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月の雫“ルイシャ”と四燿星の男達  作者: 蒼水無月
第二章【第一部】
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出立の時

 都への出立当日。


 いつものように朝食を済ませ、自分の部屋に荷を取りに戻る。


 手荷物はそこまで多くない。季節は真冬でもないし、いくらか着替えを持って行けばどうにかなる。とはいえ、王都入りするからにはそれなりに必需品はあるらしく、この後手渡される予定だ。


 リュウは用意しておいた小さな荷をまず手に取り、次に寝台へ歩み寄る。


 そこには、昨晩も活躍したあの愛剣が立て掛けてある。それを、リュウはしっかり握りこんだ。


 それから直ぐ部屋を出るつもりだったのだが―――リュウは愛剣を見つめながら、どこへともなく呼びかけた。


「なにか用か?」


 すると一瞬の間の後、離れた場所に一つの気配が露わになった。


「ちぇ、やっぱバレたか。いつから?」


「…五日前」


「……確かに、ちょっとムカつくかも」


 流れるような所作でリュウが振り向けば、そこには子供がいた。頭一つと半分くらいは低い背丈だ。


「ロタ、と言ったか」


「へぇ、覚えてたんだ?」


「一度対峙した相手のことは、忘れない」


「ふぅん」


 おそらく、年齢も見た目に伴い12、3歳といったところだろう。


 だが、彼はこれでも“山の猟犬”の一員だ。そして、昨夜の襲撃者の一人でもある。


 この二人の会話、訊きようによっては喧嘩腰に見えなくもないが、実際はそんなことはない。リュウの無愛想ぶりは今更だし、少年――ロタはロタでなかなかに読めぬ表情と声音であるだけ。


 昨夜もそうだったが、“山の猟犬”である彼らは気配を消すのも姿を隠すのも上手いようで、やはり、その道のプロと言えよう。


「まぁ、特に何の用ってわけでもないんだけどねー。興味があるから観察してただけだよ」


「…そうか」


 ロタのその答えは、五日前からのことも含めているのだろう。


 自分のどこに何の興味があるのか、それはリュウには判らなかったがこの場では短くそう受け答える。監察されていたことに関しては、特にどうとも思っていなかった。


 “山の猟犬”である彼らは、カイト達と協力関係にあるとは言っても、あまり人前に姿を晒さないらしい。山賊だが、隠密のようでもある。


 一度ロタから視線を外し、リュウは手にした愛剣を右の腰へと差した。


「昨日も思ったけど、左利きなんだ?」


「そうとも言える」


「?なに、その言い方」


「左利きでは、なにかマズいのか?」


「いや、そういうことじゃないんだけど」


 互いに互いを、よくわからないと言わんばかりの表情で見遣る。


「―――…あのさ、アンタには色々訊いてみたいことがあるんだけど、一つ訊いても良い?」


 そのまま足を踏み出したリュウに、ふとロタは話しかけてきた。


「アンタってさ、明らかに“こっち”側の人間なのに、なんでそっちにいるの?」


 責め口調ではない。ただ、本当に純粋な疑問から生まれた問いかけのようだった。


 ロタの言う“こっち”の意味も“そっち”の意味も判る過ぎるほど判ったリュウは―――足を止めたものの、その眼差しはロタではなくその背後の窓の外へと向けた。


「そうだな」


 その通りだと、ロタの問いかけを――事実を事実のままに首肯する。


「もう、何度も考えた。今も、考えている」


 リュウの眼差しは、どこまでも凪いでいた。思ったような反応ではなかったことに、ロタは軽く目を見張る。


「だが、こっちとかそっちとか言っていると、叱られるんだ」


 別の形で自らも周囲に散々示してきたその問いは、その度に何度も何度も一蹴されてきた。これからも、おそらくそうだろう。


 頑なに作っていた壁など、いつの間にかとうに壊されている。


「“こっち”側の自分に伸ばしてくる手がある。ここにいろと自分を留める声が聴こえる。自分でも不相応だと思う側にいる理由なら―――その手が見えて、その声が聴こえると、自覚した自分のせい」


 自覚したということは、見えるように聴こえるようにと自分が望んだ結果。気づいたから、気付かなかった自分には戻らない。


「……なんか、アンタの言うこと全部、謎」


「そうか」


「まぁ、いいや。早く行きなよね」


 確かに、そろそろ行かなければ待たせることになろう。


「…なに、そんなとこから出るつもり?」


「そうだが」


 てっきり扉へ向かうものだと思っていたロタは、窓を開けテラスの欄干に足を掛けたリュウに、半ば唖然とした心地だ。


「ロタも、どこかの警備につくのか」


「あー、うん。一応、この屋敷付近」


「なるほど」


「『頼んだ』とか『ありがとう』とかは言わないわけ?」


「自分は、今はそう言える立場にいない」


「ふーん、弁えてるんだ?」


 肩を竦めたロタは、そのまま庭へ降りたち去ってゆくリュウの背を眺めた。












「ちゃんとマントも正装も持ったわね?あとは――はい、日持ちのするビスケット。万が一の時の非常食ね。あとはこの四人に任せておけば大丈夫。余計な心配はしないで、リュウちゃんは自分の身のことだけ考えてくれれば良いわ」


