第3章4話『ただの同僚』
「【大罪冠】の、『暴食』と『傲慢』……?」
『暴食』ヴェルド、『傲慢』バエルの名乗りを聞き、カナタは地面に倒れながらそう呟く。
【大罪冠】。やはり、七つの大罪がモチーフのようだ。『嫉妬』のリオネと、彼ら二人。その三人の正体は明かされた。
カナタにとっては、もちろん目の前にいる二人は初対面だ。――否、初対面……のはず。だが、謎に奇妙な感じがする。
「な、んだこれ……」
その感覚に戦慄していると、ラインが男二人を交互に見つめ、
「――お前ら、俺たちが前に会ったことあるやつと姿が同じだな。どういう仕組みだ?」
そう尋ねた。どうやら、ラインとその他面々は会ったことがある姿をしているらしい。――ただ二人、カナタとミリアを除いて。
「貴様ら、一体どんな化け物と出会ってるんじゃ……」
「まあこっちにも色々あってな」
ミリアの問いに、ラインはただそう返し、男たちを再度睨みつける。
すると、
「おーとっと。そんな睨まないでおくれよ。なんで僕らが、君の知ってる人と似てるかって話だろ?」
「ああ」
両腕を出して明るく振る舞う『暴食』ヴェルドに、ラインはたった二言だけ返答する。
「そう聞かれても、困るんだよな。僕らは生まれてからずっとこの姿だからね。君らの知り合いと同じ姿って言われても、僕らからすれば、そっちの方が偽物に思っちゃうんだよね」
「じゃあ、ただ単にそっくりさんって話か?」
「いや? そうではないでしょ。確かあの方の話だと、旧知の仲の奴らに合わせた、って言ってた気がするな」
「……そういや、アレスが言ってたか。昨日、『嫉妬』のリオネってやつに俺の弟とそこのカナタが会ってな。今と同じことを言ってたって聞いた」
昨日、学園でカナタを夢の世界で襲ってきた、『嫉妬』リオネ。彼女も、アレスの問いに対して、ヴェルドと同じことを呟いていた。
となると、彼らのボスはラインたちの知り合いのことをよく知っているということなのだろう。
「お前らの『あの方』が誰か分かんねえけど、随分バカなことしてるな」
「えー急に酷くない? 僕、折角色々答えてあげたのにさー」
突然ディスってきたラインに、ヴェルドは不満そうに腰に手を当て、少し目付きを悪くしながら言葉を紡ぐ。それにラインは笑いかけ、
「サフィナと同じ姿だったリオネはともかく、お前ら二人の顔なら容赦なく殴れる」
ラインたちにとって、友達であるサフィナと同じ姿の『嫉妬』を攻略するのは、難しいかもしれない。それでも、目の前にいる二人は、友達でもなんでもない、ただの敵だ。本気で、戦える。
「ちょっとちょっとー、戦う気? 僕、あんま好きじゃないんだけどさ」
「俺らの家燃やしてて何言ってんだ。どうせ目的はカナタとミリアを連れ帰ることだろ? なら、十分俺らの敵だ」
ラインの言葉に、『傲慢』と『暴食』がため息をついたのが聞こえる。
「――お前ら、動けるよな」
ラインが呟くと、兄妹三人以外を地面に押さえつけていた重力が途切れる。――そう、それは今まで、ラインが彼らを押さえつけるために使用していたものだ。
その真意は――、
――空間が千切れる音が、する。
風を、空間を切り裂く不可視の何か。それが、立ち上がった全員に近づいてくる。
それを、
「危ないな」
ラインが腕を上に上げると、それは方向転換し、空に消えていった。
「――ほう。俺の攻撃から、身を守るとは。褒めてやろう」
バエルが、その姿を見て素直に賞賛した。そう。ラインがカナタたちを地面に押さえつけていた理由は、バエルから発せられる謎の攻撃から守るため。
「面白い。退屈はしなそうだな」
――そして、戦いの火蓋が切られた。
◆◇◆◇
「はぁ、はぁ、はぁ……」
冷たくて、暗い空間を息遣いが響かせる。その声は、相当の距離を走ったであろう少女から発せられた。何度も何度も呼吸を忘れそうになり、その度に全力でここまでやって来た。
「はぁ、はぁ……」
扉の前で息を整え、一気に中に入る。
「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様!」
部屋にサフィナの声――否、『嫉妬』リオネの声が響く。それを聞いた相手は他でもない、目の前に座っている『あの方』ただ一人。
「ああ、リオネ。どうしたの? 急いでるみたいだけど」
「ヴェルドとバエルが、無断行動を、しまして……」
「無断行動? 買い物に行ってるとかじゃなくて? 確か、昨日の会議でこれからは一度休む、ってのを言ってたんだろ?」
「はい、そうです。ですが……」
何か言いたげなリオネを見て、男は首を傾げる。
すると、
「二人が、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様が最も警戒している四つ子の家に乗り込みました!」
「……は?」
「あの、ですから、ヴェルドとバエルが四つ子の家に襲撃を仕掛けたんです!」
「……そうか」
意外にも、動揺しない。そんなボスの姿に、リオネも「へ?」と情けない声が出てしまう。
「えっと、怒らないのですか?」
「もう別にどうでもいい。たった二人で乗り込むなんて無茶だろう。バカなことをするものだな」
「でしたら、助けに行きますか?」
「行かない」
男はただ、冷たく言い放つ。そして、彼は彼がすべきことをしようと、机に置いてある剣の開発を続ける。
そんなボスの姿を見て、リオネは、
「でも、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様が脅威と思ってる相手と戦うんですよね? それなら、助けないと――」
「どうでもいいって、言ってるだろ?」
今度は、さらに冷たく言い放った。すぐにリオネは言葉を失い、ただ立ち尽くす。
「せめて、僕に何か言ってから行くべきだったね。僕の言うことも聞けないやつらがどうなろうが、僕はもうどうでもいい」
「――私、は……」
「あーそうか、君ら【大罪冠】は仲が良いもんね。そりゃ、仲間の身の安全が気になるか」
「……はい」
「――はぁ、好きにすればいいさ。助けに行くも、行かないも。無事に戻ってくるなら、僕は何も言わないよ。君も、ヴェルドたちもね」
男の言葉に、リオネはただ頭を下げ、部屋から出て行った。
ドアが閉まるまでに見えた後ろ姿を見つめ、男は立ち上がる。
「仲間、同僚、か。そんなもの、何も価値はない」
昔を思い出すように、男は記憶を遡った。いつの日だろうか。自分が【大罪冠】という組織を生み出す前の話。
今のリオネたちと同じように、同僚がいて、それから――、
「……ハハッ、何考えてるんだろうな、僕」
どうしてこんな考えをするのだろうか。――考えても無駄だ。どうせ、分かるはずもない。男はただ、椅子に座って、机に顔を埋める。
「――僕に最期ってのがあるとしたら、僕は僕として、君らともう一度話したいな」
――それこそが、男がこんな真似を続ける理由。強大な相手を、神をも敵に回してでも、やりたいこと。
――他にそれしか、方法はない。だってそれしか、男が彼らと話す機会なんて出来ないのだから。一度目の最期で話せなかった、同僚への思いが。
なあ、そうだろう。もう一度、男は話したい。昔の同僚と。だってそれを忘れない為に、この力を使い続けて来たのだから。




