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悪役令嬢になったので富国強兵目指します ~豚小屋令嬢はベアリングからざまぁします~  作者: 川合 佑樹


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第8話

 要塞の広場は、朝の陽光に照らされて活気づいていた。

 アリスティアは石畳の中央に立ち、周囲に集まった部下たちを見回した。

 レオハルトがすぐ横に控えていた。

 クラリス、カタリナ、ソフィーネの三人も少し離れて見守っている。


「みんな、聞いてください」

 令嬢は両手を広げた。

「これからの訓練を本格的に始める前に、まずは体を作らないといけません。今までの食事じゃ、筋肉が追いつかないわ」


 ゲルハルトが腕を組む。

「副司令補佐のおっしゃる通りだ。俺たちグランベルクの兵は、領主様の指示で既に肉を増やしているが……。他領の連中はまだ甘い食事ばかりだな」


 アリスティアは近くにいた新兵の一人を指差した。

 まだ十代後半の細身の青年だ。

「あなた、そこに立って。力比べをしましょう」

 青年は目を丸くして前に出る。

「え、俺ですか? アリスティア様と……?」

「いいわよ。思いっきり押してみて」


 二人は向き合い、掌をぴしっと合わせ、押し合う体勢に。

 アリスティアは膝を曲げる。

 青年は顔を真っ赤にし、歯をぎりぎりと食いしばって全力で押し込んだ。

 次の瞬間、青年の体が軽々と後ろへ吹っ飛び、どさっ! と尻餅をつく。

 地面に転がった彼は目をぱちくりさせて令嬢を見上げた。


 周囲からどよめきが上がる。

「す、すごい……!」

「女の人なのに、あんなに……!」


 アリスティアは手を払い、微笑んだ。

「これが体重差よ。筋肉じゃなくて、ただの重さで勝てちゃうの」

 ぽんっ

 彼女は自分の腹を軽く叩く。

「正直、乙女心としてはちょっと複雑だけど……。私は痩せなきゃ、ですよね」


 瞬間、広場がどよめきに包まれた。

 兵士たちが目を輝かせて一斉に叫ぶ。

「そんなことありませんっ!!」

「アリスティア様は美しいです!」

「完璧です! 一番です!!」

 新兵の一人が興奮のあまり飛び跳ね、他の者も顔を紅潮させて拍手した。


 レオハルトが慌てて口を開く。

「俺も……むしろ、その、現在の豊満な姿が……とても、魅力的で……!」


 その言葉にクラリスが眉を吊り上げた。

「レオハルト様、今なんて?」

 カタリナが腕を組んで睨む。

「言いすぎじゃないですか?」

 ソフィーネまでが冷ややかな視線を向ける。

「……レオンハルト、本当に」

 レオハルトが目を泳がせて慌てて両手で口を押さえた。

「あ、ちがっ……!」

 周囲の女性陣の視線がさらに鋭くなる。


 アリスティアは肩をすくめる。

「ありがとう、みんな。でも本気よ。これからはちゃんと筋肉をつけましょう」


 ゲルハルトが咳払いをして場を収めた。

「では、早速食事改革だ。近くのヴェルデン村に金を払って、畜産物を預けてある。補給部隊が持ってきた鶏と豚、それに今日捕まえてきた分も加えてな」


 アリスティアは広場の端に積まれた木箱を指差した。

「肉を食べる文化はあるけど、育てる習慣が薄いみたいね。村の人たちに小屋を作ってもらって、衛生的に飼育してもらうわ」


 村から呼ばれた数人の農奴が恐縮しながら前に出る。

 一人の老人が代表して頭を下げた。

「お嬢様、わしら動物を育てたことはあります。鶏なら慣れてますよ」

「本当? 助かるわ!」

 アリスティアは目を輝かせる。

「餌のやり方や水の管理、糞の処理もちゃんと教えるわ! 清潔に保てば病気も減るから!」


 別の農奴の女性が口を開く。

「でも……貴族の方がそんなに肉を食べられるんですか?」

 令嬢は首を振った。

「私も貴族の甘い食事しか知らなくて、体が重くて苦しんでいました……。でもみんなが毎日食べるものが変われば、体も心も強くなるんです。大切な人を守れる体を作るのが、一番美しいことよ」


 老人たちが顔を見合わせる。

「わかりました。この老いぼれでも誰かの役に立てるなら」

 村人たちが声を上げた。

「お嬢様のために最高の肉を育てます!」


 アリスティアは振り返って部下たちに向き直る。

「今日は皆に肉の美味しさを知ってもらうわ。私が作るから楽しみにしていて」



 広場に簡易の竈が設けられ、大きな鉄鍋が置かれた。

 彼女は袖をまくり上げ、鍋に油をじゅっと落とす。

 パラパラの米を投入し、しゃかしゃかと炒める。

 刻んだ豚肉と鶏肉をどさっと加える。

 じゅわっ!

