3.不快害虫に生きる資格はない
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――この場で家守は多くを語らなかったが、彼は独身者だった。
親から継いだ遺産もあったし、商社マンと【なんでも屋】をかけ持ちしていた時代の蓄えもあり、経済的には困ったことはなかった。今の平凡な事務の仕事がハネると、思うさまショッピングし、ゴージャスな夕飯を楽しみ、バーへ足を運ぶのを常としていた。
じつはこの家守、いつも心に一抹の寂しさを抱えていた。
恋人が欲しかった。有体にいえば結婚したくてしたくてたまらなかったのだ。だから夜ごと繁華街へくり出し、誰か気の合う女性がいないか、隙あらば声をかけていた。
とはいえ大抵の女性は、彼の第一印象からろくに口を利いてもらえないのが実情だった。
マッチングアプリにも登録している。今でこそ高年収というほどではないが貯蓄額につられ、何人かの女性がアプローチしてきた。デートに誘ったものの、二度目は続かず撃沈してばかりだった。催促のLINEをしても、ことごとく既読スルーの嵐。
うまくいかないのは、きっと生まれついての容姿がいけないんだと家守は思っていた。
生んでくれた両親を恨んだことはない。子どものころからそうやって苦杯を嘗めてきたので、したがって自己肯定感は高くはなかった。
いつもなら、こんな本田翼そっくりのギャルなら、容姿の美しさを褒め称え酒を奢ってやるのだが、今夜だけは違った。
不快害虫すら、この世からいなくなればいいという言葉は聞き捨てならない。
不快害虫を、見た目だけで判断するのもいかがなものか。
ましてやこの娘は、いけしゃあしゃあと「ハマグリやシジミ、カニは食べたら美味だからよしとしよう」と差別したのも許せない。キモメンは滅びるべきだけど、イケメンにかぎり除外される、と同義みたいなものだ。
それで不快害虫の代理というつもりではないが、ついムキになって間に割って入ってしまったのだ。
――「やっぱ虹は別格」だと?
ならばその虹にまつわるエピソードを使って、ひとつこの娘を懲らしめてやろう。
仕事柄、世界を渡り歩いてきた家守には、奇しくも虹と係わったとっておきの壮絶な体験があった。
そうとも。虹にはおぞましい一面がある。この世間知らずの娘に思い知らせてやる。
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――私はかつて、商社マンとして世界中を飛び回っていたものさ。トレーディング業務を任されていた。トレーディングっていうのは、簡単に言や、グローバル貿易における高度な仲介業務ってことさ。
さぞかし優雅な海外生活を送っていたんじゃないかって?
おあいにくさま。むしろ正反対だよ。
未開の地のインフラ整備なんか、文字どおり泥まみれになりながら売買契約を取り付けるんだ。誠実さはもちろん、タフなトラブル解決力を求められるもんだよ。
年間のおよそ半分を海外ですごすとはいえ、君みたいに、空調が効いた清潔なオフィスでスマートに交渉するばかりじゃない。もっぱら移動中の飛行機がオフィス代わり。今にして思えば、ずいぶん気忙しい生き方をしていたと思うな。
同時に、私にはもうひとつの顔があった。
せっかく地球上のあらゆる国へ出かけているんだ。【特殊物資回収人】としての肩書を持ってたんだ。
なんてことはない。なんでも屋さ。カッコよく表現するならば変わり種のトレジャーハンターってとこかな。おっと、これはオフレコだ。内緒にしておいてくれたまえ。
そもそも【特殊物資】とはなにを指すのか?
通常の【運び屋】や、一般的な商社は絶対に扱えないモノのことさ。
つまり、合法と違法の境界線にある品と言うべきか。
例えば内戦地帯への医療物資や通信機器、現地の反政府組織との交渉に使う裏資金――現金や金塊などを届ける役を仰せつかったりする。
なかには倫理的に表に出せない最先端の遺伝子サンプルや、出所不明の美術品、暗号化されたハードディスクなども対象となることだってある。――それが配送の仕事だ。
デリバリーに対し、回収の仕事だってある。
紛争地帯の研究所に秘匿された研究データや、沈没船からのお宝、墜落機から未回収のブラックボックス、あるいはクライアントにとって致命傷になるスキャンダルの証拠品、実験の失敗作など、『この世から消し去るべきモノ』の回収と隠滅も任されることもめずらしくない。
ふだんの商社マンとしての情報戦と、物流の構築が明暗を分けるといっても過言ではないね。
私は仕事の依頼が舞い込んだら、こういう手続きをとる。
クライアント――企業、大富豪、時には国家機関さえある――から仕事を受けると、現地の情勢、例えば軍の動き、現地にのさばるギャングの縄張りなどを徹底調査。安全にモノを運び出すための『裏の流通ルート』を独自に設計するのさ。
そのあと現地入りし、まずは『鍵』となる人物との接触を計る。
次に、身元を特定されないため偽装する――単なる観光客を装ったり、出稼ぎ労働者、買い付け業者などと偽り、潜入するわけさ。
時にはルートを通すために、現地のお偉方に鼻薬を嗅がせたり――鼻薬ってどんな意味かって? ズバリ賄賂だよ――、その土地の情報屋とコンタクトし、物資の正確な現在地を特定するのがスマートな攻略法と言えるだろうね。
じっさいにブツを確保したとする。
基本は誰にも気づかれず回収するに越したことはない。
しかしながら時には想定外のトラブル――『戦闘』に遭遇することもあり得る。いくらこちらは多少なりとも戦闘訓練を受けているとはいえ、多勢に無勢だ。
そんなときは圧倒的な交渉力、すなわちハッタリや利害の提示で穏便にことを収めるのがプロのやり方ってもんさ。
いただいたモノは、正規の税関を通せないケースがほとんどだ。
密輸ルートや私有コンテナ、時には外交官バッグなどの特権を生かし、国外へ運ぶ。クライアントに指定された『ニュートラルな場所』、例えばホテルの隠し部屋などで引き渡し、任務完了と相成るわけ。
……と、まあ普通の商社マンという表の顔と、裏では世界を股にかけ、命がけの活動を行っているってことさ。




