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悪役令嬢になったので富国強兵目指します ~豚小屋令嬢はベアリングからざまぁします~  作者: 川合 佑樹


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第13話

 要塞の司令室は、朝の柔らかな陽光が差し込んでいた。

 大きな窓から穏やかな空気が満ちている。

 中央の長いテーブルを囲むように皆が座っていた。

 アリスティア、カタリナ、クラリス、ソフィーネ、ゲルハルト、そしてレオハルトだ。


 アリスティアはテーブルに広げた羊皮紙を細い指でなぞった。

 数字を一つ一つ丁寧に確認していく。

「負傷者数は前月の半分以下です。補給の遅延はゼロになりました。兵士一人あたりの平均矢命中率が三倍近くまで向上しているわ。馬車の改良で補給頻度も増やせました。肉食中心の食事で疲労回復速度も目に見えて早くなった」


 令嬢は思わず呟いた。

「こんなに変わったのね……たった三か月半で」


 レオハルトが口を開く。

「一番変わったのは、アリスティアだけどな」

 瞬間、カタリナがテーブルの下でレオハルトの脛をゴツッと蹴った。

「うっ!」

 彼が顔をしかめて脛をさする。

「いてぇ……!」


 クラリスが肩をすくめた。

「自業自得です」

 ソフィーネが付け加える。

「……でも確かにアリスティア様は変わられました」

 アリスティアは照れ隠しに笑った。

「ふふ、みんなありがとう。それは私も実感してるわ」


 アリスティアは話題を変えるように口を開いた。

「そういえば先日の戦いで保護した少年兵は、どうしてるかしら?」

 ゲルハルトが苦笑交じりに応えた。

「あの子か。別室に軟禁してる。食事もほとんど手をつけず……。ずっと壁に向かってふてくされてる。誰かが近づくと鋭い目で睨みつけてきて……。口は固く閉ざしたままピクリとも喋らない」


