第15話
アリスティアは弓をテーブルに置き、説明した。
「これは通常の弓と違って、滑車とワイヤーで力を効率的に蓄え、放つ瞬間に最大の威力を発揮します。最大射程が弓の1.5倍にも及び、敵の射程外から正確に狙えます」
ヴィルヘルムが興味深そうに弓に手を伸ばし、慎重に構えてみた。
弦を引くと、滑車がスムーズに回る。
「軽いな。この滑車の仕組みは?」
目が輝き、思わず何度か引き絞る仕草を見せる。
アリスティアが滑車を指差した。
「ベアリングを応用して、回転を滑らかにしています。引きが軽く、遠距離でも精度が落ちにくいんです」
ギュスターヴが息を呑んだ。
「そんなものを……すごいな」
ヴィルヘルムが弓を置いた。
「これは量産できるのか?」
彼女は首を振った。
「壊れやすいものなので、量産には向きません。ただ、敵の射程の外から馬を射るだけでも、効果があることが証明されました。私も戦いに参加します」
ヴィルヘルムが真剣な顔でギュスターヴを見た。
「その話が本当なら、これはまだアリスティアだけに持たせている方がいい。誰かに使わせて情報が漏れたら、王家に伝わるだけでも問題になるかもしれん」
公爵が頷いた。
「ふむ……よく思いついたものだ」
アリスティアは少し悩み、微笑んだ。
「馬車を見ていたら、思いついたんです」
レオハルトが説明した。
「実際、彼女本当にそれで思いついてるんです。ベアリングと木の板バネの構造を見て、ぽんと」
アリスティアは続ける。
「誰も気づかない小さな仕組みが、命を救うこともある。これで、みんなを守れます……絶対に!」
ギュスターヴが目を細めた。
「……あぁ、そうだとも」
ヴィルヘルムが腕を組み、感嘆の息を吐いた。
「目の付け所が違う。アリスティア嬢はこの国になくてはならない存在だな!」
エレオノーラはよく分かっていない様子だったが、どこか誇らしい目で娘を見つめていた。
「あなたが作ったものなら、きっとすごいわよね」
令嬢は皆をゆっくり見回した。
「これで、少しは守れます。領地も、前線も……そして、家族も」
その言葉に、全員が頷いた。
食事会が終わり、アリスティアは自室へと戻った。
廊下のランプが柔らかく揺れ、長い影を床に落とす。
コンコン。
控えめなノックの音。
「誰……?」
アリスティアが疲れた声で呟く。
「お嬢様、ソフィアです。お茶をお持ちしました……」
アリスティアはベッドの端に腰を下ろしたまま、ふっと息を吐く。
「どうぞ、入って」
扉がゆっくり開いて、ソフィアが銀のトレイを持って入ってくる。
いつものより少し緊張した様子で、でも目には心配と優しさが溢れている。
「ありがとう、ソフィア」
ソフィアはトレイをテーブルに置き、ティーカップにそっとお茶を注ぐ。
湯気がふわりと立ち上り、ハーブの甘い香りが部屋に広がる。
「……無事で……本当に、よかったです」
「……ごめんね、ソフィア。急にいなくなっちゃって」
ソフィアは膝をついた。
「本当に……本当に」
アリスティアはベッドの端に腰を下ろし、ソフィアを手招きした。
メイドが隣に座ると、部屋に沈黙が落ちる。
「……ごめんね、ソフィア。連絡も取れなくて」
ソフィアは首を振り、目を伏せた。
「いいえ。私こそ……昔のことを、謝りたくて」
アリスティアが首を傾げる。
「昔?」
ソフィアは深呼吸をして、口を開いた。
「王子殿下のことで……何度も、お止めしようと思ったんです。『本当に殿下がふくよかな女性がお好きかどうか、確かめた方が……』って。でもお嬢様はいつも、『ルドルフ様がそうおっしゃったのよ』って、目を輝かせて……。私、怖くて。余計なことを言ったら、お嬢様を傷つけるんじゃないかって」
メイドの声が少し掠れる。
「毎日ケーキを召し上がるお嬢様を見て……歯がゆくて、悔しくて。でも……黙ってました」
アリスティアは目を閉じた。
昔の自分がどれだけ周りが見えていなかったか。
どれだけ人を傷つける可能性があったか。
「……私本当に、バカだった」
ソフィアは慌てて首を振った。
「違います! お嬢様はただ、純粋で……誰かを信じたいだけだったんです。それが、今のお嬢様の強さにつながってるんだと思います」
ソフィアは少し照れくさそうに笑った。
「それに……私も肉食のおかげで、体が軽くなりました。……本当に、ありがとうございます」
アリスティアはソフィアの手を握った。
「これからは、ちゃんと聞くわ。ソフィアの言葉も、みんなの声も」
ソフィアの目がうっすらと潤んだ。
「……はい、お嬢様」
二人はしばらく、無言で手を繋いだままだった。
外の窓から、街の明かりが差し込んでくる。
帰る場所が、ここにある。
誰かが、ずっと待っていてくれる。




