第14話
レオハルトが屋敷の扉を開ける。
そこには両親が待っていた。
以前よりもどこか健康的で、若々しく見えた。
父ギュスターヴの肩幅は変わらず逞しく、頰のラインが引き締まっている。
目元にあった疲れの影が薄れている。
エレオノーラの肌は艶やかで、ドレスの袖から覗く腕にも柔らかな張りが見えた。
二人は同時にアリスティアに近づき、優しくでも力強く抱きしめた。
ギュスターヴの逞しい腕が背中を包み込み、温かい体温がじんわり伝わる。
「アリスティア……」
大きな手が背中を撫で下ろす。
令嬢の胸が熱く締めつけられた。
「以前にもまして、美しくなったな」
アリスティアの胸が熱くなった。
目頭がじんわり熱くなり、自然と涙が頰を伝う。
ぽろっ、ぽろっと。
エレオノーラが娘の顎を上げ、親指で涙を拭った。
「苦労したのね……本当に、よく頑張ったわ」
アリスティアの涙がまた溢れそうになる。
「……ありがとうございます、お母様」
ギュスターヴは抱きしめる腕を解き、レオハルトに視線を送った。
「レオハルト、ご苦労だった。一時ヴィルヘルムの元に帰ってよい」
アリスティアは思わず顔をぱっと上げた。
「えっ……」
心臓がどきっと跳ねるのを感じながら、レオハルトを見る。
それをエレオノーラは見逃さなかった。
「まぁまぁ、ギュスターヴ。二人とも前線でお疲れなのだから、せめて今夜の食事くらいお誘いになっては?」
母は優しく夫の腕を叩き、続けた。
「ヴィルヘルムも呼んで、皆で。レオハルトの口から、娘の英雄譚が聞きたいわ」
ギュスターヴは少し眉を上げ、妻を見てからレオハルトに視線を移した。
「ふむ……そうか」
レオハルトが即座に背筋を伸ばし、敬礼した。
「お望みとあらば、何なりと!」
アリスティアはくすりと笑った。
「何よそれ……もう、レオハルトったら」
エレオノーラが娘の肩を抱き直した。
「ほら、今日はお祝いよ。アリスティアが無事に戻ってきたんですから」
公爵が扉の方へ声を張った。
「誰か、ヴィルヘルムを呼べ。それと、夕食の準備を急がせてくれ」
使用人が素早く頭を下げ、廊下を走っていく足音が遠ざかった。
アリスティアは母の腕に寄り添いながら、チラリとレオハルトを見上げた。
彼は少し頰を赤らめた。
でも口元に小さな笑みが浮かんでいる。
彼女の胸がまた温かくなった。
やがて夜が深まり、広間へと移動した。
暖かなランプの灯りがテーブルを照らし、食事会が始まった。
使用人たちが次々と料理を運んでくる足音が響く。
食卓にはこの三か月で肉食のメニューがぐんと増えていた。
ジュージューと香ばしい牛ロースの厚切り。
ハーブのいい香りが立ち上る鶏肉の煮込み。
豚の燻製に色鮮やかな野菜の蒸し物。
甘いパンは控えめで、代わりに新鮮な果物が添えられている。
ギュスターヴがナイフを置いた。
「兵士たちからも意見を貰い、シェフとも相談して色々作ってみたんだ。実際、兵士たちだけじゃなく領民たちにも肉食を勧めていてな。その成果は非常にいい方向に向かっている」
彼は鶏肉を指し示し、アリスティアを見た。
「毛嫌いしている者たちもいるが……まだまだこれからだ。お前のおかげだ、アリスティア」
令嬢は応えた。
「国を豊かにし、軍を強くする……民が強くなれば、自ずと道は開かれると思ったのです」
エレオノーラが目を細め、娘の手に自分の手を重ねた。
「本当に、あなたの考えが領地を変えたのね。街を歩く人たちも、みんな元気になったわ」
ヴィルヘルムがグラスを置いた。
「その通りだ。騎士団の訓練でも、皆の動きが段違いだ。以前なら半日でへばっていた連中が、今は一日中槍を振るっても息が上がらん」
ギュスターヴが目を輝かせ、レオハルトに視線を向けた。
「レオハルトから定期的に報告書も貰っていたが……凄まじい効果だな。これで数年にわたった前線も、押し返す事が出来そうだ」
レオハルトが姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「すべてはアリスティア様の指導のおかげです。私どもはただ、従ったまで」
アリスティアが慌てて首を振った。
「そんな……みんなが頑張ってくれたからよ」
エレオノーラが皆のグラスにワインを注いだ。
「ほら、話してばっかりいないで食べましょう。冷めてしまうわよ」
皆で食事を進めた。
公爵が肉を切り分けながら、再び口を開いた。
「それにしても、アリスティア。お前の手紙にあった補給馬車の改良……あれは本当に革新的だ。領内の鍛冶場でも量産を始めているぞ」
ヴィルヘルムが興味深そうに身を乗り出した。
「ベアリングと板バネの組み合わせか。あれで速度が倍近くになったと聞く。補給の遅れがなくなれば、前線はさらに安定するだろう」
アリスティアがフォークを置いた。
「ええ。あの揺れの少なさは、悪路でも荷物を守ってくれますから」
やがて落ち着いてきたころ、彼女が切り出した。
「お手紙にあった内容なのですが……」
ギュスターヴの表情が少し引き締まり、眉を顰めた。
「対抗派閥が時折ちょっかいをかけてきている。こんな時に内紛など馬鹿らしいが……降りかかる火の粉は振り払わねばならない」
アリスティアが心配そうに身を乗り出した。
「大丈夫なのですか?」
ヴィルヘルムが肩をすくめた。
「肉食に変えてからここの騎士団も能力が向上している。野盗に毛が生えたような奴らには、負けはしないさ」
公爵が声を低くした。
「だが、これからは少し大きな戦争になるかもしれん。アリスティアは今一度前線に帰った方がいいのではないか」
アリスティアは首を振り、レオハルトに目配せした。
「いいえ。レオハルト、アレを」
彼がすっと立ち上がり、布に丁寧に包まれたものを令嬢に差し出した。
アリスティアが布を広げると──
中から現れたのは、コンパウンドボウ。
テーブルの上に置くと、金属がカチャリと音を立てる。
ギュスターヴが目を丸くした。
「それは……あの設計書の?」




