都入り&謁見
※前回までの話を含め、「王都」→「都」、「王城」→「王宮」に変えました。
バサっと、布が軽やかに翻る。
遠くの峰の谷間から覗く朝焼けが、天空を淡く染める刻限のこと。
「――っし。いいぞ、リュウ」
「うん、どこからどうみても騎士だねぇ、姫ちゃん」
慣れていないので仕上げのマントはカイトに任せたリュウは、暫し自分の恰好をくるくると眺めていた。
ユーリが作った正装はいわば騎士仕様のもので、大まかな形や風情はカイト達と同じもの。そこに、ユーリはリュウの人柄に合わせてちょこちょこと細かな工夫を施していた。
そしてマントだが、これはアンヌのお手製である。マントといっても両肩にかかる裾の長い仰々しいものではなく、右肩辺りに軽くかかる程度の丈の短いもので、至って動きやすい。
家紋を含めた繊細な刺繍に縁どられたこの簡易なマントが、マルティネ家の伝統的な恰好らしい。
「ゆくぞ」
都にほど近い郊外の村人に一晩の世話の礼を言って、五人は愛馬に飛び乗り颯爽と駆ける。
道中の約二日間、いつもの私服でいたのはできるだけ騒がれたくなかったから。
そして朝っぱらから正装に身を包んだということは、今日、これから都入りするという証拠に他ならなかった。
マルティネとは異なる空気を、リュウはすぅっと吸い込んだ。
* * *
好奇の視線と「なんだ、あれは」というヒソヒソ話が四方八方で飛び交っているのは気のせいではない。とはいえ、その渦中にいる当人達は一切気にしていないが。
都の、王宮に繋がるメイン大通りとでもいおうか。
地球で言うところの三車線が二倍三倍くらいになった、幅のだだっ広い道を五頭の馬が駆け抜ける。
もちろん人やら荷車やら馬車やらやら他にも通行しているものはあるが、そんな中で揃って堂々駆け抜けられるほどには道は広かった。
目指す宮は、都の中でも高台に位置している。
瑞雲宮―――名の由来は、年に何度か生じる大気現象の際、宮の裾野に湧いた濃密な霧によりまるで雲の上に浮かんでいるように見えるからだという。
斜面を一気に駆け上がり、ヒヒンと馬の嘶きが響いた。
「召喚の命により参上した。お目通り願おう」
年長のクリストフが証拠の召喚状を見せながら、門番に朗々と告げる。
少しして、重厚に閉じられていた門がギギィと音を立てて開いた。足を進めるクリストフに続き、残る四人も足を踏み入れる。
(―――これが…)
遠目で見ていた時もドンと構える佇まいは十分感じられたが、こうして見てみるとその比ではない。
残念ながらリュウは近くで見たことがないが、例えば富士山を麓から見上げた時の感覚によく似ている。
「ようこそ。お久しぶりです」
幾ばかりもしないうちに、一人の男が五人に声をかけつつ近づいてきた。
「よぉ、ゼノン」
「へぇ、団長アンド側近直々のお出迎え?気合い入ってるねぇ皇子サマ」
「長旅で疲れでしょうが、直ぐにご案内しても?」
「構わない」
「それで―――そちらが、この度貴方方が養女に迎え入れた者ですね?」
ふいに視線を向けられたリュウは、無言でゼノンを見返した。
「そーそー。名前は―――」
「それはこれから、本人から直接名乗って貰いましょう。どうぞ、こちらへ」
「っとと、いけね」
勢いでカールがリュウを紹介しようとしたのを、ゼノンが察して遮り歩きだす。
リュウの隣で、カールはまたしてもアルトゥールに駄目だしを食らっていた。
一同を、王宮の中を行き交う者達が様々な眼差しで観察している。
そんな中―――
「姫様っ!!」
悲鳴のような声が聴こえた。
この時、リュウが条件反射で声の方を振り向いたのは、なにもその声が悲鳴だったから以外の理由もあることはお察し頂けるだろうか。
なんせ、常日頃から某一名……どころか最近ではマルティネの至るところで似たような呼び名で呼ばれているのだから。
