第3章7話『――リガル』
「――なにも、《腐蝕の呪い》の効果が、触れた相手を腐敗させるだけ、なんて誰も言ってないよね?」
《腐蝕の呪い》がカナタたち――否、このフィールドに対して使われた。その瞬間、『暴食』ヴェルドを中心とした禍々しいエネルギーが一気に広がる。
「はぁっ……?」
それは、現在ヴェルドと戦闘中であるカナタ、『剣聖』、『魔導師』、ミリアを飲み込んだ。
四人とも立つのがままならなくなり、膝を地面について倒れ込む。
「クソ……動けねぇ……。アッシュたちは、大丈夫か……?」
「……いや、全然。身体に上手く力が入らない……」
なんとか剣を地面に刺し、それに体重を乗せることで立ち上がるアッシュ。だが顔色は悪く、動きも鈍い。
――それでも凄い方だ。カナタとミリアは全く動けないのだから。
四人の姿を見て、ヴェルドは声を上げて笑う。
「アハハ、動けないでしょ。僕は触れたものを壊すってだけじゃなくて、こんなことも出来るんだ。あの方が僕の手札を消すほど技を使うわけないでしょ?」
「チッ……」
あの方を相当信頼してるようだが、そんなことカナタたちにはどうでもいい。問題は、どうやってこの状態を――。
「――っ」
『傲慢』バエルと戦うラインたちを見るが、あちらもあちらで大変に見える。こちらを助ける余裕は無いだろう。
「クソ……が……」
このままじゃ、何も出来ない。もうほとんど力が入らない腕を地面に押し当て、身体をなんとか起こす。――が、すぐ倒れてしまう。
せっかく、決意したというのに、だ。これ以上友達たちに迷惑をかけないように、カナタ自身が戦えるようになると決意した。それなのに、今は何も出来ず、ただ地面に頭を擦り付けることしか出来ない。
「ク、ソ……」
そのことを悔やみ、嘆く。何も出来ない。本当に、何も。打つ手なしか。そう、カナタの思考を絶望が包み込んだとき――、
「――打つ手ならある」
『魔導師』グレイスの声が、その絶望ごと光で焼き尽くした。
グレイスから放たれた光魔法が、カナタ、アッシュ、ミリアに衝突。それは攻撃ではない。ただ、このフィールドの効果を浄化した。
「た、てる……動く!」
ゆっくり立ち上がり、身体に力が入るようになったことに歓喜するカナタ。そして次々立ち上がるアッシュとミリアを見たヴェルドは、
「へぇ、やるなぁ。そうか、光魔法って浄化出来るもんね。デバフ効果は無意味になっちゃうか」
「ま、そういうこった。お前はさっさとくたばれ!」
瞬間、グレイスとアッシュが駆け出した。それに続こうと、カナタとミリアも駆け――。
――出せなかった。ミリアはともかく、カナタは。
「は、ぁ? な、んで……?」
「あーそうそう、浄化しても、全身を光魔法で覆ってないとまたすぐそうなるよ? どんまい」
またもや倒れ込んでしまうカナタの耳に、攻撃を避けながら大声で言ったヴェルドの声が届く。
光魔法を全身に覆う。それなら、簡単だ。
――それが出来れば、簡単だ。
「光魔法……使えねえんだよ……!」
残念ながら、カナタには出来ない。光魔法を使えない男が、どうやってこの窮地を脱出するというのか。また、グレイスに魔法を撃ってもらう? いや、今はヴェルドとの戦いに集中していて、無理だ。
それなら、どうする。
それなら――、
「あ、ぇ?」
突如腕を掴まれて引っ張られ、カナタは地面に足をついて立ち上がった。カナタが光魔法を使ったわけではない。それをしたのは、カナタを引っ張った相手。それは、
「――貴様の手を握るのは癪じゃが、仕方あるまい」
「ミリア、お前……」
「王女に向かって『お前』とはなんじゃ貴様。このまま手を折って良いのじゃぞ?」
「ガチで怖いからやめて?」
そんな軽口を叩きながらも、光魔法でカナタを起き上がらせてくれたミリアに、カナタは感謝して頭を下げる。すると、
「剣を創れ。先程壊されたからな」
「ああ。《創造》」
白い剣をイメージして、『権能』を発動。すると、イメージ通りの剣がミリアの右手に収まった。
「さて、行くぞ」
「行くって、このままでか?」
「仕方なかろう。貴様は光魔法を使えないのじゃろう? 妾が手を離せば倒れる。――それに、認めたくはないが、戦いをするなら妾と貴様は相性が良いからな」
右手に持つ剣をカナタに向けて構え、そう言う。――ミリアの言う通りだ。《武神》の『権能』を持つミリアは、武器を持っているときの戦闘力が莫大に上昇し、ほぼ負けなくなる。
そして、カナタは《創造》の『権能』で武器を創れるときたものだ。性格面の相性は最悪だが、戦闘面では最高だと両者ともに感じ取った。
「――――」
二人は互いに目を向けて見つめ合い、
――突撃する。
「あ、ちょ、速い速い速いって!?」
「黙って手を離さないようにするのじゃ間抜け!」
剣を持ち、身体能力強化中であるミリアの速さにカナタは魔力で全身を強化しつつもついていけない。――ただ、魔力強化していなければ全身がぐちゃぐちゃになるだろうということは分かる。
「お、うぉぉ!?」
「声を上げるな」
ミリアが空高く飛び上がり、そのまま剣を振り下ろして地面まで落下していくため、カナタは情けない声をあげる。
しかしミリアはそれを落ち着いた声で制止し、地面でアッシュたちと戦っているヴェルドに剣を――。
「――リガル」
――刹那、男による魔法の詠唱が、この場の全員の耳に聞こえた。
この場にはいるはずのない、その声が。
――次の瞬間、漆黒の鎖がカナタを縛った。




