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月の雫“ルイシャ”と四燿星の男達  作者: 蒼水無月
第二章【第二部】
22/24

アトラスティア皇国・第一皇子

皇子の登場。

彼と四燿星四人の関係、その過去の一端をご覧あれ。

ちょっと?長めです。


 アトラスティア皇国の都は、またの名を「蒼天京」と言う。


 豊かな山河に囲まれた奥地のマルティネから南下していった扇状地の、ちょっとした台地の上に鎮座している。土地の隆起や起伏の激しいマルティネとは異なり、平坦で開けた場所。


 そこは都というだけあって皇帝がおわす場所であり、ゆえにこの国の中心地。国全体の政治も経済も、ここを中心にして動いている。人と物の移動の激しい、様々な意味で栄えた土地。


 その中で、ひと際目立っている建物が、なんといっても城だ。またの名を「(みず)雲宮(くものみや)」。


 雰囲気は地球で言うところの東洋風、だが造りは西洋風で、幾星霜の歳月を感じさせる威厳のある佇まい。


 その高台に、今、一人の若者が立っていた。


「殿下、こんなところにおりましたか」


 そんな彼に、また別の若者が話しかけてきた。この国で今、「殿下」と呼ばれる人間は一人しかいない。


「ああ、ゼノン。なにか用か。今日の公務は全て終わらせただろう?」


「その手際を常日頃から見せて欲しいものですね」


「ん?別に今まで問題を起こしたことはないだろう」


「ええ、殿下がいつもいつもギリギリの土壇場でお済ませになりますから。仕えるこちらは気苦労が絶えません」


「はは、言うようになったな、お前も」


「貴方様に遠慮していては、近衛騎士団の団長など務まらないと、最近ようやく学びまして」


「優秀なお前にしては、遅かったな」


 二人の関係は、いわば主人と部下。


 もっと詳しく言えば、アトラスティア皇国・天帝第一継承者のサミエル皇子と、近衛騎士団・団長兼第一皇子側近のゼノンである。


 普段から冗談めいた口調で対話し、そして事実としても相手の揚げ足を取るのが好きな自分の主人に、ゼノンはもう一度軽く吐息をついた。


 そして、淡い微笑を以って改めて口を開く。


「楽しそうですね。そんなに、あの噂の騎士姫に会うのが楽しみですか」


「騎士姫というより、こうでもしないと表舞台に出てこようとしない、マルティネ家の四人に、だ」


「…なるほど、騎士姫はあくまで口上だと」


「だが」


「?」


「もちろん、その騎士姫にも興味はあるぞ。なんといっても、あの者達が自ら取り込んだ、類稀なる娘だ。一見の価値はある」


 サミエルに、言葉以上の他意はない。


 彼は、明日に都に到着するというマルティネ家一行の姿を想像してほくそ笑んでいた。


* * *


 サミエル皇子と「マルティネの四燿星」の出逢いは数年前。




 まだ、今ほど国が安定していないような時期のことだった。




 そもそも、アトラスティア皇国が一つの国として成立したのが、たった半世紀前のこと。それまでにもこの土地に人間の営みや歴史はあるが、それまでは小さな小国同士がひしめき合っているような雑多な状態であった。



 現在「領地」となっているのは、当時の小国の名残。



 国の中で領地ごとにこれほどまでに気候風土の差が激しいのは、他に類を見ない。それゆえに、人々の生活も価値観もそれぞれで全く異なり、紛争や内乱は長年絶えなかった。



 いや、はっきり言えば現在も領地同士での内乱は健在だ。それらを一つの国として纏め上げるのは容易いことではない。



 それでも、当時より遥かに状況がマシになっているのは、全てとは言わないが紛れもなく「マルティネの四燿星」である彼らの働きに依るところが大きい。



 サミエルは現在、齢25。数年前と言ったらまだギリギリ十代の年齢だったが、それ以前から彼は剣術や闘いに優れた若き次期天帝として名が知られていた。



 自他共に認める、天才的なまでの武人。腕ばかりでなく、戦闘における策謀では頭がキレる御仁で、彼にかかれば百戦錬磨、一騎当千などと言わしめていた。



 そんなサミエルは、20歳を越えるという数年前の時期に、父親の現・天帝の下に諸外国へ遠征し闘いに身を投じていた。



 その時はもう、表向きアトラスティア皇国が成立していた頃で、けれどそれは、本当に表向きにしか過ぎないのが当時の状況であった。今思えば、数だけでなく文化様式も異なる国々を一つの国の中に収めると言うのは、些か無理のある話。



