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第二話 少年少女の休日


これより、水切り大会を開催!

 まぁ、参加者は俺とセレネだけなんだけど……

「えぇと、まずは僕から?……セレネからでもいいよ」


「じゃあ、私からね」


 セレネはそう言うと、川辺にしゃがみ込んだ。

 水面を覗き込み、いくつか石を選んでは手のひらで転がす。形や厚みを確かめているらしい。やがて彼女は、平たくて丸みのある石をひとつ選び、満足げに頷いた。


 ……なるほど。石選びから始まるのか。


 水切りなんて、前世じゃ適当な石を拾って投げるくらいの遊びだったんだけどな。もしかして、こっちの世界では何か特別な作法でもあるんだろうか。


 いや、まさかな。


「見ていてね、アル」

「もちろん見てるよ。楽しみだな」


と穏やかでそれでいて好奇心旺盛な少年(アルセイン)を羽織る。

 もちろん、笑顔で頷いた。

 セレネは石を握り、川面に対して身体を横向きにする。片足を軽く引き、腕を後ろへ。さっきまでの楽しそうな表情が、ほんの少しだけ真剣なものに変わった。


 そして――。


 ひゅっ、と風を切る音。

 石が水面へ飛んでいった。


 ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょん。


 水面を跳ねるたび、小さな波紋が幾重にも広がっていく。

 六回目の跳躍を最後に、石は静かに水の中へ沈んだ。上手だ。子供がやったにしては。素直に賞賛を送ろう。

 

「相変わらずセレネは器用だね。」

「ふん、当然よ!私だもの」

 

 素直に感心してそう告げると、セレネは振り返り、

 頬を緩め、少しだけ得意げに笑う。少女だからそんなに大きくはない。 ……いや、いいだろ。将来、大きくなるかもしれないし。

 僕、俺だって男だ。こういうところで変に格好つけたくなる気持ちくらいある。

 それに、デカけりゃいいってもんでもないだろ。何事もちょうどいい大きさってものがある。俺はそっちのほうが好きだ。


 ……うん。何の話をしてるんだ、俺は。


 そもそも、セレネはそんなこと聞いてない。


 わかってる。わかってるけど、なんかこう、言い訳くらいしたくなるじゃん。

 ……いや、ほんと何の言い訳だよ。

 

「小さい頃から、お父さんとよくここで遊んでいたもの。石を選ぶのも、投げ方も、ずっと教えてもらって……ねぇ、聞いてるの?アル?」

「え…?いやちゃんと聞いてるよ!だからあんなに綺麗に飛ぶんだなぁって思って」


 あぶねぇ。今のは危なかった。


 慌ててアルセインらしく返したものの、セレネはどうにも納得していないらしい。じとーっとした目で、こっちを見ている。


 ……え、何? 俺、なんかやらかした?


 いや、落ち着け。まだ疑われたと決まったわけじゃない。幼馴染同士のやり取りなんて、こんなもんだろ。たぶん。

 たぶん、な。


「……アル、今、一瞬だけ変なこと考えたでしょ?」

と見つめてくる ジト目だ。美少女の

「え? そうかな? 気のせいじゃない?」

 即答した。

 我ながら、ちょっと早すぎた気もする。

 いやいや、落ち着け。こういうときは余裕を持って、穏やかに笑っておけばいい。アルセインならそうする。たぶん。

「そう……」

「じゃあ、アルがやってみなさいよ。次は貴方の番よ」


 ……えぇ……。


 理不尽かと思ったら、普通にこっちへ投げ返してきやがった。いや、待て。待ってくれ。 俺は今、何をした?

 ちょっと変なことを考えた。それは認めよう。認めるけど、別に口に出したわけじゃない。表情に出たかもしれないが、それだって一瞬だ。一瞬くらい許してくれたっていいだろう。


 なのに、どうしてこうなる?

