表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢になったので富国強兵目指します ~豚小屋令嬢はベアリングからざまぁします~  作者: 川合 佑樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/18

第9話

 要塞での生活が始まってから、ちょうど一か月が経っていた。

 朝の広場に、訓練の掛け声が響き渡る。


 重装歩兵たちが槍をビシッと構えた。

 汗をビュッと飛び散らせながら、突撃練習を繰り返す。

 ズシン、ズシンと地面が揺れた。


 赴任当初より、みんなの姿が明らかに力強い。

 息を切らす者も少なく、動きにキレがある。

「おらぁ! こんなもんかぁ!」

「もう一回! もっと腰を落とせ!」

「そんな攻撃で、誰を守れる!」


 高台からそれを見下ろすアリスティア。

 隣に立つレオハルトは、満足げに腕を組み、胸を張っている。

「アリスティア様、効果が出始めましたね。昨日の小規模戦闘でも、うちの部隊は負傷者ゼロでした」

「ええ、そうね。前の週の中規模戦闘でも、みんな最後まで集中力が切れなかったわ。スタミナが全然違うわ」

 レオハルトが続ける。

「敵の騎馬隊が突っ込んできたとき、普通なら崩れていたはずなのに……。みんなで盾を固めて耐え抜いた。あれは間違いなく食事のおかげです」



 広場に戻ると、訓練を終えた兵士たちがわいわい集まってきていた。


 一人が目を輝かせながら近づいてくる。

「副司令補佐! 今日も調子いいっす! 前みたいに午後にはヘトヘトにならないんですよ!」

 別の兵士が隣の肩をバシンと叩く。

「ほんとだよな! 肉食って卵食ってると、体が軽いんだ」

「昨日なんか、敵の槍を三本同時にガツンと受け止めたぜ!」

「俺なんか、盾持ったまま一気に突っ走れた!」

 みんな口々に感想を述べた。

 顔が汗でテカテカ光っている。


 アリスティアが手を上げる。

「みんな、ありがとう」


 そこへ、クラリス、カタリナ、ソフィーネの三人が歩み寄ってきた。


 クラリスが少し照れくさそうにする。

「アリスティア様、私たちも肌の調子が全然違います。朝起きたときの顔色が明るくなって、鏡見てびっくりしちゃいました!」


 カタリナが髪をサラッと払って目を輝かせる。

「そうそう! 髪の毛もツヤツヤ! 前は訓練後にカサカサだったのに、今は全然。女の子としては嬉しい限りですよ!」


 ソフィーネは微笑んだ。

「私もありがとうございます。アリスティア様のおかげで、体が内側からポカポカ温かくなった気がします」


 アリスティアはみんなの肌が、朝陽に輝いて見えた。

「良かった。それじゃ、みんなこれからも続けましょうね」


 しかし、喜びも束の間だった。



 数日後、補給担当の兵士二人が駆け寄ってきた。

 額に汗を浮かべ、顔をしかめている。

「副司令補佐! 飼料が鶏と豚の餌が少々心もとないです!」

 もう一人が慌てて続ける。

「原料の野菜も、肉の保存分が心もとないんです。次の補給までには間に合いますが、予定がズレると1日2日ほど狩りに費やす必要が出てくるかもしれません……」


 アリスティアは眉をキュッと寄せ、倉庫に向かう。


 倉庫につき、中を覗く。

 ズラリと並ぶ棚に、空きがポッカリ目立つ。

 確かに消費量が跳ね上がっていた。

 一か月ごとの補給に頼っている限り、遅れが生じれば一気に窮乏する。

「これじゃ、いざというときに力が出せないわ……」


 令嬢は皆を連れて、要塞内を歩き始めた。

 レオハルト、クラリスたちもぞろぞろ同行。

 資材置き場の前で、壊れた馬車の山にピタッと足を止める。

 ガタガタの車輪やひび割れた板が積み重なっている。


 レオハルトが首を傾げる。

「アリスティア様、どうかされましたか?」

 アリスティアは車台を指差す。

「これ貰ってもいいかしら? 特に折れた板や曲がった木材の部分」


 彼が少し目を丸くする。

「ここにある資材は、いずれ燃料にするだけです。好きに使ってくださって構いませんよ」

「念のためゲルハルト中佐に確認してもらえる?」

「了解しました!」

 レオハルトが走り去る。


 アリスティアは残った百合薔薇部隊の三人を見た。

 クラリスが首を傾げる。

「アリスティア様、何かされるんですか?」

「馬車の乗り心地を良くしたいの」

「馬車ですか?」

「えぇ、うまくいけば戦争を変えられるかも」

「それは……」

 アリスティアは馬車を触りながらパーツを物色していく。


 程なくして、レオハルトと共にゲルハルトが戻ってきた。

「おお、アリスティア様! どうぞどうぞお好きに! ただ、何に使うのか教えてくれますか?」


 アリスティアは少し間を置いて、答えた。

「サスペンションを作るわ」


 その場にいた全員が、ぽかーんと口を開け、目を丸くする。

 ゲルハルトがパチパチと目を瞬かせ、頭をかいた。

「サスペンション? それはまた聞き慣れない言葉で……」


 アリスティアは木材を指差しながら、説明した。

「頑丈な木の板を曲げて何枚か重ねて挟むの。ゴツンという衝撃を、少しだけフワッと吸収して、悪路でも荷物が揺れにくくなるわ。壊れにくくなるし、馬の負担も少し減るはずよ」


