第3章25話『避難』
――七つの大罪。すなわち、『嫉妬』、『暴食』、『傲慢』、『怠惰』、『強欲』、『色欲』、『憤怒』を司る【大罪冠】。
彼らは、男とともに新たなアジトへと移動した。
そこは以前のアジトと違い、地上にある。レガリア王国の、どこかに。
ファルレフィア邸ほどではないが、そこそこに広い屋敷を構え、八人が生活していける空間は確保してある。
「――へー、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様、いつの間にこんなの作ってたんですか?」
「何かあったときのために、結構前から作ってたよ」
『暴食』ヴェルドの質問に、男はリビングに置かれたソファーに座り、答える。すると、『怠惰』がだるそうに口を開き、
「でも、あたしたちの生活必需品はぜーんぶ置いてきちゃったなー。また買いに行くのもめんどくさーい……」
「あ、確かに。どうせあなたは外に出ないし、私が買ってこようか?」
『怠惰』に『嫉妬』リオネが同意して、その上に『怠惰』な彼女のために自分が買い物に行こうかと言い出した。そうしていると、
「――ああ、大丈夫さ。お前らの持ち物も、全部持ってきたから。それぞれの部屋に置いたよ」
「えっ、マジすか? いやー、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様は優しいですねー」
まさか、男が【大罪冠】たちの荷物を持ってきているとは誰もが思わなかった。部下のためにそこまでしてくれる男を褒めるようにヴェルドは言うのだが、
「――僕、優しいってあんま好きじゃないんだよ。言われたことないし」
――。うん、何やら触れずらいことを言い出したので、全員は口を閉じる。そして話題を逸らそうと、リオネが声を出す。
「えっと、あの少年を連れてくるの失敗したじゃないですか? これから私たち、どうすれば良いですか?」
――なるほど。それもそうだ。【大罪冠】全員が、気になっていた。どうして男がそこまでカナタに執着しているのか、誰も詳しく教わっていない。
ただ知っているのは、彼が世界を滅ぼせる力を持っていて、男の目的のためにそれが必要だということだけ。
――まあ、その情報の少なさが、リオネが学園でカナタに『嫉妬』する要因になっていたのだが。
「まさかあそこまで信じられないことを言ったのに、四つ子を信じるとは僕も想定外だったよ。彼らを見限って、僕らにつくと思ってたのに」
そう言いながら、男はポケットにしまっていた白い指輪を取り出し、手遊びするようにいじる。
「だけど、カナタ君の力も、四つ子の『創世神』の力もこれで十分手に入った。これからすることといえば――」
「「「「「「「することといえば?」」」」」」」
【大罪冠】全員がハモり、首を傾げる。その様子に男は笑いつつ、
「――神の封印だよ。この世で最も邪魔な、あいつらの」
◆◇◆◇
あれからどれくらい経っただろうか。そこまで時間は経っていないはず。
せいぜい、一時間程度だろう。【大罪冠】たちがそれぞれの部屋に戻ったあと、男もまた彼の部屋に入り、今も籠っている最中だ。
「――部屋は前より狭いかな。圧迫感を感じる」
以前のアジトは地下だったこともあり、それはそれは広いところだった。
――まあ、それは決してこの男が作ったわけではなく、それよりも前に【十執政】とかいう組織を率いていた『破壊神』と『魔王』が作ったものなのだが。
「うーん、僕、意外と荷物はないと思ってたんだけど。――ああ、そっか。"僕"の荷物は少ないか」
"僕"の荷物。そう、"僕"の荷物だ。それは確かに、少ない。生活必需品と、あとは実験や制作に必要な小道具くらいしかない。
ではなぜ、男の荷物がそれほどまで多いのか。その理由は、机に置かれているものを見れば一目瞭然。
「――。なんで、持ってきたんだろうな、これ」
男が手に取ったのは、何の変哲もないただのガラクタ。本当に、なんでこんなものを持って帰ってきたのだろうか。
「――――」
それは、男の持っていたものではない。あのアジトの、大量にあった部屋から持ってきたものだ。
漁るように手を入れ、ガサガサ動かす。すると、一枚の紙に当たる感触がした。
「これは……」
男が手に取ったのは、【十執政】という組織全員が載った絵画——いや、ヨナギ・カナタの世界では「写真」と呼ばれている技術だ。
三年ほど前に、念写魔法を用いて撮ったものである。
「はー、みんな若いな。ロエンたちは何も変わってないし。――まあ、そりゃそうなんだけど」
ロエン・ミリディアやサフィナ・カレイド、ミレーナ・ネフェリアなどが持つ、『異能力』と呼ばれる力。
『破壊神』と『魔王』によって与えられるそれであるが、実は受け取った瞬間から肉体の時が止まり、不老になるという効果がある。
記憶が間違ってなければ、ロエン、サフィナ、そして彼らの幼馴染であるヴァルクが『異能力』を貰ったのは、十五歳のとき。
それから三年経っているため、彼らの実年齢は十八だが、身体の年齢は十五のままで止まっているのだ。
「フフッ」
写真を見て、男は不気味な笑い声を――。否、どこか強がりな、寂しがりな、妙な笑い声が漏れる。
「わかってるだろ、ロエン、サフィナ。僕は君らを殺さない。殺せない」
それは、男の本心だ。ロエンに、サフィナに、ヴァルクに、ミレーナに。殺せない人間は、何人かいる。
――たとえそれが、自分とは違う方に立った者たちだとしても。
だから――。
だから、少なくとも――、
「――世界が終わる日に、話をしよう。今の僕とじゃなくて、昔の、前の。君らのよく知る『僕』として」




