プロローグⅢ 終わりへ続く旅
それからの旅は、長かった。
透は仲間たちと、見えざる同行者として一緒に旅をした。
村を救い、魔物を倒し、困っている人がいれば手を差し伸べる。
最初の頃、俺はただそれを眺めていた。
へぇ……勇者って、こんなことするんだな……。
まるで映画を見ているような感覚だった。
アルセインが剣を振る。
レオンが隣で戦う。
セレネが魔法を放つ。
エリシアが傷ついた仲間を癒やす。
ルカが敵の隙を突き、ガルドが武器を振るい、フィンが必死に食らいつく。
そんな光景を、俺はただ見ていた。
けれど、旅を続けるうちに、それだけではなくなっていった。
夜になれば焚き火を囲み、その日にあった出来事を語り合う。
レオンとは剣を交え、互いの腕を磨いた。セレネには魔法を教えてもらい、うまくいかずに何度も笑われた。ルカには何かにつけてからかわれ、そのたびに振り回された。
ガルドには武器の手入れを任せ、傷んだ箇所を見つけられては説教された。
エリシアには、戦いで負った傷を何度も治してもらった。
フィンは、まるで自分のことのようにアルセインの活躍を嬉しそうに語った。
そんな時間を重ねるうちに、俺は少しずつ彼らのことを知っていった。
レオンはぶっきらぼうに見えて、誰よりも仲間を気にしている。
セレネは厳しいけれど、アルセインが無理をすればすぐに気づく。
ルカはふざけてばかりいるようで、危ないときには真っ先に仲間を助ける。
ガルドは口うるさいが、仲間の武器を誰よりも大切に扱う。
エリシアはいつも皆のことを見ている。
そしてフィンは、アルセインの背中を追いかけることを心から楽しんでいる。
そんな六人を見ているうちに、俺はようやく気づいた。
こいつ、本当に仲間が好きだったんだな。
アルセインは、仲間たちといるときだけ少しだけ子供っぽく笑う。
レオンとくだらないことで張り合い、セレネに怒られ、ルカにからかわれ、ガルドに叱られ、エリシアに心配され、フィンに憧れの眼差しを向けられる。
その一つ一つを、アルセインは当たり前のように受け入れていた。
それが、俺には少し羨ましく見えた
……いいな
そんな言葉が、ふと浮かぶほどだ。自分でも驚きである。
最初はただの夢だった。
アルセインの人生を見ているだけだった。
それなのに。いつの間にか、レオンが傷つけば心配になった。
セレネが無茶をすれば気になった。
ルカが馬鹿なことをすれば呆れながらも笑ってしまった。
ガルドが武器を磨いている姿を見ると、なんとなく安心した。
エリシアが皆を心配している姿を見ると、彼女にも無理をしてほしくないと思った。
フィンが嬉しそうにアルセインの話をしていると、なんだか自分まで嬉しくなった。
……夢なのにな
もう、「アルセインの仲間」というだけではなかった。
いつの間にか俺にとっても、この六人は大切な存在になっていた。ただの夢であるのに関わらずにだ。馬鹿にされても仕方がないと思う。
不思議なことにアルセインに同調してしまっている。演者が役に囚われるように、
この物語はアルセインのもので、俺のものではないからだ。そもそもこの清廉潔白な勇者とニートで心配ばかりかけて、のうのうと生きている俺と比べられるものではない。
「明日、魔王と対峙する。頑張ろうみんな」
「勿論。アル。いつもみたいにお寝坊しちゃだめだからね?」
「しないよ!?そんなこと!!」
「え〜、どうかにゃあ? このルカ様が朝一番に起こしてあげようか?」
「ルカ??」
目の前の場面では、真面目な顔をしてそう言ったアルセインを揶揄うセレネと、便乗するルカに、困惑している日常会話が続いていた。フィンは目を輝かしてアルセインの話を聞いて、ガルドとレオンは、それぞれ武器の手入れをしていた。
この光景を見ていた俺は
この先に何が待っているのかなんて、このときの俺はまだ知らなかった。アルセインが時々、何も見ていないようになにかを見ていることも気づきもせず
ただ、できることなら――
この時間が、ずっと続けばいい。
そんなことを、初めて願っていた。
そうして、魔王がいる城へと、勇者一行――アルセインたちはやってきた。
ここまで来れば、RPGではお約束だ。待ち受けるのは、魔王に仕える四天王たち。
俺はその戦いを、ただ見守ることしかできない。
ただし、アルセインたちは六人揃って旅をしてきたわけではなかった。
聖王国エルディアにある拠点を中心に、魔王討伐に向けた攻防を繰り返していた。
攻めて、守って。傷ついては戻り、また戦場へ向かう。
そうして長い戦いの末、ついに最後の四天王との決戦が始まった。
激しい戦いだった。
アルセインが前へ出る。
レオンがその隣で剣を振るう。
セレネの魔法が戦場を駆け、エリシアが仲間たちを支える。
ルカとフィンが敵の隙を突き、ガルドが力強く武器を振るう。
そして――一瞬の隙が生まれた。
四天王の攻撃が、アルセインへ向かって放たれる。
避けられない。
そう思った瞬間。
「――アルセイン!」
レオンが飛び込んだ。
代わりに、その一撃を受ける。
「レオン!!!!」
アルセインが叫んだ。
レオンの身体が大きく吹き飛び、地面へ叩きつけられる。
駆け寄ったアルセインの顔は、今まで見たことがないほど酷かった。顔色を失い、目を見開き、呼吸さえ乱している。
まるで――自分自身が大怪我を負ったかのように狼狽えていた。
「構うな!!!」
それでもレオンは怒鳴る。
アルセインが何か言おうとした瞬間、レオンは痛みに顔を歪めながら、その胸ぐらを掴んだ。そして、思い切り睨みつける。
前から思ってたけどこいつら、世界平和のために命かけて、覚悟決まりすぎねぇか?
