第3章36話『入れ替わる人格』
――タッタッタッと、廊下を歩く音が、響く。とはいえ、この屋敷に寝てるやつらの耳に入るなんてことはない小さい音なのだが。
もう、おそらく深夜三時頃だろう。誰もいなくて暗い屋敷の階段を降りていくと、男――カナタは玄関の扉に向かう。
ゆっくり、ゆっくりと扉に近づき、その手をドアノブに――。
「――ふぅ……。あれ、カナタ君? どこに行くのかな?」
「――――」
突然後ろから声をかけられ、カナタはビクッとして後ろを振り向く。そこには、白銀の髪と瞳の美しい女――『知恵の神』アステナがいた。
「――? カナタ君?」
「ああ、ちょっとヴァサゴに会いに行こうと思って。俺たちが屋敷で寝てるのに、あいつだけ外なのは可哀想だろう?」
【大罪冠】のアジトから連れてきた龍のヴァサゴであるが、さすがにあの巨体を入れる部屋はなかったため、庭で眠っている。
それを可哀想だなぁと思ったカナタは、会いに行こうと思ったのだ。
「――。わざわざこんな時間にかい?」
「目が覚めたからな。お前だって、今起きているだろう」
「私はトイレに起きただけさ。すぐにでも部屋に戻って、ライン君と仲良く眠るよ」
「――ああ、そうか。それじゃ」
そして再度、カナタはドアノブに手を置く。そのまま捻り、ドアを開こうと――、
「――今の君は、どっちだい?」
「――。どっち、とは? 何のことだか」
「別に隠さなくても良いよ。君の意識がどんどん復活していくのはわかっていた。それに、カナタ君は私に敬語を使うけど、君は使わないじゃないか」
「――フッ」
ちょっとした無言のあと、カナタ? はそう笑った。そして、その瞳をアステナに向け、
「相変わらず、面倒な神だな。お前も」
「面倒と言われるのは心外だが……。君は、カナタ君の身体で動くのは初めてかい? 私が見た範囲だと、今回が初めてのようだけど」
「そうだな。これまでも何度かこいつの意識と入れ替わることがあった。こいつが気絶しているときとかな。だが、動くことができたのは今日が初だ」
これまでも、何度かあった。エヴァンス邸でカナタが気絶した時や、学園での気絶などと、この身体の持ち主と意識が移り変った。
だがしかし、その全てで身体を自由自在に動かすことはできなかった。
できたのは、今の意識ある存在が、カナタが起きていたときに起きた出来事の記憶の補完だけだった。
しかし今、カナタの身体を乗っ取る――というわけではないが、こうやって行動ができるようになっている。
「どうして動けるようになったのか……って思ったら、一つしか当てが思いつかないんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
どうしてそんな芸当が可能になったのか。
それはおそらく、
「「ヴァサゴ」」
のせいである。アステナと、カナタの身体を使っている存在――便宜上、『同居人』とでもしておくが、二人の意見が一致した。
あの龍が来てから、この症状が出たのだ。きっとなにかしているに違いない。
「まあ、そういうわけだ。俺はあいつに感謝でも伝えにいってやろうと思ってな」
そう言って外に出ようとする『同居人』の背中に向けて、アステナは右腕を構えた。
「このまま、行かせるとでも?」
「やめておけ。確かにお前は厄介だが、俺には勝てない。とはいえ、お前が負けることもないだろうがな。だが、やめておいた方が身のためだ」
「君がいつまでそうやって自由にできるか知らないけど、その身体には世界を滅ぼせる力も宿ってる。好き勝手出歩かせるわけにはいかないんだよ」
「この力は俺のものだ。俺がどう使おうが関係ないだろう。まあ安心しろ。俺が世界を滅ぼそうなんて物騒な真似、するわけないだろう?」
――余裕の表情をする『同居人』に、アステナは焦りを浮かべる。今この場で戦ったとして、勝てるわけが無い。
ただ、『知恵の神』として彼のこれからの行動を演算し、絶対に攻撃を喰らわないようにしながら攻撃を仕向けることは可能である。
だがそれで彼を倒せるとは到底思わない。――たとえそれが、人間の身体であったとしても。
「――はぁ、お前といい、『時間の神』といい、どうして俺を――この少年を快く思わないんだ?」
「君はともかく、カナタ君のことは嫌っていないよ。私はね。ただ、アスタリアたちは君もカナタ君のことも嫌ってるけど」
アステナも初めはカナタを信じられなかった側の神様だ。だが彼の日常生活を監視したりしていくうちに、まあ打ち解けたと思う。
また、ラインたちに嘘をつかれていることを【大罪冠】のボスに言われても、裏切ることもせずこちら側についた。
そんな少年を、アステナはまあ信じられるようになった。
しかし、目の前の『同居人』は話が別だ。危険なんて言葉じゃ示せないくらい、信頼がおけない。
「――好きにしろ。俺は嫌われて心を痛めるほどやわじゃない。俺はこの少年が起きる前に、早くヴァサゴと話をしたくてな。そろそろ行っていいだろう?」
――どう、するか。アステナは悩む。このまま好きに外に出させて良いのだろうか。見たところ、直感だが、悪意がありそうには到底思えない。
別に、危険なことが起きる気も、しない。
アステナが何も言わないのを見ると、『同居人』はフッと笑い、玄関の扉を開け、暗闇に消えていった。
◆◇◆◇
――身体が、動かない。なんだよ、これ……。