 アリスティアは皆の顔を見回した。

「連れて帰りたいの。領地まで一緒に」


 部屋に一瞬の沈黙が落ちた。


 カタリナが目を丸くした。

「えっ、何でまた!? 敵の傭兵ですよ? 危ないじゃないですか!」

 クラリスも心配そうに首を傾げる。

「確かにリスクが大きすぎます」

 ソフィーネが呟いた。

「……アリスティア様らしいですけど」

 ゲルハルトは腕を組み、アリスティアをじっと見つめてからふっと笑った。

「どうせまた何か考えがあるんでしょう? 今回の大勝利も全部お嬢様の功績だ。好きにしてください」


 令嬢は頭を下げた。

「ありがとう、ゲルハルト。でも安全を考えて少年は私とは別の監視付きの馬車で同行させるわ」

 レオハルトが少し警戒した表情で頷いた。

「それなら一緒に帰還する護衛の騎士と同席させましょう」


 アリスティアはレオハルトの横顔を見た。

「ありがとう。扱いは丁寧にね」

 彼が敬礼する。

「はっ!」

 部屋に温かな空気が広がった。



 翌朝、要塞の正門前。

 多くの兵士たちが集まっていた。

 百合薔薇部隊の三人とゲルハルト、そして補給部隊の面々が馬車の周りに並んでいる。


 少し離れた場所に、もう一台の馬車が停まっていた。

 昨夜の決定通り監視付きだ。

 そこに少年が乗せられている。


 少年は席に座り、外を眺めていた。

 護衛の騎士が二人同席し、少年の両脇を固めている。

 彼は相変わらずのふてくされた表情で腕を固く組んだ。

 時折「チッ……」と舌打ちする仕草を見せた。

 それでも抵抗はせず、じっと座ったままだった。


 カタリナが手を大きく振ってアリスティアに近づいてきた。

「アリスティア様! 本当に帰っちゃうんですか? 寂しくなりますよ〜!」

 クラリスも近寄り、カタリナの肩を叩く。

「泣きそうな顔しないの。アリスティア様もまた戻ってこられるんですから」

 ソフィーネがアリスティアに一歩寄り、頭を下げた。

「……お気をつけてお帰りください。私たちしっかり要塞を守ります」

 ゲルハルトが拳を胸に当て、力強く敬礼する。

「副司令補佐! お帰りを待ってます!」


 アリスティアは馬車の窓から身を乗り出した。

「みんな、ありがとう。本当にここに来てよかった」

 兵士たちの歓声が上がる。


 レオハルトが馬を進め、馬車が動き出す。

 後ろの馬車も護衛騎士の合図で発車した。

 二台は適度な距離を保ちながら並んで正門をくぐった。


 背後から兵士たちの声が次々と重なる。

「お気をつけてお帰りください!」

「白百合万歳!!」



 馬車は要塞を離れ、土の街道へと入っていく。

 アリスティアは窓辺に肘を置き、外の景色を眺めた。

 三か月半の前線での日々は体だけでなく大きなものを変えた。

 そんな気がした。


 車体の揺れは以前よりずっと穏やかだった。

 板バネとベアリングのおかげで悪路でもほとんど跳ねない。

 前は五日かかった道のりが今なら三日で着くはず。


 令嬢は呟く。

「次は座布団でも作ろうかな」


 レオハルトが御者台から尋ねる。

「何かおっしゃいましたか?」

「いいえ、何でもないわ」

 彼女は流れる景色をぼんやりと眺めていた。

 長い旅路の疲れがようやく体を重くする。

 瞼が自然と落ち、呼吸が深くなっていく。

 やがて令嬢は眠りに落ちた。


 御者台からレオハルトは時折後ろを振り返っていた。

 馬の手綱を握る手は確かで道の凹凸を巧みに避けながら進む。

 だがその視線は馬よりも車内の彼女に注がれていた。


 眠るアリスティアの横顔は戦場で見た凛とした表情とは別人のように穏やかだった。

 長い睫毛が窓からの風に揺れる。

 時折「ん……」と唇を動かす。

 金髪が差し込む陽光に透けてふわりと柔らかく輝いている。

 眠りについた今はどこか無防備で幼い印象さえ与える。


 彼は無意識に手に力を込めた。

 ――あのとき王宮で彼女が王子を吹っ飛ばし、近衛騎士たちを倒して大広間を出て行った日。

 ヴィルヘルムの元で訓練に明け暮れ、噂だけを耳にしていた。

「豚令嬢が王子を殴った」

「公爵令嬢が逃げた」

 嘲笑が飛び交う中。

 自分は何もできなかった。


 前線に赴いてからも最初はただの監視だった。

 公爵の命で彼女の影に徹するだけ。

 だが日々一緒に訓練し食事を作り戦場を駆け夜遅くまで作戦を練るうちに――。

 それは、いつの間にか守りたいというもっと個人的な想いに変わっていた。


 彼女は強い。

 誰よりも強い。

 知識と技術で要塞を変え、兵士たちを救い誰も死なせなかった。

 でもだからこそ。

 彼女が強ければ強いほどレオハルトは胸の奥に疼くものを抑えきれなかった。

 ――次こそは俺が先に立つ。

 お前が戦う前に俺が盾になる。

 お前が傷つく前に俺が全てを受け止める。


 彼は馬を少しだけ速めた。



 三日後、グランベルク領の街並みが遠くに見えてきた。

 変わらぬ石畳の道と黒と金の旗がはためく家並みだ。


 だがどこか空気が引き締まっていた。

 門の警備兵の数がいつもより多く皆が鋭い目で周囲を警戒している。


 馬車が門に近づくと若い騎士の一人が慌てて駆け寄ってきて馬を止めた。

「お帰りなさいませ、アリスティア様! レオハルト様もご無事で……!」


 アリスティアは窓から顔を出し、不思議そうに尋ねた。

「どうしたの? みんな表情が硬いわ」

 騎士が報告する。

「王都方面から怪しい集団が領地境界に近づいているとの情報が……。ロンバルド侯爵の私兵らしき動きです。ヴィルヘルム団長が既に偵察を出しています」


 レオハルトが即座に表情を引き締めアリスティアを見た。

「王妃の刺客……ですか」

 彼女は息を吐いた。

「帰ってきたのに休む間もないみたいね」


 レオハルトが警備兵に敬礼する。

「報告ご苦労」

 警備兵が敬礼を返す。

 レオハルトは馬車を進めた。


 やがて実家の邸宅が見えてくる。

 馬車が邸宅の正面玄関前に近づくと、徐々に速度を落として止まった。

 しかし後ろを追従していたもう一台の馬車は止まらず邸宅の敷地内をぐるりと一周回り切り返した。

 兵舎の方角へと進んでいった。


 窓からチラリと見えた少年の姿――。

 相変わらずのふてくされた表情で外を睨んでいたが、巨大な邸宅の威容を前にわずかに目を細めていた。


 馬車が止まる。

 レオハルトが素早く降り扉を開けた。

 ぱっと片膝をつきアリスティアに向かって右手を差し伸べる。


「私めにその手を取る栄誉をいただけますか」

 完璧な騎士の礼儀。

 覗き込む瞳に宿る熱がただの護衛以上のものを強く感じさせた。


 ドクン。

 彼女は一瞬息を止めた。

 不意打ちだった。

 戦場では決して見せなかった真っ直ぐな想いがそこに溢れていた。

 頰がカッと熱くなり心臓が早鐘のように鳴る。

 俯きながら手を預けた。


「……ええ、お願いします」


 レオハルトの手は大きくて温かく優しく、でも力強く包み込むように支えてくれる。

 アリスティアは耳まで真っ赤に紅潮していた。

 以前とは逆だった。

 今度は自分が動揺している。


 邸宅の玄関前にはヴィルヘルムと数名の騎士たちが待ち受けていた。

 ヴィルヘルムが頭を下げ立ち上がると、アリスティアの姿を見つめた。

「お帰りなさいませ、アリスティア様。……ずいぶんお変わりになりましたな」

 その視線が令嬢の真っ赤な耳に気づく。


 ヴィルヘルムはレオハルトに目を移した。

「レオハルト。お前がエスコートしろ」

 彼はアリスティアの肘に手を添える。

 二人が並んで屋敷の中へ入っていく背中を、ヴィルヘルムは温かいまなざしで見送っていた。


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