 しかも相手は、あのジト目である。

 

 じぃーっと。


 まるで、俺が何を考えていたのか全部お見通しだと言わんばかりに、こちらを見つめている。

 ……やめてくれ。

 美少女のジト目って、なんでこう、妙な圧があるんだろうな。

 いや、顔がいいからこそ許される圧というものがあるのかもしれない。いやいや、何を考えているんだ俺は。


「……アル?」

「はいっ!?」


 しまった。声が裏返った。

 違う。今のは違うんだ。決してやましいことがあったからではなく、急に名前を呼ばれたからであって、決して、断じて――。


「……やっぱり、何か考えてる」

「考えてないよ?」

「今、絶対に考えてたでしょ」

「いやぁ、僕にも考え事くらいあるからね?」

「ふぅん?」


 その「ふぅん?」は何だ。

怖いんだが。

 俺は内心で冷や汗を流しながら、表面上はにこやかな笑顔を維持した。


 大丈夫だ。まだいける。

 俺はアルセイン・ルミナス。人々に希望を与える勇者であり、どんな困難にも穏やかな笑顔で立ち向かう男だ。


 こんなところで動揺を悟られるわけにはいかない。そこの君はまだ勇者に選ばれてない、ただのガキとか言わないでくれ。

 ……いや、そもそも俺は何と戦っているんだ?


「……まあ、いいわ」


 おっ。

 助かったか?

 そう思ったのも束の間。

 彼女はにっこりと笑った。

 

「それで? アルはどうするの?」


 逃げ道がない。


 完全にない。


 さっきまで、俺を追及していたくせに、今度は当然のように話を戻してきやがった。いや、話を戻したというより、俺が逃げられないように外堀を埋めてきたと言うべきか。


 ……この子、見た目に反してなかなか容赦がないな?


 俺は小さく息を吸った。

 やるしかないらしい。


 そもそも、ここで変に拒否すれば余計に怪しまれる。ならば、堂々とやってみせればいい。何事も経験だ。そう、経験。俺はこれまでだって、経験のないことを何とかそれらしくこなしてきたではないか。


 ……主に演技で。


 いや、そもそもただの水切りじゃんやったことがないけど。子供が川で遊ぶ遊び第1位それが水切り。現代社会で生きてきたんだから、やればできるだろう。やったことないけど…………


「……わかった。じゃあ、やってみるよ」

「ええ」

「ただし、失敗しても笑わないでね?」

「考えておくわ」

「そこは約束してくれないかな!?」


 思わず素の声が出た。

 彼女はくすくすと笑っている。

 ……くそっ。


 完全に遊ばれている。


 けれど、こうして笑っている彼女を見ていると、なんだかんだで悪い気はしないのだから困ったものだ。

 俺は改めて姿勢を正し、彼女の目を見た。


 今度こそ、勇者らしく。

 落ち着いて。穏やかに。余裕を持って。


「それじゃあ……お手柔らかにお願いします」


 そう言って、俺は微笑んだ。


 ――よし。


 今度は完璧だ。

そう思った直後。


「……アル、今の笑顔も何か誤魔化してるでしょ?」

「なんで!?」


 ……俺、そんなに顔に出やすい人間だったっけ?

一旦ね、やるか。ウン……


「気のせいだよ……セレネ。じゃあ、見ててね。負けないかもよ」

「ええ、期待だけはしてあげる」


 さぁ、腕の見せどころだ。中身25の大人の力をみろ——!


小石をひとつ、拾い上げる。

 指先でつまめるくらいの、小さな石だ。

 これを投げる。

 ただそれだけ。

 

「……本当に、これでいいの?」

「ええ。さっきから何をそんなに緊張しているのよ」

「いや、だって……」

 

 俺は手の中の石を見つめた。

 だって、わからないのだ。

 自分の身体が、どれくらいの力を持っているのか。

 そもそも、今の俺は子供である。鏡を見れば、そこには見慣れない少年の顔が映る。手足だって前世の自分とは違うし、走れば妙に速いし、ちょっと高いところから飛び降りても、思ったほど痛くない。

 

 おかしい。

 絶対におかしい。

 ちょっと動かしただけでも、前世?の俺の身体能力を楽に凌駕しているには確かだ。

 けれど、だからといって、いきなり石を投げる力まで変わっている……ことはない、と——

 

 

 そう考えていた。

 そう、考えていたのだ。


 セレネがにこにこと見守っている。

 ……なんか、ちょっと楽しそうなのが気になる。

 まあいい。

 俺は近くの木を目標にして、腕を振った。

 ぽいっ。

 ――のつもりだった。

 ヒュッ!!

「…………え?」

 石が、ものすごい勢いで飛んでいった。

 木の幹を通り越し、枝を揺らし、そのまま向こうの茂みへと消えていく。

 ……。

 …………。

「…………はぇ……?」


 ドユコト……?


