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月の雫“ルイシャ”と四燿星の男達  作者: 蒼水無月
第二章【第一部】
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出立前夜

 馬の(クロウ)も相棒に選び、ユーリの手により通常では考えられぬほど早く正装も手に入り、早くも都への出立を明日に控えた前日の夜―――


 夕飯も食べ終わり、一息ついた頃、リュウは屋敷の付近を一人散歩していた。


 昼間の気温が高まってきたこの時季、夜風はとても心地良い。そんな中、特に何をするでもなく散歩するのが最近の日課になっていた。


 見上げれば、そこにはぽっかり浮かんだ月と、四燿星が煌めいている。


 マルティネに来る前はこの世界の中でも別の場所にいたリュウだが、あの時にこういう時間を持つことは当然なく、周囲への関心も狭かった。だから、意識としては明日からの旅路が、リュウにとってマルティネ以外の土地を始めて経験することになる。


 なんの感慨もないといえば、それは嘘になる。以前であれば、あるいはそうだったかもしれないが…とはいえ、興奮はない。不安というのもなかった。


 ただ、ぼんやりとした“予感”が、緩やかに胸中を渦巻く。それが吉なのか凶なのか、それはわからない。












 ちょっとした木々の茂みに足を踏み入れた、その刹那のことだった。



「!?」



 突如、周囲で膨れ上がった殺気にリュウは素早く反応する。



(右に二人、左に一人、前方に三人……)



 一瞬にして、殺気の持ち主の数を的確に把握する。



 右斜め前から闇に紛れて飛んできた刃を紙一重で避けた。



 間髪いれずに地を蹴り、かと思ったら受け身を取って転がり態勢を整えるとまたしてもタンっと避ける。



 その一瞬後、いくつもの刃が地面に突き刺さる様を視界の隅で確認する。



(プロだな……)