 カタリナがパッと目を輝かせた。

「それって!」

 アリスティアが笑う。

「馬車の乗り心地が格段に上がるわ」

「今すぐやりましょう! 木なら村の木こりさんたちも手伝えますよ!」


 その日のうちに試作が始まった。

 村から木こりを呼び、ガシガシと頑丈な樫の木を厚めに削る。

 長く曲げた板を何枚も用意。

 キンキンと鉄のボルトで重ね、車台の下にガチャガチャ取り付ける。


 最初は板がバキッとすぐに割れたり、曲がりすぎて地面にズリズリ擦ったりした。

 みんなで頭を抱え、何度も材料を変えたり厚さを調整したりしてやり直し。


 だが、3日目にはまともな形になった。


 試運転。

 荷物を山盛りにした馬車を、ガタゴト土道で走らせる。

 それを見た兵士たちが騒ぎ出す。

「……確かに揺れが少ない!」

「前より、荷物が跳ねない!」

「馬もリラックスして歩いてる!」


 ゲルハルトが感嘆の声を上げた。

「道が悪くても壊れにくくなる……! 補給の遅れもカバーできるかもしれん!」


 アリスティアは内心では次の手を考えていた。

 ――でも、これだけじゃまだ足りない。

 ――木の板バネは衝撃吸収には効くけど、車軸の摩擦は変わらない。

 ――本当の補給革命には、もっと根本的な改善が必要。



 数日後、アリスティアは再び皆を集めた。


「板バネは成功したわ。ありがとう。次はもっと大きな一歩を踏み出す番よ」


 彼女は大きな羊皮紙をバサッと広げ、炭を握ってサラサラと図面を書き始めた。

 円筒形のローラーと、それを挟む軌道。

「これを車軸に仕込むの。金属の円筒状の部品を複数並べて転がして、摩擦をかなり減らすわ。同じ馬でもっと多くの荷物を運べるようになる!」


 ゲルハルトが息を呑んだ。

「金属でそんな精密なものを?」

「水車小屋の動力を使えば、なんとか可能よ。既存の工具を改良して、鉄をできるだけ丸く正確に削るの」



 今度は一週間、二週間みんなで必死に格闘した。

 ローラーがグラグラ偏ったり、軌道がグニャッと歪んだりした。

 何度も失敗を繰り返し、ため息が漏れる。


 だが、ついに。


 川辺に新しい水車がゴロゴロ回り始め、金属加工用の旋盤がブーンと低く唸りを上げて鉄の円筒ローラーを削り出した。

 この世界初の金属製ベアリング。

 ようやく完成したローラーベアリングを、木製板バネ付きの馬車に組み込む。


 試運転の結果――

 馬車は以前の1.5倍近い速度で走った。

 荷物を少し多めに積んでも馬が疲れを見せない。

 悪路でも木の板バネが衝撃を和らげ、ローラーが摩擦を殺してスムーズに進む。

 兵士たちが歓声を上げた。

「これは革命だ!」

「補給の遅れをかなりカバーできる!」

「天才だ! 補給革命だ!」


 アリスティアは完成した馬車を見上げた。

「ベアリング一つで、補給が変わり、戦争が変わる」

 レオハルトが横で呟いた。

「こんな小さな部品でこうも世界は変わるのか……」

「地味な部分にこそ、本当の力がある。訓練だってそうでしょ?」

「あぁ、そうだ! これが俺たちの未来だ!」

 兵士たちが拳を振り上げた。

「白百合万歳!!」



 その夜、広場に皆が集まって祝馬車革命会が開かれた。

 肉の焼けるジュージューという音が響く。


 アリスティアは少し離れた場所で、自分の体を見下ろす。

 ドレスの袖をまくり、二の腕を指でつまんでみる。

 プニッとした柔らかさが、以前より減っている。