俺は自分の手を見た。

 何もない。そりゃそうだ。投げたんだから。

 いや、そうじゃない。


「え、ちょっと待って。今の、何?」

 待って待て待て待て待ってください。はい、落ち着こう

この世界の子供の力どうなってるの!?

俺は自分の手を見つめた。

 いや、おかしいだろ。さっき、石を投げた。

 ただそれだけだ。

 なのに、石はものすごい勢いで飛んでいった。木に当てようとしたら、木を通り越して森の向こうへ消えていった。

 ……俺、そんなに力を入れたか?

 

「…………」

 セレネが口元を押さえている。

 肩が、ぷるぷると震えていた。

「セ、セレネ……?」

「っふ、なぁに?アル」


……こいつ、笑ってやがる。

 いや、マジで笑ってやがるんだけど。

 人が真剣に困ってるっていうのに、腹抱えて笑うことある? あるんだな。目の前にいたわ。


「僕、何したっけ…?」

 

 セレネは数秒ほど俺の顔を見つめた。

 それから、とうとう吹き出した。


「ふっ……あははははっ!」

「なんで笑うの!?」

「だ、だって! アル、自分で投げたんでしょう!?」


 そうですけど!? 何がおかしいんですか!?


 ……と、心の中で叫ぶ。

 いや、だってそうだろ。こっちは大真面目なんだぞ。自分の身体の常識が通用しなくて、わりと本気で困ってるんだぞ。


 なのに、こいつときたら……!いや…ハイ、俺の常識は異世界の常識ではない…わかっております……


「どうしてただ石を投げるだけなのに、魔力こめちゃったの!……あはははっ」


 いつの間に俺は魔力を!?

 いやいやいや、待ってくれ。

 魔力って何? いつ込めた? 俺、ただ石を投げただけなんだけど!?

 

 魔法の練習をした覚えもなければ、魔力の使い方を教わった覚えもない。そもそも、魔力を込めようなんて微塵も考えていなかった。


 なのに、無意識でやったってこと?

 えっ、何それ怖くない?


 しかも、この美少女、めちゃくちゃ笑ってるんだけど!?


 人が自分の知らない能力を勝手に発揮して困惑してるっていうのに、腹を抱えて大笑いしてやがる。


 ……そうですけど!?

ただ石を投げただけですけど!?


「そ、そんなに笑わないでよ……」

 抗議してみたものの、声にまるで迫力がない。

 だって、仕方ないだろ。こっちは自分でも何が起きたのかわかっていないんだぞ。石を投げたらものすごい勢いで飛んでいって、どうやら無意識に魔力まで込めていたらしい。

 ……何それ。俺、そんな器用なことできるつもりなかったんだけど?

 

「ふふ、貴方って、本当に変なところで不器用なんだから…!」

「セレネぇ……」

 

 情けない声が出た。もう駄目だ。何を言っても笑われる気がする。


 ……くそぅ。


 いつか絶対、こいつを見返してやる。

 そう心に誓ったものの、今の俺にできることといえば、笑い続けるセレネを恨めしげに見つめて、むすくれることしか出来ない。

 

「ふふ、しょうがない子ね。今のはナシにしてもう一度やりましょ。アル」


 さっきまであんなに笑っていたくせに、今は何事もなかったみたいな顔をしやがって。

 いや、別に怒ってるわけじゃない。怒ってるわけじゃないんだけどさ。

 ……なんか、こう。

 この子、笑うと本当に可愛いんだよなぁ。美少女っていう自覚あるんかな。あるだろ。なんでこんな美少女な幼馴染がいるアルセインって何者なんだ?今は俺だけど


 いやいやいや、そうじゃないだろ、俺。今はそこじゃない。


 確かに、楽しそうに笑っているセレネを見ていると、さっきまでの恨み言なんてどうでもよくなってくる。というか、怒る気力そのものがしぼんでいく。

 でも、もう1回!? 恥の上乗せするだけじゃねぇかな??

「うーん……せっかくだし、今度は別のことを試してみない? ほら、魔力の扱い方もわからないままじゃ危ないしさ!」

 ……頼む。これ以上、恥を上塗りするのだけは勘弁してくれ。


「んー……? そうかしら。さっきのは、無意識に魔力を込めちゃったせいで起きた事故みたいなものだと思うけど……。でも、今は魔力を込めたってわかってるんだから、次は上手くできるわよ、アル!」


 あっ、冷静に分析されて逃げ場ないやつだこれ…


「えー……」

 やるしかないや……

「……じゃあ、もう一回だけね」


 渋々、足元の石を拾い上げる。今度は魔力を込めない。そう意識しながら、そっと腕を振った。

 石は放物線を描き、狙った場所へまっすぐ飛んでいった。


「ほら、できたじゃない!」

「……できた」


 セレネが嬉しそうに笑う。


 いや、できたけど。

俺、さっきまで何に失敗してたんだ……?

