表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
問いの冒険日記  作者: suu369


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/21

比べる世界

この物語は、「比べること」を否定するために

書いたものではありません。


わたしたちは気づかないうちに、誰かと比べ、

足りないものを探しながら生きています。


でも、


もしその「足りない」という感覚に理由があるとしたら。


この物語は、その理由を探す、小さな旅です。


答えを教える物語ではありません。

なぜ人は、比べてしまうのだろう。


あの人のほうがすごい。

自分には足りない。


もっと持っていなけれれば。

もっと認められなければ。


気づけは、わたしたちは、

誰かと自分を並べながら、

生きていることがある。


それはなぜだろう。


もしかするとーー


人は、自分にないものを埋めたくなるのかもしれない。


足りないと感じるから。

欠けているように感じるから。


だから、


外側を見て、比べてしまう。


優れている人。

持っている人。

輝いて見える人。


その姿に「自分にないもの」を重ねてしまう。


そして、


もっと上へ。


もっと強く。


もっと認められる存在へ。


そうして、競争の世界が生まれていく。


けれどーー


本当に、わたしたちは足りなかったのだろう。


それとも。


「足りない」と思い込む世界の中で、

生きてきただけなのだろうか。


もし、


自分だけの強みがあることを、

本当の意味で理解していたなら。


そして、


相手には相手だけの強みがあると、

受け入れられていたなら。


わたしたちは、

今ほど外側を見なくなるのかもしれない。


比べるのではなく。

奪い合うのでもなく。


違いを認め合いながら、それぞれの役割を生きていく。


それは、


競争ではなく、共創の世界なのかもしれない。


そのとき、


静かにひとつの問いが降りてきた。


ーーでは、「足りない」という感覚は、いったいどこで生まれたのだろう。

出発点にある「足りない」という感覚は、

誰かに教えられたものだったのか。


社会の中で育まれたものだったのか。


それとも、


自分自身が信じるようになったものだったのか。


その答えは、一人ひとり違います。


「足りない」という感覚は、いったいどこで生まれたのだろう。


最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