第3章5話『誰もそんなこと言ってない』
「――――」
瞬間、『傲慢』バエルが腕を横に振った。それだけで、目に見えない一太刀が、カナタたちに接近するのが分かった。
「ふっ」
それをラインが消し去ると同時に、この場にいる九人はそれぞれ分かれた。
『傲慢』バエルに対しては、ライン、セツナ、レンゲ、メイド二人が行き、『暴食』ヴェルドにはアッシュ、グレイス、そしてカナタとミリアが行った。
「――にしても、俺ら戦えなくない? どうする?」
既に戦い始めた、『暴食』vs『剣聖』&『魔導師』。それを見つめながら、カナタとミリアは後ろに立ったまま動かない。
「貴様はともかく、妾はやれるぞ?」
「いや、マジで言ってる? 正気か?」
「弱音を吐くな。妾は守られ続けるのは気に食わぬからな。貴様がどうかは知らんが、少なくとも妾は参加するぞ」
そう言って、ミリアは黄金の扇子を剣へと変形させた。
ミリアもカナタと同じだ。自分が何もしていないのに、守られるだけなのは嫌なのだ。
その気持ちが痛いように理解できるカナタは、ミリアの目を見つめ、
「じゃあ、行くぞ」
「妾に指図するな。殺すぞ?」
「――お前の方が傲慢じゃねえか!?」
バエルと似たような口ぶりをしだすので、カナタは咄嗟にツッコんでしまう。一気に冷たい目で見られたため、その瞳をヴェルドに向けて、二人は――。
――駆け抜けた。
「え、速っ!?」
「当たり前じゃ」
《武神》の『権能』で、武器を持っている間の身体能力も強化されたミリアは、それはそれは早く移動する。
カナタは五十メートル走が七秒ちょうどで、今はそれに魔力で全身を強化して走っているのだが、それよりもミリアは速い。
「クソ、俺もやってやるよ! インフェルノ!」
走りながら、カナタが炎魔法を詠唱する。すると、火柱がヴェルドを囲み、一気に吹き出した。
その狙いは魔法を当てることではない。
まずは、彼女の一撃を――、
「――へぇ、僕らの標的が自分から戦いに来るなんて」
「守られるだけは嫌いじゃからな。妾も戦わねば気が済まん」
「それはそれは面白い王女様なことで」
惜しい。ミリアの一閃がヴェルドを切り裂くことは出来なかった。代わりに、剣先をヴェルドは掴んだまま離さない。
――いや、待て。そう、電撃がカナタの脳内に走る。
あれは先日、王都でミリアと共闘したときと同じだ。剣先を掴まれ、そのまま《腐蝕の呪い》で――。
「ミリア! 逃げ――」
「《腐蝕の呪い》」
カナタの叫び声より先に、呪いが発動する。そのまま一気に剣が朽ちて破壊され、その手は次の獲物にミリアを選んだ。そして、その魔の手が当たり……
「触らせない」
瞬間、『剣聖』の一閃が軌跡を描き、ミリアを左腕で抱きながら氷の『神剣』フロストリアでヴェルドの腕を切断した。
「おー、流石は『剣聖』だね。見えなかったなぁ」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。――僕ばかり脅威に感じてる暇、ないと思うけどね」
「え?」
ヴェルドの背中には、いつそこに移動したか分からない『魔導師』がいた。その手に持つ杖をグレイスは構えて、
「エレメントキャタスト」
カナタが聞いた事のない魔法が、彼から放たれた。
――それもそうだ。「エレメントキャタスト」は、グレイスの家系、エヴァンス家に代々伝わる魔法。
闇、無属性以外の全ての属性魔法を混ぜ込んだ技だ。
それは通常、喰らったものを跡形もなく消し飛ばす威力があるのだが……。
「なるほどなるほど、これはなかなか脅威だな。接近戦に遠距離戦。やりにくいなぁ」
「――ま、そんなにすぐくたばるほど弱くねえか、お前」
「もちろん。君の相手も面倒だし、こうなったら――」
「シャドウ・エクリプス!」
ヴェルドが行動を起こす前に、カナタの闇魔法が炸裂。
一瞬で周りを闇で囲んだ。
それはヴェルドの視界を奪い、その刹那を『剣聖』が、
「ハッ!」
空高く剣で殴り飛ばし、ヴェルドは空を舞う。
「アッハハハ、君ら面白いなぁ。ただの人間のくせに、呪いの力を持つ僕にここまで戦えるなんて」
それでも笑いながら軽々しく地面に着地したヴェルド。そこにまた、攻撃を仕掛けようとする『剣聖』。しかし、それをカナタは止めた。
「――? なんで止めるの?」
アッシュの問いには答えず、カナタはまっすぐヴェルドを見て、
「お前、《腐蝕の呪い》を使ってただろ? それは、俺をこっちの世界に飛ばした奴が使ってた技だ。なんでお前が持ってる?」
「……ふむ」
カナタの質問に、ヴェルドは腕を組んで小さく頷いた。カナタとミリアは思うところがある。カナタにとっては商店街でも王都でも戦った相手である、謎の男。それが持っていた《腐蝕の呪い》をなぜヴェルドが使えるのか。
その答えは――、
「ねぇバエル、言っていいと思う? あの方怒んないかな?」
「黙れ。俺に質問するな。自分で考えろこの能無しが」
「アッハハ、見てみろ、僕の同僚酷いだろ?」
少し遠くでラインたちと戦うバエルは、ヴェルドに冷たく返す。それをヴェルドは笑って受け流し、再度カナタの目を見つめる。
「『暴食』、『傲慢』、『嫉妬』、『色欲』、『強欲』、『憤怒』、『怠惰』。って、僕らは七人いてね。その一人一人が、一つだけ呪いの力を持ってるんだ。でも、あの方はその全ての呪いを扱えるんだよ」
「全部を……?」
「ああ。だから、僕の《腐蝕の呪い》も使えるのさあの方は。ほんと、凄いよね。尊敬するよ」
――カナタたちはその答えに返答しなかった。ただ、聞いただけ。そしてカナタはゆっくり口を開け、
「じゃあ、あの方ってのはバカなことしたな。部下の力を勝手に使って、俺らに対処されそうになってるのに」
「へぇ、君に対処が出来るのかな?」
「多分、な。俺の『権能』があれば、身体を触られても腐る前に治すことも出来る」
商店街で初めて《腐蝕の呪い》を受けたときのように、《破壊》の『権能』を使えば呪いは壊せる。だから、カナタはここまで強気で出た。その気持ちを、ヴェルドは目を閉じて心に引き受け、フッと笑う。
「《腐蝕の呪い》」
それは、カナタたちに対してではなかった。その対象は、今現在彼らがいるこのフィールド。
「は、っ?」
一気に、カナタは力が抜けて地面に倒れ込む。意識はあるが、身体が動かせない。その様子を見て、ヴェルドは笑い、
「なにも、《腐蝕の呪い》の効果が、触れた相手を腐敗させるだけ、なんて誰も言ってないよね?」