 肌が引き締まって、弾力がある。

 昼間に鏡台の前で見たときも、頰の輪郭がほんの少しシャープに。

 鏡に映る自分が、少し自信たっぷりに見えた。

 まだ細いとは言えない。

 でも、確実に変わってきている。


「……少しだけ、綺麗になれたかな」


 胸がジーンと温かくなった。

 太っていた頃の自分を、嫌っていたわけじゃない。

 でも『豚』と呼ばれるたびに心が少しずつ削られていた。

 それでも、この体は私の努力の証。

 昔の自分も、今の自分も、どちらも私。

 どちらも、嫌いじゃない。

 彼女は胸を張った。


 その時、遠くの重装歩兵が上半身裸で腕を曲げ、力こぶを見せびらかしていた。

「見てくれよ! カッチカチだぞ!」

 別の兵士が胸を叩く。

「俺だって。鎧がきつくなってきたぜ!」


 アリスティアは皆の顔を見回した。

 ――みんなが変わっていく。

 そして、私も。

 疲れ知らずの体、集中力の持続、そして何より皆の笑顔。

 これが、本当の意味での第一歩だった。



 一方、王宮の薄暗い応接室。

 イザベラが苛立たしげにワイングラスをテーブルにガチャンと置く。

 グラスがキンと鳴り、赤い液体がチャプチャプと揺れる。

 彼女の眉がピクピクと吊り上がり、唇を噛んだ。


 隠し扉が開き、ロンバルドが入室した。

 王妃はすぐに振り返り、扇を握ったまま侯爵を鋭く睨む。

「遅いわね、ロンバルド。報告は?」


 侯爵は優雅に頭を下げ、近くの椅子にスッと腰を下ろす。

 羊皮紙をサラッと広げた。

「王妃様、グランベルク領からの最新の情報です。どうも奇妙な動きがあるようで」


 王妃は眉をキュッとひそめ、侯爵の隣に歩み寄る。

 肩越しに羊皮紙を覗き込み、目を細めた。

「奇妙な動き?」


 ロンバルドは指で紙をなぞる。

 薄暗い部屋に、緊張が張り詰める。

「荷物を大量に運んでいるという目撃談が複数あります。新たな商材を生産しているらしいです」


 王妃はグラスを手に取り、一口飲んでから息を吐いた。

「それで?」

 侯爵は肩をすくめ、身を乗り出した。

「これ以上放置すれば、辺境の守りが固くなり、王家に牙を剥くやもしれません。前回はならず者だけで挑ませたのが失敗の原因です。次は圧倒的な数で攻めましょう。私めの手勢と王家の私兵を合わせ、証拠を残さず大軍を動員すれば、領地ごと潰せます」


 王妃は扇をぱちんと閉じ、窓辺に歩み寄って外の闇を睨んだ。

「私兵を動かすのは無理よ」

 侯爵は立ち上がり、王妃の背後で進言した。

「今が狩り時です、王妃様。小娘が成果を上げている今のうちに、動きを封じましょう。なぁに、国家反逆の罪に問えばいいのです。勝った暁には、あの肥沃な領地を私めに下さる約束、忘れておりませんよね?」


 王妃は振り返り、侯爵の目をまっすぐに見据えた。

「ええ、そうね。補給が安定すれば、ギュスターヴの軍が脅威になるわ。ルドルフの仇も、まだ取っていないし。領地はあなたに与えましょう。成功したら、ね」


 侯爵は頭を下げた。

「私の手勢を動員し、すぐに準備を整えましょう」

 王妃はグラスをテーブルに戻した。

「確実に仕留めて」


 侯爵は礼をし、隠し扉へと向かいながら最後に言った。

「お任せください」

 扉が閉まり、部屋に一人残った王妃は、グラスを手に取りながら呟いた。

「今度こそ、逃がさないわ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