とはいえ、リュウ本人はそんなこと考えている暇はなかった。
振り向いた、というより振り仰いだ矢先に、真上から何かが落ちてきた。
気づいた時には、ポスンとリュウの両腕にそれは収まっていて。
「お」
「あ」
「へ」
「…」
某四人はリュウの腕に収まっているものの正体がわかるなり、それぞれにそんな反応をする。
一方のリュウはといえば、フワフワと目と鼻の先に大人しく収まっている塊…もとい、女の子を思わず凝視。
「――――――――――――………ん?」
と、今度は自分の真上にリュウは目を向け、再び視線を元に戻した。
珍しく、状況理解が遅かったらしい。
「ニーナ皇女!?」
「皇女様!!」
「ニーナ様!!」
ゼノンがようやっと声を上げ、ついでに侍女と思われる何人かが駆け寄ってくる。
リュウはとりあえず、腕の中の少女を地面へと下ろした。
ここは、ちょうど屋根下に入る境目のところで、どうやらこの少女は二階だか三階だか、とにかく階上から落っこちてきたよう。そこで、運良くリュウが咄嗟に受け止めたという。
幼い顔立ちだが、野生の勘でリュウは少女が12歳ごろだろうと予測する。
肌触りの良い菜の花色のドレスを身につけている。それこそ、「皇女」らしい恰好だ。一言で言えば愛らしい。
「お前達っ、これはどういうことだ!」
「も、申し訳ありませんっ」
皇女が上から落っこちてくるなど、本来であれば大怪我をしていておかしくない状況にゼノンが侍女たちを咎める。
侍女たちはひたすら平謝りだ。
ところが
「ちょっと待て」
制止する声が聴こえてゼノンと侍女が振り向く。
「この子…皇女、様?が何か言いたそうなんだが」
リュウだった。
その足元にいる少女は、先ほど階上から落ちたにも関わらず騒ぐことも泣くこともせず、大人しい。
「――…夢の」
見た目と同様の、可愛らしい声が少女の口から紡がれた。
「夢の人がいたから、もっと良く見たくて…ごめんなさい」
夢?と一同が全く同時にハテナマークを浮かべたが、とりあえず少女は自分が悪いと謝っているようだ。何かを良く見たくて欄干から身を乗り出しでもしたのだということは判った。
「……まぁいい。皇女様をお連れしろ」
予想外のハプニングが起こったが、ここで足を止めていても仕方ないとゼノンが侍女に促す。
侍女達はリュウを物珍しそうにちらちら見ながら、少女の手を引いて離れて行った。姿が見えなくなる直前、少女は名残惜しげに振り返ってきた。
なんだったのか…とリュウが思っていれば、カイトが面白そうに口を開く。
「しょっぱなから気に入られたらしいな」
とはいえ、その意味がわかるリュウでもなく。
そのまま、再び歩き始めたゼノンの後ろで五人は歩を進めた。
* * *
「皇帝陛下、ならびに皇妃様の御成り」
語尾を若干伸ばした、そんな声が広間に響いた次の瞬間、その場に居た人間全員がそれぞれに頭を垂れた。
玉座を思しき壇上の両脇には扉まで続くほどの臣下の列が連なっており、粛々と腰を曲げて主の来訪を待っている。
一方、広間のちょうど中央あたりの、扉から玉座まで一直線に敷かれた絨毯の上には五人。
「今日の主役はお前ぇだ」と言われて横一列の真ん中に立っていたリュウは、両脇のクリストフとカイトに倣って片膝をついた状態で床を見つめていた。
五人とも、それぞれ自分の前に愛剣を横一文字にして置いている。尤も、リュウの場合は二本であるが。
空っぽだった玉座に、人が座る気配。
途端、謁見の間は一気に雰囲気がガラリと変わった。
(…………)
当たり前かもしれないが、間も置かず自分に視線が向けられているのをリュウは感じ取る。
「よくぞ参った」
声だけでも壮年だと察せられる、しかし威厳のある声が五人に注がれる。話に聞いていた、まさに皇帝だろう。
