第2章29話『世界の脅威』
「――――」
黄金に輝く、現実離れした空間。美しい星の輝きや、滝が流れるところに、『知恵の神』アステナと、もう一人別の女性がいた。
そのもう一人は、白銀の髪と瞳を持つアステナとは対照的に、金髪に金色の瞳を持った美しい女だ。
髪の長さはアステナと同じくらい、つまり、腰くらいまである。
人間とは違う、神々しい雰囲気。アステナと似たようなそれが、彼女から感じられる。
「――――」
その黄金の瞳は、自分たち上位存在ではない、人間が統治している世界を見ている。
「……大丈夫かな」
ボソッと、優しい声が呟かれた。残念ながらその心配の声は、地上にいる相手には届かないのだが。
――すると、紫色のモヤが、世界を一瞬で飲み込んでしまった。
「え!?」
驚きの声を上げるアステナをよそに、金髪の女は小さいため息をつき、
「やっぱり、アレは危険だね。このまま消しておくべきか」
「ちょっと待った! 気持ちは分かるけどさ。早まりすぎだよ」
「アレをこの世界に留め続けたら、ろくな事にならないよ。今のうちに消しておくべきだと思うけど?」
女が振り上げた腕をアステナが掴み、説得を試みる。が、それでも女は地上にいる存在を――世界の脅威を消し去るつもりだ。
もしも、別の世界から来たあの少年をこの世界に留めれば、いずれ、世界を終わらせる存在となる。そうなる前に、すぐにでもあの男を――。
「ダメだよ、アスタリア。本来の目的忘れてるでしょ?」
「――はぁ。そうだね。早まりすぎたよ」
金髪の女――アスタリアは、アステナと目を合わせてそう言って、アステナに掴まれたままの右腕の手首を動かした。
「それじゃあ、頼んだよ」
パチン、と指を鳴らし、アスタリアは地上にいる赤毛の男に向かって呟いた。
そして――、
世界の時間は巻き戻った。
◆◇◆◇
「――《斥力の王》」
「ちょ!?」
実戦開始と同時に斥力で吹き飛ばされ、カナタは情けない声を上げながら空中を飛ぶ。
――まずい。いくら全身を魔力で強化しているとはいえ、今は大体地面から十五メートルくらい上にいる。このまま地面に落ちたらただじゃすまない。
「やっば!? あ、そうだ! 足場とか……。《創造》!」
そこで、『権能』を使った。一瞬、明るい光が灯り、カナタの足元に半径一メートル程度の円盤ができ、足場は確保出来た。
ふぅ、と安心した矢先に――、
「《引力の王》」
「うえっ!?」
今度は引力でロエンに引っ張られ、格闘戦に持ち込まれた。
「ちょ!? うおっ!? 危っ!?」
なんてキレのいいパンチだろうか。人体の弱点を的確に突いてくる。なんとかカナタは避けているが、それもいつまで持つか。――というか、ロエンの動きを観察していると、腹に拳を入れる直前に、ロエンが腕を逸らしているように見えた。
ということは、ロエンはカナタに攻撃はするが、当てないようにしているようだ。
これならまあ、安心だ。
「――フレイムスパーク」
「熱っ!?」
しかし突然炎魔法をぶっぱなされ、熱さに苦しむ。
「な、なんでいきなり……」
「私がわざと攻撃を外してるのに気づいたじゃないですか。あのまま続けて、こいつ舐めてるな、みたいに思われたら嫌なので」
「いや思わないよ!? 攻撃当てないようにしてくれて優しいなーって思っただけ。全然攻撃してきていいのに」
「そうですか? じゃあ、攻撃当てますね」
――言わなきゃ良かった。軽口を叩いてしまい、「攻撃していい」というのをロエンは本気にしてしまったようだ。――が、今更ダメだとか言うのは恥ずかしい。仕方ない。受け入れるしかない。
「じゃあ、《創造》」
もう、感覚は慣れてきた。イメージ通りの白い日本刀を作り、それをロエンに振りかざす。
しかし、ロエンはそれを軽々しく避けて、
「《斥力の王》」
「えっ!?」
斥力で、カナタが手に持っている刀を空高くに弾き飛ばされて、カナタは情けない驚いた声をあげる。そんなカナタには気にもとめず、ロエンは続けて、
「《引力の王》」
すると、空高く弾き飛ばした刀がロエンの手にピッタリ収まった。
「えぇ……」
その様子を見て、カナタはそう声を出す。こんな戦い方めちゃくちゃだ。強すぎる。
どうせ、再度《創造》で武器を作っても取り上げられるのがオチだ。ならば――、
「シャドウ・エクリプス!」
闇魔法を詠唱し、漆黒の闇が一気にロエンを包み込む。視界は奪った。続けて、《創造》で野球バットのようなものを作り、殴りかかる。
しかし、
「《引力の王》」
空高くで発生した引力が、漆黒の闇を吸い込み、ロエンの視界を照らした。そしてロエンは、
「シャドウ・エクリプス」
カナタ同様、闇魔法を使用し、カナタの視界を奪った。そのまま足音も立てずにゆっくり近づき、カナタの身体を地面に倒す。
「これ、勝ちでいいですか?」
「勝負あったの? これ……」
「実戦なのであると思ってましたけど」
勝ち負けがあるとは思わなかったので、カナタはまじか、といった表情を見せるが、ロエンが勝った気でいるため、何か言うことはしなかった。
「てか、ロエンって闇魔法使えるの……? 心が闇に染まってる人しか使えないって聞いたんだけど……」
「それ、あなたも心が闇に染まってるってことになりません? ――まあ、私はちょっと特別で、光魔法も闇魔法も使えるんですよ」
「あーそういえば、グレイスが『俺の知り合いは闇魔法を使える』みたいなこと言ってたな」
「それは私のことでしょうね。グレイスの知り合いで、闇魔法を使えるのは私くらい……。――あ」
突然、ロエンが「あ」と呟き、ラインの方を向いた。なんで急にラインを見てるんだ? と不思議に思ったカナタだが、その理由はすぐになんとなく理解できた。
それは、
「……ラインも闇魔法使えるの?」
「え? ああ、使えるぞ。まあ俺は魔法を使うことあんまないんだけど。――ん? どうした?」
口をぽかんと開けているカナタを見て、ラインは首を傾げた。
正直いって、カナタは、闇魔法を使える人は少ないとグレイスに聞いてから、ちょっとした特別感や優越感のようなものを感じていた。
しかし、ロエンやライン――そして、ラインが使えるなら彼の兄妹たちももちろん使えるだろうということを知って、その特別感というものが一気に落とされ、少々複雑な気持ちになってしまった。
「――一体どうなってんだよお前らは……」
と、静かに呟いた。




