第3章38話『同じ魂/別人格』
「おはよーヴァサゴ。どうだ? よく眠れたか?」
『――。貴様の方か。まあ、そこそこだな。特に変わりはない』
メイドのセレナとエルフィーネが作ってくれた朝食をとったあと、カナタは庭で寝ているヴァサゴのもとへと向かった。
でかい図体と羽を休ませていたが、カナタの声で起きたようだ。
『貴様こそ、よく眠れたのか?』
「うーん、なんか身体が重くてさ。まあ、昨日色々ありすぎたせいだと思ってるんだけど」
『なるほどそうか。だが、それは――』
――俺のせいだがな。
「……え? は?」
急に、声が聞こえてきた。どこか外から耳に入ってきたものではない。カナタの内から振動? いや、ヴァサゴのようなテレパシーみたいな感覚だった。
その声は、もう何度も聞いたことがある。
初めて聞いたのは、商店街であの男に《腐蝕の呪い》を受けたときだ。
「こんなものか? ――仕方がない」
そして、二度目。『知恵の神』アステナとともに、図書室で「神話」というタイトルの本を読んでいたとき。
「……ツ。……ツ。お前にはやってもらうことがある」
そんな声が。
そして、三度目。それは、龍ヴァサゴの名前を尋ねるときに、視界に流れてきた映像からだった。
ヴァサゴを眷属として生み出した男の、声だった。
そして、カナタが聞いた四度目が、今の言葉。
『――俺のせいだがな』
と、脳内に入った。幻聴、ではない。本当に聞こえた。カナタはすぐさま頭を抑え、「え?」と呟いた。
「な、んだ? 今の声……」
『なんだ、お前、聞こえたのか』
また、同じ声が。どこから発せられてるのかもわからない。ものすごく遠くから、カナタに向かってテレパシーでも飛ばしているのだろうか。
――それとも、
「俺の中に、誰かいる……?」
内から聞こえる言葉に、カナタはそんな疑問を持った。そしてそれに答えるように、
『ああ、いるぞ』
と、返ってきた。驚く、などといった感情よりまず先に、
「――ッ!!」
氷魔法で剣のようなものを作り出し、刃の先端を自分の胸へと向ける。
あまりにも一瞬で、何をしたいのかわからない行動に、ヴァサゴでさえでかい図体を揺らして動揺した。
「おま、お前、誰だ!? 俺の身体に入ってんのか!? 俺の中から出てけ!!」
カナタの必死の叫びと同時に、体内からは『はぁ』とため息をついた声が聞こえた。
『誰、とはまた心外だな。俺はお前だ。身体を共有しているのも当たり前のことだ』
「何言って……? 誰なんだお前!? なんだ? 俺って二重人格だったのか!?」
カナタじゃない意識が話しかけてくるくせに、向こうは「俺はお前」と言ってくる。もしや、これまでカナタが気づいていなかっただけで、別人格がいたのだろうか。
――いや、だとしても、だ。十七年間それに気づかず生活しているなんてありえない。
だとすると、考えられるのは、
「俺が異世界に来てから……なのか……?」
この世界に来てから別人格が生まれたのなら、気づかなかったのにも納得出来る。だが、そうだとしても、いつ、どこで人格が増えた?
一体、どこで――。
『――確かに、俺とお前は人格が違うぞ。だが、魂が同じだ』
「魂……? 俺とお前の? ――ていうか、なんで俺の考えてることわかって――」
『そりゃあ俺とお前は同一人物だからな。お前の考えていることは手に取るようにわかるぞ』
「――。――――。――――――。俺はお前の思考を読めないんだけど……?」
内にいる存在――『同居人』はカナタの思考がわかるようだ。しかし、カナタには『同居人』の気持ちがわからない。何を考えているのかも。
――このカナタの思考もまた、『同居人』は読めていた。だから、
『お前が、俺とお前を同一人物だと認めていないからだろうな。認めたら、俺の思考も読めるようになるぞ』
「そう言われて、はいそうですか。ってなると思うか? 今まで出てこなかったやつを同一人物と見ろと? てか、まず名前教えろ名前を」
『はぁ、仕方ない。俺の名は――。――――。ああ、そうだった。ビフロンだ』
「ビフロン? お前、名前言うの遅くなかった? もしかして自分の名前を忘れるくらいおっちょこちょいとか?」
『同居人』が名前を言う際、ちょっとした間があった。それが、自分の名前を思い出す間だとすれば、自分の名前を忘れるようなやつだと思った。
『半分正解といったところか。今日の深夜に俺の名前を決めたんだ。前の名前は捨てようと思ってな。「ビフロン」という名は、お前の記憶から取ったぞ』
「あー、どうりでなんか聞いたことあるなー。ヴァサゴ、ビフロンだろ? うーん……」
ヴァサゴといいビフロンといい、やっぱりどこかで聞いた名前だ。だが、今は出てこないし、考えるのは無駄だ。
――それに、今までの『同居人』――ビフロンの話を聞いて、思ったことがあった。
ヴァサゴを【大罪冠】のアジトから連れ去るとき、妙に馴れ馴れしい龍にカナタは「人違いしてるんじゃ?」と疑問を口にした。
そのときに、
『フッ。面白いことを言うな。貴様は我が見間違えるわけないだろう。我は貴様を顔ではなく、魂で判別しているからな』
と返ってきたのだ。
そして、さっきのビフロンの発言。
『――確かに、俺とお前は人格が違うぞ。だが、魂が同じだ』
そう、確かに言っていた。さらに加えて、昨日ラインがヴァサゴの名を聞くときに、カナタは何者かがヴァサゴに名付けしている記憶を見た。
その何者かと、作られたヴァサゴは眷属だ。同じ力を分け与えられた、存在だと。
それなら、もしかして、
「なあ、ビフロン」
『? なんだ?』
ちゃんと返答してくれるビフロンに、ありがたいと思いつつ、カナタは単なる反射的な防衛で胸に向けていた氷の剣を降ろし、一度深呼吸をする。そして――、
「ヴァサゴを生み出したのって、お前か?」
『そうだが?』




