第3章39話『そんなに俺が嫌いか』
『そうだが?』
カナタの内面にいる存在――ビフロンは、渋ることなく、そう答えた。
やはりカナタの予想通り、ヴァサゴはビフロンに生み出された存在のようだ。
――それなら、
「お前は、この世界の人ってことだろ? そんなやつが、なんで俺と同じ魂なんだよ」
『まあ、色々あってな』
「色々ってまた適当だな。なんかあったのか?」
『――。俺の過去について、俺から話する気はない』
どうしてこの世界の存在であるビフロンとかナタの魂が同一のものなのか。それにビフロンはしっかりした説明なく、素っ気ない態度をとってきた。
「そう言われても、気になるものは気になるじゃんか」
『――はぁ、俺からしたらいい思い出はなくてな。いずれ、お前は思い出すはずだ。そのときに確認してくれ』
そう言って、ビフロンはなにも教えてくれようとしない。カナタからしたら意味不明な出来事が起きているが、ここは異世界。現実の常識に囚われて考えても仕方ない。
「――あ、てか思ったんだけどさ、俺って世界を滅ぼせる力を持ってるらしいんだ。これも、お前のものだったりする?」
『そうだな。俺のものだ。そして、ヴァサゴはその力を少しだけ分けた存在だ』
なるほど、つまりはヴァサゴも世界を滅ぼす力を持っていると。
――それは、かなり危険な気がするのだが。大丈夫だろうか。
「お前、世界をぶっ壊したりしないよな?」
『フッ、我がか? 我は特に、そこに関しては割とどうでもいい。壊してもいいし、壊さなくてもいい』
「そういう回答するやつが一番危ねえんだよ……」
否定も肯定もせず、絶妙な言い分だ。まあとりあえずはヴァサゴに世界を壊す気はないと信じよう。――信じれる。
「はぁ、まあいいや。俺は今日のんびり過ごして――」
『いや、ダメだ』
昨日はとても疲れたし、今日は図書室で本を読み漁っておこう、と思ったカナタ。しかし、内なる声はそれを留めた。
「なんだよ?」
『お前、意識を沈めることはできないか? 俺はもう一度外の世界を歩き回りたいのだが』
「――はぁ?」
できなくは、ないと思う。だが、こいつを外に出して大丈夫か。今の主導権はカナタが握っているが、ビフロンが主導権を持てばカナタは内に閉じ込められる。
自分の意識を外へ出せないのは、とても怖いのだが。
――しかし今のところ、悪い気は感じない。そもそもビフロンが何じゃやばいことをするつもりなら、起きたとされる深夜にでも全てぶっ壊していただろう。
――仕方、ない。信じよう。
「――。いいけど、お前が変なことしそうになったら身体奪い返すからな」
『俺だというのに、信用ないな。まあいいだろう』
「わかったよ……」
そう言って、カナタは目を閉じる。そのまま意識を段々と弱めて、眠るような感覚に陥った。
◆◇◆◇
カナタの意識が沈むと同時に、ビフロンの意識が入ってくる。すると、ビフロンは両手のひらを開いたり閉じたりし、
「――ふぅ、二度目の身体か。やはり、外を動けるのはいいものだな」
『絶ッ対に変なことするなよ?』
「わかっている。だから安心して――。ん?」
どこからか、視線を感じた。目の前にいるヴァサゴではない。内にいるカナタでもない。それならば、後ろから?
そう思って、屋敷の玄関に振り返るが、誰もいない。もしかしたら、ラインたちが見ていたかもと思ったが、違ったようだ。
「ん……」
それでもまだ、視線を感じる。背筋が凍る感覚だ。こんな感覚カナタは知らない。
――カナタは、知らない。今、この身体の主導権を握っているビフロンは、知っていた。
ただ「フッ」と笑うと、その黒い瞳を空に――、
もっと高くにある"なにか"へと向ける。そこからこちらを睨みつけてくる、瞳を。
「そんなに、俺がこの世にいるのが嫌いなのか」
嫌われている自覚はある。だが、ここまで憎悪の瞳を向けてもらっては、こちらとしても困ってしまう。
「はぁ、そうなると、そろそろ俺は誘拐されるか」
――この視線は、あいつのか。
『はぁ!? 何物騒なこと言ってんのお前!?』
突然、誘拐などといった単語を口に出すビフロンに、カナタは内から叫ぶ。だが、それももう遅い。
だって――、
◆◇◆◇
――再度ビフロンが目を開けると、そこはもう別の空間だった。金色の空に、真っ白な神殿が遠くになる神秘的な空間。現実離れしたその景色にビフロンは驚くことはせず、こちらに近づいてくる足音に耳を向けた。
「――なるほど。今の貴方はそうやって身体の主導権を交代できるんだ」
そう言って近づいてきたのは、腰まである金色の髪と瞳を持った美しい女――『時間の神』アスタリアだった。
その目は、昨日カナタを睨みつけたものと同じである。
「久しぶりだな、アスタリア。俺に何か用か?」
「貴方が主導権を握ったとなると、そう自由にさせておくわけにはいかないと思ってね」
「ハハッ、俺がなにか危険なことをするとでも? この少年も、お前と同じことを危惧していたぞ?」
「わたしは貴方のことも、その少年のことも嫌いだよ。だからできるだけ一緒にいたくないし話したくない。だから、ここから先はわたしの代わりに彼女に頼むよ」
そう言って、アスタリアは少し後ろへと下がった。同時に、歩いてくる音がビフロンの耳に入る。その正体も、男にはわかっている。
「はぁ、代わりというのはお前か、アリシアス」
「うん、ボクだよ」
今度は、銀色の髪に赤い目を持った女が現れた。ビフロンが「アリシアス」と呼んだ彼女は、真っ赤な目をビフロンに向ける。
「それじゃ、アスタリアに代わって、ここから先は『生と死の神』であるボクが、君との会話を続けるとしよう」




