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【虹を渡った男】なぜ『虹』という漢字は虫偏なのか?【中国雲南省由来の異説】  作者: 尾妻 和宥


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4.【なんでも屋】中国雲南省でのミッション

 ……いい質問だ。

 私がなぜ彼らに重宝されるか、についてか?

 単に腕っぷしの強い傭兵マーセナリーではない。


 【なんでも屋】は、長年商社マンで鍛えられた適応力と幅広い人脈、どんな僻地に行ったとしても、コミュニティにわずかな時間のうちに溶け込み、使える人間を見つけ出す嗅覚、そして例え恐ろしい相手ともビジネスライクに交渉を成立させるタフなメンタルをそなえているからこそ、私は引く手あまたってわけさ。手前味噌で恐縮だがね。もっとも、麗しい女性にはとんと頭が上がらないんだが。


 いずれにしろ、こんなスリリングな肩書は他にあるだろうか?

 私みたいな寂しい単身者にとって、刺激的な毎日だからこそ、今まで無我夢中で走ってこれた。したがって婚期を逃がしたのも当然かもしれないね。


◆◆◆◆◆


 ま、それはさておきだ。

 前置きが長くなった。ここからが本題だ。

 このエピソードは、私が中国は雲南省うんなんしょうでのミッションを任されたときの話だ。かれこれ13年前の出来事になる。




 雲南省は中国でも最西南部にあたる。南部はベトナム・ラオスと国境を接し、南部から西部にかけてはミャンマーと隣接することで知られている。


 一般的に、中国全土は荒涼たる岩山が多いなか、雲南省は緑の森林が豊かな地区でもある。

 おまけに地形は複雑極まりない。南の低地では亜熱帯性気候もあれば、北の高山地帯となると亜寒帯性気候と、多様性に富んでいるんだ。北部にはチベットとの境界近くに梅里雪山ばいりせつざんの主峰、カワカブがそびえている。標高は6,740メートルに達するほどだ。


 それだけに動植物相が豊富で、とりわけ園芸の分野においては新種の花卉かき(花の咲く草、観賞用に栽培する植物)の産地として知られている。

 他にも鉱物資源にも恵まれ、すず、亜鉛、鉛、カドミウム、インジウム、タリウムの埋蔵は、なんと中国最大規模を誇るんだ。商社マンにとっては垂涎すいぜんの的と言えるだろうね。




 今回のクライアントは、ある富豪だった。

 ミッションの内容はこうだ――南部地方の、ミャンマーに近い山奥に名もなき湖がある。

 湖の真ん中にひっそりと小島が浮かんでいるというんだ。


 島のてっぺんが台地になっている。

 周辺に住む少数民族であるイ族――中国西部の古羌こきょうの子孫であるとされている民族だ。古羌こそ、チベット族、納西なし族、きょう族の先祖でもあると言われている。


 イ族の有力者いわく――その島の台地にだけ、稀少な高山植物がひっそりと咲くというのだ。

 その名を『天梯草てんていそう』と呼ぶ。

 天梯草――読んで字のごとし。天まで登る梯子はしごと例えられている……。


 この草は単体では、なんの変哲もない草花にすぎない。しかしながら加工することで、優れた生薬になる。

 どうだい、君に質問だ。なんの薬になると思う?




 はは……。不老不死の薬だって?

 秦の始皇帝じゃあるまいし、自分とこの国にあるなら、わざわざ徐福船団を日本に寄こさないさ。

 ズバリ答えを教えてあげよう――それは伝説の発毛剤(、、、)になるってことだ。


 オイオイ……。いま、君はえらく大笑いしてるが、世の薄毛で悩む男性たちに失礼じゃないか?

 どんなに巨万の富を築き、権力を得ようとも、ハゲで真剣に悩み、カツラを手放せない人はゴマンといる。


 かくいうクライアントも、側頭部がわずかに残っているだけで、みごとな禿頭とくとうだった。それが唯一の悩みの種だそうだ。せっかく金も名誉も、美女だって手に入れたんだから、それくらい眼をつぶれよ、と思わないでもないが。


 話がわきに逸れたな。元に戻そう。

 とにかく、このイ族にだけ伝わる天梯草の効力をもってすれば、たちどころに毛が生えてきて、剛毛間違いなし。


 余談だが、ここが重要だ――育毛剤(、、、)だと、今生き残っている毛にしか効果がないが、死んだ毛根から毛を蘇らせるのが発毛剤(、、、)なんだ。


 一部、その発毛剤が市場で出回り、財力ある者たちが大枚はたいて争奪戦がくり広げられたというから、いかに図抜けた評判がわかるだろう。

 クライアントも喉から手が出るほど欲しく、いっそのこと現地を特定し、じかに天梯草を採ってきてくれと懇願したわけさ。


 のみならずだ。

 大量の天梯草を採集できれば、さらに別の土地での移植栽培が可能なら、いずれは毛生え薬を量産できる。ひと儲けできるだろう。


 とすれば、薄毛で悩める世の男たちにとって救世主となる。ハゲに貴賤きせんはない。すべての同志たちを心から喜ばせたい。お手ごろ価格でね。

 そんな思いで私の腕を買われ、私は二つ返事で応じたわけさ。成功した際の報酬も破格だったしね。




 私はイ族出身の通訳の男をつれて、さっそく現地へ飛んだ。

 季節はちょうど春だった。

 車に乗り継ぎ、湖の近くに少数民族の集落へと足を運んだ。

 イ族の村長にビジネスの交渉に出たんだ。


 村長はそれならばと、集落の外れに住む長老を紹介してくれた。

 この長老こそ、イ族のシャーマンである畢摩ビモの頭領でもあったんだ。


 畢摩ってのは、神から予言能力を与えられ、神との交信によって祭祀さいし託宣たくせん、占いや治療などをするイ族の原始宗教の神官のような役職を意味するという。


 単なる拝み屋ではない。

 独自の『イ文字』で記された経典を読み解いたり、一族の系譜に詳しい『歴史家』であり、『預言者』を兼ねた『医師』でもあるってわけさ。わかりやすく例えりゃ、琉球王国の祝女ノロに匹敵する存在ってことだな。


◆◆◆◆◆


天梯草てんていそうの在り処についてか。やれやれ、日本人はずいぶんと情報通だな。どれだけ山奥に秘境が隠されていようとも丸裸にされてしまう」


 草ぶきのいおりの奥で胡坐あぐらをかいた長老は言った。

 アジア系にありがちなのっぺりとした顔立ちではなく、南方系の彫りの深い人だった。赤を基調とした絢爛な民族衣装を着ている。むろん、かたわらで通訳の男を介しているわけさ。


「その湖の小島に渡りたいと思うんですが、なにか問題はありますか?」


 と、私は訊いた。

 言うまでもなく、『なんでも屋』であることは伏せてある。ここへは純粋に一個人として取引に来たと伝えてあった。まかり間違っても、毛生え薬のために根こそぎ乱獲したいとは言うべきではない。


「あの湖中こちゅうの島は慕西(ムシ・ボ)島と言ってな。イ族の言語で『天の断崖』を意味する。我々にとっての聖地だ」

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