 美味しそうな音が響いた。

 卵をぱかっと割り入れ、塩と少量の香辛料をふわりと振りかける。

 たちまち香ばしい肉の匂いがぷわ〜っと広場中に広がった。


「わあ、いい匂い……」

「アリスティア様が作ってる……!」


 出来上がったチャーハンを、アリスティアは木の椀に山盛りにして配り始める。

「はい、どうぞ。温かいうちに食べて」


 最初に受け取ったのはレオハルトだった。

 彼は少し緊張した面持ちでスプーンを口に運ぶ。

「……! これは……!」

 目を丸くし、次の一口を急ぐ。

「うまい……肉の旨味が米に染みて……こんなの初めてだ」


 その姿を見て他の兵士たちも恐る恐る口にする。

「お、おれも……」

「うわっ、ほんとにうまい!!」

 兵士の一人が目を丸くし、夢中でスプーンを動かす。

「温かくて腹に染みる……肉の旨味がすごい! お代わりいいですか!?」

 次々と椀を差し出し、広場は歓声で溢れた。


 気がつけば鍋はからっぽに。

 アリスティアは汗を拭う。

「良かった。明日からは自分たちでも作れるように順番に教えるわ」



 それから一週間。

 グランベルクの部隊は完全に変わった。

 毎日朝食前の短いランニングと筋力訓練が日課になる。

 アリスティアも兵士たちと一緒に汗を流していた。

 訓練後の広場で、上半身裸で体を拭う兵士たちの中に、彼女の姿も時折見えるようになった。


「なんか……疲れが残らないな」

「筋肉痛がだいぶ軽い! 昨日あんなに走ったのに」

「見てみろよ、胸板が少しずつ張ってきたぞ!」

 隣の兵士が腕を曲げ、ぷっくり膨らんだ力こぶを自慢げに見せびらかした。

 ゲルハルトも腕を曲げ、力こぶを見せる。

「確かに違う。アリスティア様の食事のおかげだ」


 やがて他領からの派遣兵たちが羨ましそうに覗き始めた。

「あの匂い……肉か?」

「俺たちも食べてみたい……」

「えー、お前マジかよ。肉だぞ?」


 アリスティアは頷く。

「希望者だけよ。でも一度食べたら戻れなくなるかもね」

 少しずつ要塞全体に新しい風が吹き始めた。

 肉の香りが漂うたび、兵士たちの目が輝き訓練が一段と力強くなった。

 彼女は高台からそれを見下ろした。

 ――これが第一歩。



 数日後――。

 要塞近くの川辺に設けた簡易湯場から、白い湯気がゆらゆらと立ち上っていた。


 元々あった消毒用の温水設備を、アリスティアが手際よく拡張した。

 今では兵士たちも順番で使えるようになり、疲労回復の大事な場所になっていた。

 感染症予防や疲労回復に効果的だと皆に伝え、部隊に自然に習慣づけていた。


 今日もアリスティアと百合薔薇部隊の四人は、早い時間帯を借り切って湯船に浸かっていた。

 湯気に包まれた簡易湯船の中で、四人は肩まで浸かり体を預けていた。


「はあ〜、生き返る〜! 戦場で湯に浸かれるなんて贅沢すぎますよ。アリスティア様、食事だけじゃなくてこういうのもやってくれるなんて天才すぎです!」

 カタリナが大きく伸びをしながら湯面をぱしゃぱしゃと叩いた。


 クラリスが目を細め、湯をすくいながら頰に当てた。

「明日も訓練頑張れそうね。……最近朝起きたときの体が全然違うわ」


 カタリナがにやにやと顔を近づけ、アリスティアの肩を突ついた。

「それにしても〜、さっき薪を運んでたレオハルト様めっちゃ張り切ってましたよね? 『女性陣が先に入れるように』って倍の量抱えて走ってましたよ? あれ絶対アリスティア様のためですよ!」


 クラリスが湯を指で弾いた。

「ふふ、湯加減も確認してましたよ。『熱すぎないか……』って独り言言ってましたし」

 ソフィーネが湯に沈みながら囁くように言った。

「……あの人、アリスティア様のこと昔から特別ですから。視線がいつも追ってるの気づいてます?」


 アリスティアは耳まで真っ赤になり、ちゃぷっと湯に顔を半分沈めてごまかす。

「べ、別に……護衛だから当然でしょ」


 カタリナがさらに追い打ちをかける。

「あー、顔赤いですよ? 正直に言っちゃいなさい! レオハルト様のそういうところちょっとドキッとするでしょ?」


 クラリスがフォローしつつからかうように目を細めた。

「アリスティア様も最近レオハルト様の方を見る時間が増えてる気がするわ。訓練中も横にいるだけで安心してるみたいで」

 ソフィーネが付け加えた。

「……私たちみんな気づいてますよ」


 アリスティアは耐えきれず湯から少し体を起こして抗議した。

「もう! ……ただ護衛として頼りになるなって思うだけよ」

 カタリナが手を叩いて笑い転げそうになり湯が波立つ。

「あー、照れてる照れてる! 可愛い〜!」

 クラリスがアリスティアの背中を撫でた。

「ふふ、いいじゃない。戦場でこんな話ができるのもアリスティア様がいるからよ。私たち幸せです」

 ソフィーネが湯の中でアリスティアの手を握った。

「……私も嬉しいです。アリスティア様の笑顔が増えてるの見てて」


 アリスティアはみんなの顔を見回し、湯に沈み直した。

「私だって……誰かに守られたい気持ちもあるのよ……」


「「「わかるー!」」」

 三人が同時に頷く。


 湯船の中が温かな空気に包まれた。

「それに……」

 最後アリスティアが湯の中で誰にも聞こえないくらい小声で呟いた。

 ――みんなが一瞬ぴたりと静まり、互いの顔を見合わせる。


「「「「きゃーっ!」」」」


 そしてにっこり笑い合って盛り上がった。

 手をぱしゃっと叩き肩を寄せ合いながら。

 湯気がその声を包み込み、女性だけの甘い秘密の時間がもう少しだけ続いた。


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