第3章28話『龍の名前と』
――走る。視界にノイズが、走る。
「――お前の名前を教えてくれ」
それは、ラインから龍に向けて紡がれた言葉。だがしかし、龍が反応する前に、カナタの視界をノイズが包み込んだ。
頭痛は、ない。視界に映るのは、記憶だ。毎度毎度脳内に現れる、誰のものか全くわからない記憶。
視界が記憶に飲まれ、真っ暗な空間。――おそらく、【大罪冠】たちが使っていたあのアジトでの映像が流れてくる。
「――ッ」
片方は灰色の髪と瞳を持った男だ。カナタは、知らない男。その姿を一目見て、カナタはその存在を遠く――、身近に感じた。
そして、もう一方。それは他ならぬ、カナタたちを助けてくれた龍だ。
男と龍がお互いに向かい合い、見つめあっていた。
『――我は……』
「――目が覚めたか。おはよう。いや、はじめましてだな。我が眷属」
『眷属、だと?』
「ああ。お前は、俺の力を少し分けて生まれた存在だ。俺の、二頭目の眷属だ」
二人――いや、一人と一頭の会話が聞こえる。眷属。つまり、あの龍は、この男と同じ力を分け与えられた存在ということ。
『何のために、我を生み出した?』
「さあな。まあ、あれだ。お前に求めてるのは今ではない。五百……いや、千年後くらいか。お前の役目は、いつか必ずある。それまで、お前はここで暮らすんだ」
『――それが貴様の望みなら、いいだろう。受けてやる。――それで、我の名前はどうする?』
「名前、か。そうだな――」
男は手に顎を乗せ、考える。なにか良いのを考える。
――思いついたのか、男は顔を上げ、
「お前の名前は、ヴァサゴだ」
『ヴァサゴ……か。まあ、いいだろう。その名前で手を打ってやる』
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「――お前の名前を教えてくれ」
真っ直ぐ、ラインは龍を見つめる。だがしかし、龍は無言で教えようとはしない。
『我の名前を聞く前に、まずは貴様らが名乗――』
「ヴァサゴ……か。どっかで聞いたことある名前だよな……」
龍が名前を言う前に、カナタがその名前を呟いた。それにラインとレンゲは同時に「え?」と反応し、不思議そうにカナタを見つめ始めた。
「なんだ、お前、もう名前教えて貰ってたのか?」
「あ、いや、そういう訳じゃなくて……。知らない男が、こいつに名付けしてる記憶が流れてきたんだよ」
「なるほどな。で、こいつの名前はヴァサゴってわけか」
「そういうこと」
理由はわからないが、知らない記憶が流れてくるカナタのおかげで、名前は知れた。
ただ、ラインが気になったことといえば、
「どっかで聞いたことあるって言ってたな? 似たような名前の知り合いいたのか? 元の世界とかで」
「いやいや、少なくとも俺の国にヴァサゴって名前はいないな。多分。ただ、なんかで聞いたことがあって……。――あーくっそ、思い出せないな」
さすがに、全然日常で使わないことは、覚えていても瞬時に引き出せない。また、覚えていることが多すぎて脳内の引き出しが大量にあるため、どこにその知識をしまったのかわからない。
「でも、元の世界で見たものなんだよな……」
この世界で見たものではなく、確実に元の世界で見たもの、知ったものだ。だが、今は思い出せない。――仕方ないが、今は考えるのをやめよう。
そうカナタが思っていると、ラインは龍を見て口を開く。
「俺はライン。――で、この子は俺の大事な大事な妹のレンゲな」
「えへへー」
自分と、お姫様抱っこしたレンゲの紹介をする。それに、龍は特に反応することはなく、
『そうか。貴様らの名前など、興味ないのだが』
「先に名乗れっつったのお前だよな……?」
「ラインお兄ちゃん、私、セツナお姉ちゃんがこの龍と喧嘩した理由わかった気がする」
「うん、俺も」
この龍とは、セツナだけじゃなく、自分たちも仲良くやっていけないとわかった。
仲良くしようと考えるのは、もうやめよう。
「ったく、お前、なんでそんな冷たい態度ばかり取るんだよ?」
『我は貴様以外と仲良くやっていくつもりはない』
全く、カナタ以外と仲良くする気はないらしい。もう、それをどうこうするつもりはない。
「――ま、お前が無事で良かったよ、カナタ」
ため息をつき、頭をかきながら、ラインはカナタに向けてそう言った。
正直、ラインたちはかなり心配だったはずだ。男に連れ去られたあと、奴らの仲間になってしまうのではないかと。
――だが、四ツ子も四つ子で、カナタを元の世界に帰せるという重要なことを隠し通していたのも問題だ。
もしかしたら、カナタが四つ子への信用信頼をなくし、本当に裏切った場合もあっただろう。
だから、ラインたちとしては、とりあえずは安心だ。
「――そうだ。聞きたいことがある」
突然、カナタからそう切り出される。何を聞かれるのか、何を言い出すのか。そんなこと、すぐにラインにはわかった。だから覚悟を決めたように瞬きし、
「俺らがお前を元の世界に帰せる力を持っておきながら、隠していた理由、だろ?」