 屋敷の門前――相棒の黒馬である(クロウ)の傍らに立つリュウは、アンヌに念入りに旅路のことを確認されている。


 それはもう、実の息子であるクリストフをはじめとした四人も、同じく見送りに出ているハッサンも呆れるほどだ。


 だが、いくらなんでもしつこいと指摘すればしたで、「あら、大事な娘の初めての旅路を心配しない母親がいるもんですか」と容易く一蹴されるので、もう諦めている。


「リュウちゃん、気ぃつけてやっ!帰ってきたら、また一緒に遊ぼうな。約束やで!」


 今日が出立と聞いていたキハルも、見送りに来ていた。他にも、何人か近くの村人が来ている。


 アトラスティア皇国の中でも名の知れたマルティネ家の面々が王宮へ赴くというのは、それだけで領民にとって心理的に一大イベントのようなもの。


 しかも今回は、新参者ながら慕われているリュウの初めての旅路ということで、その関心は益々大きい。


「さっきからそればっかりだね、馬鹿キハルは。他に言うことないの」


「阿呆アルは黙っとれや!」


「あんまりしつこいと、姫ちゃんに嫌われるよ~」


 ぎゅうっと抱きしめてくるキハルの腕の中、いつもの二人のやりとりをどこかホっとした心地でリュウは眺めた。


「行くぞ」


 クリストフのひと声で、五人共々それぞれの馬へひらりと飛び乗る。


 だが、そのまま出立かと思いきや、こちらへ急いで駆けてくる人影を認めて暫し留まる。


「ふぅー、間に合った」


 アルトゥールの家がある村の者たちだった。


「遅くなってすまない。リュウ嬢、もしよければこいつも使ってやってくれや」


「…!」




 差し出されたのは―――一本の真剣であった。




「あ、よかった。完成、したんだ?」


 既に知っていたのか、アルトゥールがそんなことを言っている。他の三人も、同様の風情で見つめてくる。


 リュウは一旦玄(クロウ)から降りて、差し出されたものを見つめた。


「お前さんに合うヤツを、こさえてみたかったんだよ」


「一度、その腰のモンを見せて貰ったことがあるだろう。ちょいと手本にさせてもらってな」


 訊けば、キハル達とドーラン子爵との一件があって、これは何が何でもリュウにピッタリな真剣をこさえなければ!と村人全員で意気投合したらしく。


 数日前、アルトゥールが彼らと共に話していた「例のもの」とは、どうやらこのことだったよう。


 リュウの馴染みの剣とは、れっきとした日本刀。カイト達のものと見比べる限りでも、この形の真剣はこの世界では珍しい。


 けれど、差し出されたそれは、どこからどうみても日本刀の体を為していた。彼らがどれほど洞察力が鋭く、また柔軟性のある一流の鍛冶職人なのかが判る。


 他の誰でもない自分にと、そう言って差し出された真剣をじっと見つめ、リュウは静かにそれを受け取った。


 そうして、両手で掴み、おもむろにスラリと引き抜く。


 そんなリュウの様子を、皆、思わず固唾を飲んで見守った。



 ヒュンっと、空を斬る鋭い音がひとつ、響いた。



 リュウが、左手で握ったそれを、感触を確かめるようにしてひと振りしたのだ。



 リュウの双眸が、珍しくわかりやすく瞠目して見せてくる。



「―――…驚いた」



 言葉通り、本当に驚いたようでリュウは感嘆の息をそっと漏らす。



「初めてなのに、こんなに手に馴染むものなのか」



 その真剣は、リュウにとって何の違和感もないものだった。まるで、長年使いこんできたもののような、しっくりとした重さに長さ、掌に伝わるあらゆる感触。


 もしかしたら、自分の愛剣と同等もしくはそれ以上かもしれないと思うほど。


 リュウがそう伝えれば、村人達も他の皆も、安堵したような表情を浮かべる。


 言葉は少ないが、リュウが全身全霊で惜しみなく新しい真剣を気に入ったことがわかったのだろう。


「ありがとう」


 この世界でカイト達に出逢った後、人生初めて遣ったその言葉をリュウは真っすぐに紡いだ。


 初めてこの言葉を紡いだのは、家族になると決心したあの日。


 引っ叩き、怒鳴り、叱りつけ、これでもかと思うほどのあらゆる感情を全力でぶつけてきながらも、家族にと望んできた彼らに、たった五文字の言葉を時間をかけて伝えた。


 そうして今日に至るまでの間、リュウはその五文字の意味を自らの意思で体得し、こうして遣うべきところで自然遣えるようになっていた。


 鞘に刀身を戻すリュウを見つめながら、皆は一様に思う。


 リュウには確かに、真剣が似合うと。


 根源的な部分で、リュウ以上に剣というものが似合う人間はいないのではないかと


 ―――剣とは本来何かを傷つけるためのものであるが……だが、リュウと真剣の取り合わせは美を感じさせるのであった。













「あれ、リュウちゃん?」


 ふと、何か気になったのかキハルが口を開いた。


「両方持っていくんか?重いんちゃう?」


 リュウが新しい真剣を左腰に差したその姿が、キハルとしては気になったのだろう。なんせ、リュウは既に右腰に差してある愛剣をそのままに、両脇に一本ずつ差しているのだから。


 剣客が剣を二本を一度に持つこと自体は珍しくはない。日本にかつて存在した武士が良い例だ。


 だが、わざわざ両脇に一本ずつというのは、確かに少し妙かもしれない。


「ああ、そっか!どっちかを予備として持っていくんやな?」


 思いついたキハルの予想は、まぁ妥当と言ったところだろう。よく考えれば、リュウほどの者であれば剣の一本や二本、持ち運ぶのに重量はどうってことはないはずで。



 だが、リュウの答えは皆の度肝を抜いた。



 いや、冷静に考えれば有り得なくない話なのだが、予想はしていなかったのだ。



「そうか、言ってなかったな」



 そう言うと、リュウは腕をクロスさせて右手を左腰に、左手を右腰へ持ってゆくと、スラリと二本の剣を同時に抜いた。



 そうして、もう一度確かめるようにヒュっと両腕を軽く両脇に振り下げつつ、言った。




「自分の本領は、二刀流だ」




 つまりは、両利き。



 とりあえず、再び一同唖然であった。



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