 夜目の利くリュウにとって、木々の茂みにより月明かりさえも届かぬ闇でも動じる理由にはならなかった。



 直後、三方向から襲いかかってきた刃を瞬時に薙ぎ払う。



 キィン…という金属音が木霊した。



 リュウの左手には、しばらく戦闘とはご無沙汰だった愛剣が、スラリと引き抜かれていた。



 歯こぼれ一つない、澄んだ銀の煌めきが闇に際立つ。




 数分か、十数分か……しばらく、一対多数の攻防が続いた。




 絶え間なく闇に閃く銀の弧が、まるで三日月のようだった。



 リュウは途中から、両目を瞑って動いていた。



 それでも、その剣筋は衰えることなく、むしろキレが増している。



 頭上の枝に隠れている者も含め、リュウは襲撃者全ての動きを寸分違わず把握しきっていた。



 とはいえ、リュウは万能者でもなければ超能力者でもない。



 おそらくこの道のプロであろう相手の刃により、浅い傷のいくつかはこさえていた。



 が、そんなものはリュウにとって傷のうちには入らない。












「そこまでだ」








 大声ではない、けれど良く通るそんな声が聴こえた瞬間、襲撃者の動きが一斉に止まった。素早く、リュウから一定以上の距離置き、立ち去るわけでもなくその場に留まる。


「カイト」


 剣を収めながら、リュウは振り向く。


 無言で手招きされ、木々の茂みを抜け出た。襲撃者達もついてくる。 















「驚かないんだな」


 カイトこそ、リュウの反応に特に驚くことなく、飄々と口を開いてくる。クリストフもアルトゥールもカールも、一緒にいた。


「ユーリの時と同じか」


「ユーリのは、オレ様達は関与してねぇよ。だがまぁ、結果的には同じだな」


 そう言いながら、カイトはリュウの頭をわしゃわしゃ撫でる。


「悪かったな。だが、オレ様達はお前ぇの剣を見ておかなけりゃならなかったんだよ」


「なんだかんだ、実際に見たことなかったもんねぇ、姫ちゃんの剣捌き。それにしても、剣抜かせるにはやっぱりここまでしないと駄目とか、ちょっとビビるなぁ」


「この者達は、かつてはユーリと同じく敵対する間柄だった。今は、俺達がここを空ける時などに、マルティネの警備に手を貸してくれている」


「つーか、俺マジでゾクゾクした。ほんとに強ぇのな、リュウって」


 すると、四人が話す中、今度は訊き慣れない声がリュウの耳朶に響いた。


「勘違いするんじゃないよ。受けた恩はそれ相応の行為を以って返す。借りを作っておくのが嫌だっただけさ」


 襲撃者の一人だ。雰囲気から察するに、リーダー格の人物。背の高い、細身の女性だ。なにやら、どこか不貞腐れているような、不機嫌な声音である。


 それに、カイト達は「はいはい」と軽く流しているが。


 訊けば、この襲撃者達は正式には“山の猟犬”と呼ばれる山賊の一味であるらしく、今しがた説明されたように数年前は“四燿星”と敵対していたという。


 それがどういう経緯で今のような関係になっているのか、それは今は尋ねるタイミングではないだろうと、リュウは目の前の事実だけにとりあえず納得して見せる。


「ったく……アタシの鎖鎌を余裕で避けるなんて、たいがいムカつくお嬢サマだね」


 敵意はないが、鋭い視線を向けられる。それを、リュウは淡々と受け止めた。すると今度は、なぜかチっと舌打ちされたが……カイトが肩に手を置いてきたので視線をズラす。



「リュウのことだ、とうに察しはついてんだろうが…」


 闇に溶け込む紺藍の瞳を、真っすぐ見つめ返す。



「これから、嫌でもリュウは好奇の目線が向けられる。そこに込められる意図は、色々だ。それはどうあっても逃れられねぇ」



 それに、リュウは頷く。それを見たカイトは、リュウが本当の意味で今説明したことの意味を判っていることに安堵したようだ。



「いいか?必ず自分の身を守れ。何があってもオレ様達のところへ帰って来い。そのための、最低限で基本の剣術は、今見せて貰った。やっぱり、オレ様が見つけただけはある」



 にっと口端を上げたカイトは、だが次にはその笑みを少し引っ込める。



「だがな…わかりやすく刺客を向けてくるなら、まだ良い方だ。真っ向から堂々踏み入ってきて、姑息な手を使ってくる奴らもいるだろ。残念ながら、剣でどうにかなるような相手ばかりじゃないのが世の中だ。だから」



 肩を掴んでいる手に、少し力が籠るのをリュウは感じ取る。





「オレ様達を頼れ。でなけりゃ、剣を振るうことは許さねぇ―――できるか」





 脅しなどではない。カイトは、事実のみを伝えてきている。それは、クリストフ達三人の眼差しからも察せられた。


 リュウは自分の剣の能力を誇示しているわけでも自惚れているわけでもないが―――それでも、他ならぬカイト達も認めた自分の腕を以ってしても、それは“最低限”の術なようだ。


 そのことに、リュウは改めて“予感”に思いを巡らせる。自分が未だかつて経験したことのない何かに、これから遭遇することになるだろう、その予感。


 おそらく、カイト達はリュウがここに来た時から、そういうことはとっくに考えていたはず。そして、今だからこそ、こうして強引とも言える方法で伝えてきた。


 カイトの言葉には―――四人の眼差しには、リュウへの無条件の信頼が込められていた。


 それに気付いたリュウは、ただ、そのまま真っすぐ受け止める。




「必ず」




 リュウは、キハルの目の前で決意を宣言した時と同じような、確固たる意思を込めた瞳でそう言った。



 この先、なにが起こるかは誰にもわからない。



 それでも――だからこそ、今言える確かな気持ちと共に、保証などどこにもない約束をしよう。



 必ず帰って来いと、そう自分に望み願ってくれる人達の元へ、何があっても帰ってくることを。



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