 そんなわけで、国として成立させても内部の荒廃は凄まじかった。統一させる以前よりも争いは絶えず、まともな政治経済の運営をするどころではない。




 だから、サミエルは考えたのだ。




 より大きな規模の諸外国との闘いで勝利すれば、莫大な資産や財産が手に入る。それを、国の政治経済の安定に投資し役立てれば良いのではないかと。



 簡単に言えば、金を投入すれば国全体の経済が回って景気が良くなり、諸領地で不満を漏らしている貴族も黙らせることができる……と、そういうことだ。



 混乱の最中にあって、サミエルの意見に異議を唱える者はいなかった。それに、確かにそういう政治的経済的戦略は、地球でもよく行われること。



 そして、サミエルが率いる軍隊は勝利を手にし、計画通り莫大な資産や財産を手に入れた。







 彼が「マルティネの四燿星」に出逢ったのは、その直後のこと。







 遠征から帰ってきたサミエルは、敵対していた外国から戦火をくぐって逃亡していた流民の捜索に走っていた。奴隷…とまではいかなくても、なにかしらの処置をしておかなければ後々面倒な事になる。



 そう考えて、サミエルは様々な情報を元にとある土地へ足を踏み入れた。



 そこが、マルティネ領地であった。



 もちろん、皇子であるからマルティネのことは知っている。けれど、今のサミエルはこう思う。「あの時は、本当の意味で国の内部を見ていなかったな」と。



 皇国のなかでも、海にほど近い広大な領地を誇るマルティネ。都から離れていることもあり、そこまで事情を把握していなかった。それに、なにしろサミエルは国にすらいなかったのだから。



 マルティネの土地に逃亡した流民が隠れている…との情報を得てやってきたサミエルの前に現れたのは、自分と幾分も齢の離れていない四人の青年達だった。



 そして、開口一番、こう言われた。




「アンタは、自国の領地や民すら殖民地化するつもりか」と。




 最初、サミエルは言われたことの意味が理解できなかった。何の前触れもなく、唐突にそんな脈絡のないことを言われれば、誰だってそうだろう。



 それが「牽制」だったのだと気づいたのは、暫くの後のことだった。














 サミエルの正体を知っても全く態度を変えず、堂々と対等に向かい合ったのは四燿星の四人が初めてと言っても過言ではない。



 この頃、第一皇子といったら誰もが怖れ慄くか、畏まるか、あるいは敵意を露わにしてきていた。だが、四人はそのどの反応とも違った。



 サミエルの連れた部下達は、そんな彼らを皇子に対する不敬だの無礼だのと非難した。声を大にして言わなかったものの、サミエルも少なからずそういう感情を抱いた。





 だが、彼らははっきり告げてきた。





 自分達は皇子、ひいては天帝の配下についた覚えも従属することを承諾した覚えもない…と。





 そうして寄こしてきたのは、分厚い書類の束だった。





 そこには主に、マルティネの土地が育む水源や豊かな山野についての詳細な調査結果と共に、それが国全体にとってもどれほど重要かつ貴重な資源かという科学的根拠に基づいた報告と



 加えて、西のガルニエラをはじめとした近隣の領土との協定関係について、正式な条約書や契約書も備えての報告が為されていた。



 どうやら、彼らはサミエルが遠征に出掛けて国を留守にしている間の期間に、それらのことをやり遂げていたらしい。



 サミエルにとっては、特に彼らが近隣の領土と確かな協定関係を結んでいるということに心底驚いた。



 そもそも、サミエルには根本的にそういう発想がなかったからである。



 国の中でどこもかしこも内乱が頻発している中で、マルティネだけは既に内乱はとうに鎮まっており、この頃は始まったばかりとはいえガルニエラなどとの交易も順風に乗り出していたのだ。





『アンタがこれから国の上に立つつもりなら、“内側”を目ぇひん剥いて見てみろや。マルティネをアンタらが言ってる国に組み入れたいなら、まずこのオレ様を納得させてみるんだな』



 生意気な、強い生気と宿した紺藍の瞳を、サミエルは一生涯忘れることはないだろう。





『残念ながらさぁ、人間の世の中ってアンタが思うほど単純じゃないみたいなんだよねぇ。お金なんてさ、そこらへんの馬鹿な貴族に全部貪り食われてあっという間になくなっちゃうよ?そしたら、また戦争しかけるのかなぁ』



 何も考えていないように見えて、そんな挑発をしてくる人間は初めてだった。





『むつかしいこと、よくわかんねーけどさ……その、家も服も食べモンもなくて学校にも行けない子供のことも、ちゃんと見てくんね?ほ、ほらっ、子供は次世代の宝だろ?』



 オドオド、ワタワタしながらそう言ってきたのは、サミエルから見れば十分まだ子供で。





『アンタ達のやり方に、どうこう異議を申し立てたいわけではない。何かを成し遂げたいがために剣を振るってきたのは、こちらも同様。だが、ここでは俺達のやり方がある。アンタとは違うやり方でどこまでできるか、しばらく黙って見ていてくれると有り難い』