 俺が魔力の扱い方がなってないだけかな…アルセインはこういう扱い方はできたんだろうか、と記憶を探る。器用に扱えてるけど、どっか雑だな…


 このままだと怪しまれる。練習するほかないかも…


「でも、私の勝ち!」

「君の勝ちだよ……セレネ…」


 セレネが嬉しそうに笑う。良かった喜んでもらえたようで…出来れば最初の出来事は忘れてくんないですかね……

 いや、できたけど。

 俺、さっきまで何に失敗してたんだ……?


「ふふっ、やればできるんだから不安がる必要はないのよ!」

「……あはは。そうだね」


 ……なんか釈然としない。

 まあ、いいか。とりあえず、石を投げるだけで森の彼方まで吹っ飛ばすという惨事は回避できたわけだし。

 うん。成長した。俺は成長したぞ。

 俺は、やればできる子!


「ねえ、アル。あっちの川まで行ってみない?」

「川?」

「ええ。今日は天気もいいし、きっと気持ちいいわよ!」


 セレネはそう言うと、俺の返事も待たずに駆け出した。


「あっ、ちょっと! 走ると危ないよ!」

「大丈夫よー!」


 呑気にきゃらきゃらと笑って先に進んでく。

 ……絶対、大丈夫じゃないやつだろ、それ。

 俺も慌てて後を追う。


 村の近くを流れる川は、日の光を受けてきらきらと輝いていた。水の流れる音が心地よく、岸辺には小さな花が咲いている。


 なるほど。確かに、気持ちのいい場所だ。

ここで寝たらよく眠れそう

 

「見て、アル! あそこに魚がいるわ!」

「えっ、どこ?」


 セレネの指差す先を覗き込む。

 川の中を、小さな魚が何匹か泳いでいた。

 ……へえ、魚か。確かにいるな。


 なんて呑気に眺めていたのも束の間。

 セレネが、さらに川岸へ身を乗り出した。


 ……いや、ちょっと待て。そこ、足場が悪くないか?

さすがのニートの俺でもわかる。川って浅く見えても深いことってあるし…

 

 濡れた石が並んでいるし、そんなところに立ったら——。


 「セレネ、あんまり近づくと——」

「え?なぁ——、」

ずるっ。


 「きゃっ!?」


 嫌な音がした。

 セレネの足が滑り、小さな身体がぐらりと傾く。

 そのまま、川へ倒れ込もうとしていた。

 ――あ、これ。


 絶対にまずいやつだ。


「——っ、セレネ!」

 考えるより先に、身体が動いた。

 俺は咄嗟に手を伸ばし、セレネの腕を掴む。

 よし、間に合っ――


 「わっ!?」


 ……あ。

 足元、滑るんだった。忘れてた。

 そう理解したときには、もう遅かった。

 ぐらりと視界が傾く。セレネを引き戻そうとした勢いで、今度は俺の身体が川へと引っ張られた。


「アル!?」


 ばしゃんっ!!


 冷たい。とにかく、冷たい。

 全身を叩く水の感触に、息が詰まった。


 ……えっ、嘘だろ。


 俺まで落ちるの!? いやよく見たらセレネは落ちてない!よかった! でも慌てて泣きそうになってるのが見えた、やばいな


 いやいやいや、セレネを助けようとしただけなんですけど!? 無茶しすぎたかも…!


 ……っ、やば。


……っ、やば。思ったより深い。

 足がつかないし、服が水を吸って重い。慌てて手足を動かすけれど、身体が思うように動いてくれない。

水面が遠い、どうにか——、

 

 

『あれ、夜明けの子だ。夜明けの子、』



 ————……はい、!?




 

 

 



第二話『少年少女の休日』、いかがでしたでしょうか!


水切りをしようとしただけなのに、魔力を込めて石を吹っ飛ばすアル。二度目で成功したと思ったら、今度はセレネを助けようとして自分が川に落ちてしまいました。


……アル、災難続きですね。


そして最後に現れた謎の声。「夜明けの子」とは一体何なのか。


次回もよろしくお願いします!

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