いくら、誠実で清廉潔白で理想の勇者でも、親友が死にかけるとああなるのか…。
でも――勇者だろうが聖女だろうが、親友が自分を庇って死にかけたら怖いに決まっている。
……人間なんだ。
勇者になる前に、あいつはアルセインなんだから。
ましてや、親友が自分を庇って死にかけたら――。………怖いわ人間だぞ。俺だって友や母さんを失うのは怖い。
勇者以前にあいつはアルセインだしな。きっと世界なん
かよりも1番身近な大事な仲間を守りたいだろうな。
やがて、エリシアの治癒によってレオンの傷はどうにか塞がっていった。完全に無傷とはいかなかったが――少なくとも、命は助かった。
それを確認した瞬間、アルセインの肩から力が抜ける。
安堵したように息を吐く。
そんなアルセインの頭を、レオンが雑に撫でた。
「……心配かけさせた」
まるで叱るような仕草だった。
アルセインは困ったように笑う。
その二人の姿を見ながら、俺もようやく息を吐いた。
それを繰り返して、繰り返して――。
長い旅の果てに、ついにアルセインたちは魔王の城へと辿り着いた。
そして、激しい戦いの末。
彼らはとうとう、魔王を倒した。
世界を救ったのだ。
あーー、長かった!
これでようやく、この夢から覚めることができるだろう。
長々と見せられた勇者の人生も、魔王との戦いも、これで終わりだ。
動かない身体の代わりに、想像の中で思い切り身体を伸ばす。
あー、疲れた。
……いや、俺は何もしてないんだけどさ。
ずっと見ていただけなのに、妙に疲労感がある。
終わるかと思うと、少し寂しいものがある。
こんなに印象深い夢を見てしまって、寝る前にやっていたゲームの内容が既に朧気だ。
相変わらず、俺の身体は動かない。
ただ、目の前に広がる光景だけが、ゆっくりと続いていく。
……あれ?
俺、まだ起きないの?
そう思って、もう一度前を向けば――景色が変わっていた。
え?
目の前に広がっていたのは、聖王国エルディアの大通りだった。通りには色とりどりの旗が掲げられ、無数の花びらが空を舞っている。楽団の華やかな音楽が響き渡り、道の両脇には大勢の国民が集まっていた。
「勇者様だ!」
「アルセイン様ー!」
「六英傑万歳!」
歓声が街中に響き渡る。
その中央を、アルセインと六人の英傑が歩いていた。
アルセインが手を振れば、さらに大きな歓声が上がる。レオンやセレネたちも笑顔で応え、空からは祝福するように花びらが降り注いでいた。
鐘が鳴り響き、子供たちは声を上げ、大人たちは涙を浮かべながら英雄たちを見つめている。
世界を救った英雄たちの、華やかな凱旋。
その中心にいるのは――勇者アルセインだった。俺は、ただその光景を見つめていた。
眩しい。あまりにも眩しい。
これぞ勇者。これぞ、物語のエンディング。
誰もが笑っていて、誰もが幸せそうで。
これで終わりなんだ
――そう、思った。はずだ。だが、………………
もう一度確認のために言うと、俺の視点はアルセインがいる場所だけだ。
だから、いやでも目に入る。あいつの顔が。
レオンも、セレネも、エリシアも、ルカも、いつも仏頂面のガルドも、フィンに至っては全てが緩んだ顔で破顔している。
みんな笑っている。みんな喜んでいる。
なのに、なぜ肝心の勇者が
なぜそんな顔をしている?
