第19話
司令室の空気は重く淀んでいた。
バンッ!
扉が乱暴に開かれた。
斥候がよろめきながら入ってきた。
彼は膝を突き、肩を激しく上下させながら顔を上げた。
「緊急です! 敵軍総勢2,500! 想定を1,000以上上回っています!」
ギュスターヴがガタッと椅子から立ち上がった。
地図を睨みつけ、眉間に深い皺を寄せた。
ヴィルヘルムが拳をテーブルにドンッと叩きつけた。
レオハルトがゴクリと息を呑んだ。
アリスティアの肩に手を置く。
「詳しく報告しろ」
公爵の声は低く、歯を食いしばるような苛立ちが滲む。
部屋の空気がさらに重くなった。
斥候が額の汗を拭った。
「以前の報告に合わせて、王国正規軍が500名! 教国の白銀の聖騎士団が500名で増援されています!」
ヴィルヘルムが地図に指を這わせた。
「白銀の聖騎士団か……あれは一撃で陣を崩す突撃力がある。重装甲板と馬鎧で通常の矢ではほとんど通らない」
その時、別の騎士が控えめに扉をノックした。
羊皮紙の巻物をギュスターヴに差し出す。
「公爵様、敵軍からの使者が残した書状です!」
公爵が封蝋を割り、巻物を広げた。
読み進めるうちに顔が硬くなった。
皆が公爵の口元を見つめた。
ギュスターヴが巻物をテーブルに置き、読み上げた。
「『アリスティア・グランベルクは悪魔憑きである。戦場にて死体を火で冒涜し、獣の肉を貪らせ民を穢す異端者なり。神の名の下にこれを討つ聖戦を布告する。抵抗する者は異端の共犯者として神の裁きを受けるものとする』」
部屋に死のような静寂が落ちた。
ピンと張りつめた空気。
アリスティアが立ち上がり、巻物を覗き込んだ。
顔が青ざめ、唇が震えた。
「私の……せいで」
レオハルトがバンッ! と拳をテーブルに叩きつけ立ち上がった。
「ふざけるな! 言いがかりだ!」
ヴィルヘルムが腕を組み、苦々しく首を振った。
「これでは正面戦は厳しい。数も練度も完全に上回られている」
ギュスターヴが椅子に腰を下ろし、額を押さえた。
「持久戦に持ち込むしかない。峠で時間を稼ぎ、補給線を狙う。敵の士気を削るんだ」
皆が頷きかけたその瞬間。
公爵の瞳に別の決意が宿った。
彼は立ち上がり、アリスティアをまっすぐ見つめた。
「アリスティア、お前はここにいるべきではない」
令嬢が父の顔を覗き込んだ。
「お父様……どういう意味ですか?」
ギュスターヴが部下の騎士たちに視線を移した。
「アリスティアを捉えろ。安全な場所へ連れていけ」
部屋がざわついた。
レオハルトが一歩前に出ようとした。
ヴィルヘルムが肩を掴んで止めた。
「命令だ。従え」
数名の騎士が苦しげに顔を歪めながらアリスティアに近づく。
「失礼いたします、アリスティア様……」
彼女が後ずさりした。
必死に手を振り払おうとする。
「嫌です! 私も戦います!」
騎士の一人がガシッと腕を掴んだ。
もう一人が背後から腰を抱き込むように押さえた。
「命令です」
「お許しを……」
アリスティアが体を捻り、騎士の胸をグッと押し返した。
でも、もうあの頃の体重の優位はない。
体格と訓練の差が彼女をあっさり押さえ込む。
騎士たちが両腕をガッチリと固定した。
優しい目で、でも確実に体を拘束した。
アリスティアの目から涙が溢れた。
「みんな……負けないでね」
騎士たちが彼女を連れ出し、廊下へ向かった。
扉が閉まる音が重く響いた。
中庭の馬車にアリスティアは押し込まれた。
扉が閉まる直前。
セレスティンが駆け寄り、騎士に促されるように車内に転がり込んできた。
護衛の騎士が二人、同乗して扉を閉める。
アリスティアが座席にドサッと崩れ落ちた。
両手で顔を覆い、肩が小刻みに震えた。
涙が指の隙間からポタポタと零れる。
セレスティンが隣に座り、袖を引いた。
「お姉ちゃん……泣かないで」
彼女は手を下ろし、顔を少年に向けた。
「ごめんね、セレスティン。見苦しいわよね……」
セレスティンがため息をついた。
護衛の騎士を鋭く睨んだ。
「あなたたち、お姉ちゃんがこんなに頑張ってるのに泣かせるなんて」
騎士の一人が苦しげに窓の外を見た。
「命令ですから……。どうかお許しを」
もう一人の騎士が付け加えた。
「アリスティア様を失うわけには……」
馬車が動き出し、城館を離れていく。
アリスティアは窓から遠ざかる建物を見つめた。
「絶対に……戻ってくるから」
戦いが始まった。
初日の朝、峠の守備線で弓兵部隊が弦を張った。
敵軍が視界に入った。
白銀の聖騎士団が先頭を切る。
銀の鎧が朝陽にキラキラと輝く。
ドドドド……
馬の蹄が地を震わせ近づいてくる!
「射程内だ! 放て!」
指揮官の声が響いた。
シュッ! シュッ! シュシュシュッ!
矢の雨がザーッと降り注いだ。
敵の騎馬が十数頭ガクッと倒れる。
先頭の陣形がわずかに乱れ、速度が一瞬落ちた。
前線の兵士が叫んだ。
「効いてる! 勢いが少し削がれたぞ!」
別の兵士が矢を放った。
「もっと撃て! 聖騎士団を崩せ!」
しかし敵の数は圧倒的だった。
ロンバルドの歩兵部隊がじわじわと前進した。
損害を埋めて押し寄せる。
砦の上から弓兵たちが必死に矢を放つ。
「くそが……多すぎるだろ!」
「それでも撃て! 一矢でも奴らに報いるんだ!」
敵の反撃矢が飛び、こちらの盾壁に突き刺さる。
数人の兵が肩や足を射抜かれうめき声を上げて倒れた。
「負傷者だ! 後ろへ運べ!」
やがて距離が縮まる。
白兵戦へ――!
ガシャン! ガキィン! ズシャッ!
剣と槍の激しい衝突音が峠に響き渡った。
ヴィルヘルムが剣を振り部下に叫んだ。
「左翼を固めろ! 騎馬の突撃が来る!」
兵士の一人が盾を構えた。
「耐えろ! 一歩も引くな!」
ギュスターヴが後方から馬を駆り指揮を飛ばす。
「中央を強化! 敵の歩兵を分断しろ! 時間を稼げ!」
その瞬間。
白銀の聖騎士団が一斉に突撃を開始した!
銀の鎧が陽光を浴びてキラリと閃く。
ドドドドドドッ!!
数百の重装騎馬が地を揺らし蹄の音が雷鳴のように轟く。
先頭の騎士が槍を構え一直線に――
ガシャァァン!!!
重装騎馬の突撃が盾壁の中央を直撃した。
まるで紙のように弾け飛ばした。
血しぶきがブワッと朝陽に赤く染まる。
「うわあああっ!」
絶叫が峠に響き渡った。




