力第一主義にして、国王軍をより洗練された最強の軍隊にするんだ」
「そのためには、ヴァイス大学を卒業しなくちゃいけない」
「そういうこと」
「確かに、矛盾してるね」
ティアは、クスクス笑った。
「自分でも、途中で何を言っているかわからなくなった」
レムは、頭をかいた。
「まあでも、なりたい職業がハッキリしていて、大変よろしい」
「何か、先生みたいなしゃべり方だな」
「私には、そういう選択肢はないから、うらやましいよ」
「どういうことだ」
ティアは、ハッとなった。
「職業を選択できない立場なのか」
レムの至極まっとうな問いに、ティアは背中に嫌な汗をかいた。
「んとね、親が私に、政治家になってほしいって、昔から言ってたから」
うん。ギリギリ、嘘は言っていない。
「そうか。親に頼まれたら、仕方ねえよな」
「学費も、出してもらっているしね」
よかった。セーフ、セーフ。
「でも、ティアに政治家は似合わねえよ」
「え」
「何の根拠もないんだけどさ」
一呼吸置いてからレムは、
「ティアは、戦場にいる方が似合ってる」
と、力を込めて言った。
ティアの中で、何かが弾けるような音がした。
「レム」
「ん」
腰を上げたティアは、レムを見下ろした。
「私は、脳筋バーサーカーじゃないぞ」
「へ」
ぽかんとするレムを置いて、ティアはスタスタと歩き出した。
おうい。そこまで言ってねえぞ。誤解だよう。
レムの謝罪の言葉を背に受けながらも、ティアの足どりは軽やかだった。
本当に、失礼な奴。
でも、何でだろう。
全然、悪い気がしないのは。
口元は、自然とほころんでいた。