それに気づいた途端、周囲の音が消えた。
その瞬間だった。
アルセインを除いた周囲の動きが、ゆっくりになった。
先ほどまで聞こえていた歓声が、引き伸ばされたように低くなる。笑っていた仲間たちの表情も、風に揺れていた旗も、何もかもが異様なほどゆっくりと動いている。
まるで――アルセインと、周囲の時間だけが噛み違ってしまったかのように。
心臓の音が周囲に、アルセインに聞こえそうな音をしている。
しょうがないだろ、だってアルセインは、魔王を倒して平和を齎した本人で、今回の主役のはずなのに、
もう一度、アルセインの顔を見た。
そして――息を呑んだ。
そこには、先ほどまでの喜びなど欠片も残っていなかった。
全ての感情が抜け落ちてしまったような顔。
何かを見ているはずなのに、何も見ていない。
まるで深淵を覗き込んでいるような――あるいは、深淵の向こう側からこちらを見ているような目だった。
その視線は、俺たちのいる場所よりも、ずっと遠くを見ている。
いや。もしかすると――この世界そのものを見ていないのかもしれない。
俺がそう思うほどの、昏い瞳だった。あの穏やかな朝の青い空の色はどこにもなかった。
アルセインが、こちらを振り返っている。
「…………」
ゆっくりと。
まるで、そこに誰かがいることを確かめるように。
そして――そのまま、目が合った。
え? 目が、合った?
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
いや、言われてすらいない。
ただ、目が合っただけだ。
でも、それがおかしい。
だって俺は、ここにいるだけだ。
ずっとそうだった。
アルセインの人生を、外側から眺めている。身体を動かすこともできない。
声を出すこともできない。
アルセインに触れることすらできない。
俺はただ、この夢を見ているだけ。
そういうものだと思っていた。
なのに――
今、アルセインは確かに俺をなんも感情が載っていない瞳で見ている。
「…………」
心臓が、どくん、と跳ねた。
いや。
夢の中なのに、心臓が跳ねたことだけは妙にはっきりと分かった。
待て、待って、待て待て待て、待てって
思わず後ずさろうとする。
けれど、身体は動かない。アルセインは何も言わない。
ただ、こちらを見ている。その青い瞳が、まっすぐに俺を捉えている。
まるで――最初から、俺がここにいることを知っていたかのように。
気づけば白い空間、俺とアルセインだけがいた。
俺たちは見つめ合う。どう足掻いても、アルセインは俺を認識している。それはなぜか?それは俺も聞きてぇよ。
目の前のアルセインが1歩俺に近づく。
数歩歩いて止まれば、静かに口を開いた。
「……………、…………、天城透」
俺の名前だ。
擦り切れた声で俺の名前をよんだ。なぜそんな声を、なぜそんな顔で、俺の顔に触れるんだ。
アルセインは、ほんの少しだけ笑った。
その笑顔は、今まで俺が見てきた「勇者の笑顔」とは違っていた。
疲れている。
悲しんでいる。
それでも――どこか優しい。
まるで、すべてを受け入れてしまったような笑顔だった。
そして、アルセインは静かに口を開く。
「――これから君が、勇者を背負うことになる」
この言葉は俺に言っているのか?
言っている言葉の意味が、分からない。
俺が?
勇者を?
どうして?
こうして世界は救われた。
魔王は倒された。
アルセインと六人の英傑は人々から祝福され、物語はめでたく結末へと辿り着いたはずだ。
なのに――どうして。
これから俺が、勇者を背負う?
「……何を、言ってるんだ?」
声にしたつもりだった。
けれど、やっぱり声は出ない。
アルセインは答えない。
ただ、俺を見つめている。
その瞳には、さっきまでの凱旋の光景には似つかわしくないほどの疲労と悲しみが滲んでいた。
まるで――これから起こることを、ずっと前から知っているかのように。
アルセインは俺をゆっくり突き飛ばして、俺は落ちる感覚がして、意識が朦朧とする。まるで夢から覚めるような感覚だ。
最後に、アルセインの声が聞こえた。
「………………神を信じるな」
その言葉を最後に、意識が途切れた。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ、真っ暗な闇だけが広がっている。
その向こうで――何かが燃えた。
街が。
人々が。
アルセインと六人の英傑が。
さっきまであれほど眩しく輝いていた世界のすべてが、炎に呑まれていく。
そんな光景を見たような気がした。
けれど、それすらもすぐに闇へと沈んでいく。
そして――俺の意識も、完全に途切れた。
やっとプロローグ終わった‼️
もし良ければ感想などをください