その皇帝と簡潔に言葉を交わしてゆくのはクリストフ。やはり、こういう場面では彼が前に立つのだ。
そうして挨拶と簡単な近況報告が済んだ後、話はリュウのことに移る。
「面を上げよ」
自分に向けられた言葉だと判ったリュウは、数秒後、ゆっくりと首を動かし前を見据えた。
向かって右側に皇帝、左側に皇妃。その傍らに、クリストフと同じくらいの年頃の青年。
三つの眼差しが、静かにリュウを見つめていた。
臣下たちの視線の多くは様々な意味で値踏みをするような類のものだったが、少なくともそういう眼差しではないことは見てとれた。
「お名前は、なんというのですか?」
何か訊かれるとは思っていたが、皇帝ではなく皇妃が質問してきたことは少々意外だった。
一口に言えば、美人であった。かといって仰々しい派手さはなく、ドレス共々清楚で且つ気品に溢れるような細身の女性である。毅然とした面立ちながら、けれど威圧感は不思議と感じられない。
一瞬の間を置いて、リュウは滑らかに応える。
「リュウ=マルティネと申します」
「リュウ、というのは、元の本名?」
「はい」
滅多に遣うことのない敬語だが、リュウの口調は淀みない。先ほどまでのクリストフの言葉遣いを聞いて、相手にどの程度の礼儀を弁えれば良いのかしっかり把握していた。
「異なる世界から来た、と聞き及んでおります。それは真ですか?」
「はい」
「どのような世界だったのか、そして何ゆえこの世界に飛ばされてきたのか…そのようなことを聞いてもいいかしら」
皇妃の言い回しに少し引っ掛かりを感じたリュウだが、それを感じ取らせぬように口を開く。
「自分の生まれた世界は、数多の銀河の中の『地球』と呼ばれる小さな惑星。海に浮かぶ島国です。そこからひと月半ほど前に、こことはまた異なる世界に飛ばされ最終的にこの世界に落ちてきた―――ですが、その理由や原因は図りかねます。そもそも、『地球』では異世界という概念はお伽噺の中でのことでしかなく、科学的にその存在が認識されていたわけではありませぬゆえ」
淡々と話す中、リュウは皇妃の瞳が一瞬揺れたのを見逃さなかった。とはいえ、その理由がわかるわけもない。
「見慣れない形の剣のようだけれど、それは元の世界のもの?」
「片方はそうですが、もう片方はマルティネに生きる友人達が、自分にと造ってくれたもの」
「それでは、貴方が女の身で剣を振るわねばならぬようなところだったのかしら」
その問いにも、リュウは淡々と応える。
「いえ。自分が剣を振るっていたのは万に一つですらない特殊な環境で育ったため。少なくとも、生まれ育った島国において剣を振るう人間は老若男女、自分以外では片手で数えられるほどしかおりませんでした」
「戦のためでは」
「ございません」
「そう」
するとそこで、今度は傍らの青年が唐突に口を開いてきた。おそらく、サミエルという第一皇子だろうとリュウは推測する。
「母上。剣のことは剣で訊くのが一番でしょう。詰問もこのくらいにして、場所を移動しませんか。父上、よろしいですね?」
(なるほど、な……)
サミエルの言葉と漂う雰囲気に、今彼が言ったことこそが今回の真の目的なのだということをリュウは確信する。
この謁見の間で顔合わせのような場を設けたのは建前……というか、表向きの体裁に過ぎない。
本当の目的は、騎士姫などという呼び名や噂が囁かされている、しかも注目しているマルティネにおける新参者である自分の剣の腕前を見極めることで、如何なる人間なのかを知りたいのだ。
言葉をあれこれ並び立てるより、ある意味よっぽど効率が良い。
リュウと皇妃の会話を横で聞いていた四人は全く動じていないから、こういうことも予想はしていたのだろう。
サミエルが向けてくる視線を、リュウは静かに受け流していた。




