記憶の中のわたし
わたしたちは、毎日、当たり前のように「わたし」と呼んでいます。
でも、
その「わたし」とは、いったい誰なのでしょう。
考えているのは誰。
感じているのは誰。
思い出しているのは誰。
そんな問いが、ある日、静かに心に浮かびました。
この物語は、その問いを追いかける旅です。
答えを教えるための本ではありません。
問いを持ったまま、一緒に歩いていくための本です。
ーーでは、頭の中で話している「わたし」とは、
いったい誰なのだろう。
その問いが心に残ったまま、ふと、こんなことを思った。
なぜ人は、過去の話をするのだろう。
「あのとき、こうだった。」
「昔はこうだった。」
「あの経験があったから、今の自分がいる。」
わたしたちは、気づかないうちに、
何度も過去を振り返り、
過去を言葉にしている。
それはなぜだろう。
もしかすると、
今の「わたし」は、過去から続く流れの中で、
生きているからかもしれない。
これまでに見てきた景色。
出会ってきた人。
心が動いた出来事。
うれしかったこと。
悲しかったこと。
忘れられない記憶。
そのひとつひとつが、今の自分の感じ方や、
ものの見方をつくっている。
まるで、過去の周波数とつながりながら、
今という瞬間を生きているように。
記憶が、今の「わたし」をつくっているのだろうか。
経験が、「わたし」という輪郭を描いているのだろうか。
もしそうだとしたらーー
過去を書き換えることができたなら、
今の「わたし」も変わるのだろうか。
それともーー
過去の記憶を見つめている、もっと奥の
「ほんとうのわたし」がいるのだろうか。
そのとき、静かにひとつの問いが降りてきた。
ーーでは、記憶のさらに奥には、何が眠っているのだろう?
「わたしとは誰なのか。」
その問いに、ひとつの答えは見つかったでしょうか。
あるいは、答えよりも、新しい問いが生まれたかもしれません。
それでいいのだと思います。
問いは、終わるためにあるのではなく、
新しい景色へと導くためにあるからです。
「今、感じているのは誰だろう。」
「記憶の奥には、何が眠っているのだろう。」
その問いの先で、あなただけの答えが、
静かに見つかることを願っています。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。




