6.鞭蛛の通過儀礼
いくつもの山を越え、岩だらけのエリアに入った。
そのうち切り立つ岩壁に挟まれた、水の涸れた割谷にさしかかった。谷は徐々に狭まり、やがて行き止まりにぶつかった。
いや、行き止まりではない。天然の洞穴が口を開けていたんだ。
中を見た。
はるか30メートルくらい向こうに出口らしい光が見えた。
ただし、背を屈めねばならないほど窮屈だ。これは骨が折れそうだ。
案内人が言うには、ここから先は私一人で入れ、自分の役目はここまでだ、と言う。この天然隧道を抜けてすぐのところに、目的の湖があるらしい。
――今にして思えば、この暗闇の回廊こそ、島に到達するための通過儀礼であったにちがいない。
意を決して洞穴に足を踏み入れた。
私はフラッシュライトの光で足元を照らしながら進んだ。
はじめのうちこそ、なんともなかった。
洞穴の中ほどまで達したとき、私は中国雲南省の手洗い洗礼を受ける羽目になった。
ザワザワザワザワザワザワザワザワザワ……。
いきなり腕や首筋と言わず、身体じゅうなにかが群がった。
反射的に生理的嫌悪感で拒否したくなるような蠢き。硬くて棘のあるなにかが這い廻る感触がそこらじゅうに湧いた。
ライトの光を腕に当てる。
悲鳴を上げずにはいられなかった。
虫だ。
それもおびただしい数の、手のひらサイズの虫が全身に集っているんだ。
我を忘れて、出口に向かってダッシュした。
天井に頭をぶつけようがお構いなしだった。ジャングルブーツで、いくつもの虫を踏み潰した。
どうにか洞穴から飛び出し、下草の上に転がり込んだ。ジャケットを脱いで、纏わりついている虫を振り払ったさ。
ゴキブリではない。
アシダカグモとサソリとカマドウマを掛け合わせたようなビジュアル――これは世界三大奇虫のひとつとされるウデムシではないか。中国での呼び名は鞭蛛。
幸い日本には棲息していないけどね。昆虫マニアの間でペットとして流通しているらしいが、願わくは、国内で誤って放さないで欲しい。こんなのが増えたくらいなら、虫嫌いの人はたまらないだろう……。
ひな子さんはご存じない?
だったら話すのを待ってやるから、スマホで画像検索してみな。
……どうやら案の定の反応だね。君の悲鳴が頭に突き刺さりそうだよ。
平らな身体はいかにも硬い殻に覆われている。体長は手のひらを広げたサイズもいれば、ごく小さなものまでさまざま。鞭のような6本の長い歩脚を広げれば、優に15センチを超える大型個体までいる。文字通り、腕のように発達した触肢は折り畳まれており、その部分だけ見ればカニかサソリにも似ている。オスの腕は巨大で、メスのそれは小さい。
クモやサソリの系統かと思いきや、毒腺は持っておらず、外見こそ危険生物に見えるが無害さ。つまり不快害虫でしかないのだ。ふだんは森林から出る有機物を分解するおとなしい掃除屋なんだ。
気を取り直して、私は前進した。
どうやらウデムシの群れは洞穴からは出てこられないらしい。テリトリーを侵した私に抗議する意味で襲ったにすぎないのだろう。
すぐに湖畔に出た。
湖は向こう岸が霞んで見えるほど広く、水深も深かろう。得体の知れない大型魚が群れを成して泳いでいる。
その中央に、例の慕西島がそそり立っていた。
先人と同じ轍を踏まぬためにも、どこかに島のてっぺんまで行く手段があるのではないか。
双眼鏡を眼に当てる。
なるほど男根状の円柱である。岩壁はみごとにツルツル。直径はおよそ30メートルほどか。
長老が言ったように、高さ100メートル超。てっぺんの台地は岸からでは見えないが、恐らく比較的平らになっていると思われる。
ところどころ色鮮やかな草花が生えていた。あれこそが天梯草ではないか?
しばらく湖畔をぐるりと調査した結果、やはり攻略法は見つからなかった。
やはり虹の架け橋がかかるのを待つしかないのか――そんな現実離れした奇蹟が、本当に起こるものなのか?
私はふたたび洞穴をくぐり、ウデムシに悩まされながら、もと来た道を戻った。
◆◆◆◆◆
雨を待つ根比べは、1カ月がすぎても実らなかった。
テレビで天気予報をチェックしても、せいぜい薄い雲がかかるだけで、降雨の気配はからきしなんだ。
むろん、長老を筆頭に畢摩たちも雨乞いの儀式でバックアップしてくれた。
太鼓を叩き、巫女が舞い、長老たちが総出で唄う。村長たちも一緒に祈ってくれた。
それにしても、なぜ畢摩の長老は、それなりに賄賂を渡したとはいえ、慕西島に渡る唯一の方法を私にだけ教えてくれたのか。かたや上海の富豪連中には黙っていたのか?
長老はこう洩らした――上海の連中らの傍若無人のふるまいに、口が裂けても教えるまいと誓ったのだという。子どもに至るまで、絶対秘密を死守せよと、箝口令を敷いたらしい。
少なくとも私はイ族の懐に飛び込み、誠実さを示した。彼らの信頼を勝ち取れたのだ。商社マン仕込みのコミュニケーション能力があったからこそなし得たんだと思っている。
はたして雨乞いの儀式が功を奏したか――。
3日後の夕方、念願の雨が降ったんだ。
儀式をしようがするまいが、遅かれ早かれ乾季であろうとなかろうと自然のサイクルで降雨は齎されただろう。しかしながら、私にとっては天に祈りが届いた奇蹟の慈雨と言えよう。
雨は夜通し続いた。
あいにく翌日になっても止まず、私をはじめ、長老たちも気を揉んだときだった。
午後2時を回ったころ、ようやく天気は小康状態になった。黒い雨雲が薄くなった。
長老たちはあごをしゃくって、私を急かせた。
すぐに着替え、装備を整えると、とるものもとりあえず現地に向かった。
片道2時間をかけ、またぞろ洞穴をくぐり、いやらしいウデムシまみれになりながら、湖畔に到達したときだった。
そのころには雨はほぼ止んでいた。
しばらく待っていると、雲間が裂け、柔らかな陽光が差し込み、ジャングルの平地の一部をスポットライトのように照らした。
その眺めは幻想的で、まるで汚れなき乙女に寄り添うユニコーンのように現実離れしていた。
雨雲が西の空に去り、カーテンの襞のような陽ざしが差しはじめた。
だしぬけに奇蹟のアーチは姿を現した。
虹は大気中に漂う雨滴の内部で光が反射し、分散することで、あの独特な模様が顕れる光学現象である。太陽とプリズムとなる雨粒、そして観察者が見る角度によって生じるのだ。