 一目で、この温厚そうな男が次なるマルティネの領主になる者だと直感した。





 国の統一……といったら、全てを全て“同質かつ均一のものにする”ものだと思っていた。



 政治経済だけでなく、民衆の生活・文化様式や価値観などなど―――いや、それはサミエルだけでなく、世間一般的にそういう風に考える者の方が多いかもしれない。




 だが、彼らの発想は“相違を認めた上での協和関係の構築”だった。




 そもそも、冷静に考えて内乱や紛争の多くは利害ばかりでなく、互いの価値観などの相違がかなり影響しているわけで。悲しいかな、人間とはいつでも己と異なるモノを持つ他者のことを厭う習性がある。



 だから、そういう相違を無くして全てを均質にすれば良い……となるわけだが、しかしよくよく考えてみれば同じことを繰り返そうとしているだけ。



 つまり、己の価値観やそれに基づいた利害を相手に押し付けようとするところから内乱が生まれているのであるから、「均質に」と一つのモノを押し付ける形での統一は、それは散在的に起こっている内乱を国レベルで再び勃発させるのと同じことだと。



 あまりにも今まで考えてきたものと異なる四人の発想に、滔々とそれらを説明されたサミエルは衝動的に反発心が生まれた。



 「敵国から逃亡した流民を匿う人間の言うことなど信用するに値しない」と、彼らを斬り捨てようとさえした。



 己の前に立ちはだかるものは斬って捨てる……それが、サミエルにとっての常識的な行動だった。




 けれど―――そこで彼らの傍らに現れたのは、ガルニエラの領主以下重要人数名。彼らと協和関係にある者達直々のお出まし。




 「彼らを斬り捨てるつもりなら、我々も敵対する所存」と告げられ、今度こそ愕然とした。



 少し頭が冷えると同時に、「彼らは何をしようとしているのか」という純粋な興味が湧いてきたのだった。



 そして彼らは、逃げ延びてきた流民を保護しマルティネの人間として生きて貰う、心配する様な反乱は決して起こさせないと誓ってきた。


* * *


(そうだ………あの者達が自ら手元に置いた娘だ。これが楽しみでなくてなんだと言う)


 暫し過去に思いを馳せていたサミエルは、内心でそう呟きつつ彼方へと再び目を向ける。


 四人のことを知っていくうちに、サミエル自身も以前とは少々考え方が変わった。


 それこそマルティネの周辺は四燿星の彼らのお陰で平穏を保っているが、広い皇国内ではまだまだ争いが絶えないところが多い。


 それらの土地をどうしてゆくのか、それがここ数年間のサミエルの課題であり、それなりに試行錯誤してきていた。





 サミエルが、四燿星の四人を特に気にかけている理由は、もう一つ。





 二年ほど前……当初より少しは親密な間柄になった頃、「国のために自分と一緒に働いてみないか」と宰相などの重役への抜擢の話を持ちかけた時に、即答されたのだ。



 マルティネが全ての原動力だからムリだ、と。



 普通に考えればこれ以上の昇進の話はなく、また多くの人間は喜ぶ話だろうに、彼らはあっけらかんと笑って一蹴してきたのだ。



『オレ様はな、マルティネの全てを愛してる。だから大地も森も領民もコイツらもなにも傷つけさせやしねぇ。そう思ってる自分のためにオレ様は動いてるにすぎねぇんだ。皇子のように「国のため」なんてご立派な精神なんぞ、持っちゃいない』



 あの時見た、どこまでも不敵で不遜な極上の笑みも、一生涯忘れないだろう。



 どこまでもマルティネの大地と領民のために―――自分のためだと豪語して動いている。仲良しこよしの精神論ではなく、マルティネにとっての損得も計算にちゃっかり入れつつ他領と真っすぐ向き合って協和関係を結び続けてきている。


 「内側に目を向けてみろ」と言って見せてきた彼らは、まさにそれを具現していた。


 国として統一するからには全てを均質に―――それは、諸外国に攻め入った挙句にその土地の文化様式を無視して殖民地とするのと同じことなのだと、あとで気づいた。


「ゼノン」


「はい」


「私は、時々あの四人が羨ましくなる」


 いっそ潔い彼らの態度に、自分は酔狂しているのかもしれない。


 これでも一国の皇子だ、その自覚はある。だから、常に己を律し己自身で考え行動している。ただ他を羨むことに現を抜かしているわけではない。


 けれど、時折、どこまでも自身の心に忠実で素直に行動できる彼らに対する羨望の念が湧きあがる。彼ら自身も苦労はあろうが、それでも。


 彼らへの、ひいてはマルティネへの興味は尽きない。次は何をしでかすのか、それを思っただけで未来が楽しみになる。


「ご心配なさらずとも」


「ん?」


「こうして、殿下の召喚に応えてくれるようになったではありませんか。彼らは、貴方を置いて行ったりしませんよ」


「ふっ、どうだかな」


 気の置ける部下の言葉に、サミエルは軽く笑うと空を見上げる。


 風の中に、遠くの地の森の匂いが微かに混ざっているような気がした。



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