第2章26話『主と『嫉妬』』
「――おかえり。どうだった?」
冷たく暗い空間に、【大罪冠】『嫉妬』のリオネが戻ると、広い机を前に椅子に座っている男から、そう言葉を投げられた。
「すみません。連れて帰るのは出来ませんでした。赤毛の少年に邪魔されまして」
「やっぱり、学園で狙うのは得策じゃなかったかー。いつも四つ子といるし、もう普通に狙うには諦めるべきかな」
やはり、懸念事項であった四つ子に邪魔をされ、カナタを連れ帰るという計画は失敗してしまったようだ。
それでも男は冷静に指を絡め、「あ」と声をあげた。
「そうだ、カナタ君に言って欲しいって言ってたことは言えた?」
「はい、言えましたよ。なんでか分からないですけど、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様の名前を聞いたら気絶しましたね」
「やっぱり、名前は効果あるようだね。知らないはずなのに、頭のどこかで覚えてるんだろう」
自分の名前がカナタに何かしら記憶を呼び起こす衝撃を与えてくれたようで、男は嬉しそうにしていた。その様子をリオネは不思議そうに首を傾げ、
「どうしてあの人は、名前を聞いたら気絶しちゃうんですか?」
「記憶を引き出そうと、頭がすごく働くんだろうね。それに、別に僕のじゃなくても良いんだよ。ミレーナの名前でも気絶したようだからね。――となると、僕らから試せるのは、あと五つ……かな」
「五つですか? あと二つくらいありませんでした?」
「あるけど、それは僕らが喋るより先に、カナタ君が学校生活を楽しんでいたらいずれ会いそうだしね。だから、その二つは候補外になる」
あと、五つ。それは、この男たちが、カナタを気絶させるときに使える名前の数。本当なら七つはあるのだが、その内の二つは、カナタが生活する上でいずれ会うと判断したため、使えるのは残り五つとした。
「ところで、さっきから何を作ってるんですか?」
リオネは、男が机で何かを作っているのに気づき、質問する。すると、男は「ああ、これ?」と答え、
「前に商店街で、カナタ君を襲ったとき、彼が僕に向けようとしてた力を少し奪ったんだ。それを使って、武器を作ってる最中さ」
男の手には、白い指輪がついたネックレスがあった。それは、カナタが学園の制服を買った日に、男が彼の力を少し奪ったときに使用したものである。
「武器ですか? いります? ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様には必要ないと思いますけど……」
「まあ、そうなんだけどね。ただ、あの四つ子と戦うとなったら話は別さ。まあまあ強くやったのに、すぐ負けちゃったからね」
「そもそも、どうして⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎様が負けたんですか? 凄く強いじゃないですか」
「あの四人は、まあ面倒でね。殺しても死なないし、何やってもすぐに適応して向かってくるからね。僕もたくさん技を持ってるけど、それでも彼らは技のレパートリーが多すぎて。そんな彼らと戦うために必要なんだよ」
男の計画にとって、あの四つ子は有害すぎる。そう簡単に排除できる障壁じゃない上に、死んでも生き返るとかいう無法のような力。――男は、彼らと三度戦ったことがある。しかし、絶対に勝つことはできなかった。
そもそも、吸血鬼と『⬛︎⬛︎⬛︎』のハーフという存在だけで、世界中の誰もが絶対に越えられない壁があるのだ。正攻法、というのは、ないだろう。
「リオネ。戻っていいよ。ほかのメンバーと集会があるんだろ?」
「あ、はい、そうですね。それでは失礼させていただきます」
今日は、【大罪冠】同士の会議がある。『嫉妬』である彼女をはじめ、『傲慢』、『憤怒』、『怠惰』、『強欲』、『暴食』、『色欲』の七人。彼らは全員、この男の部下である。
今後の立ち回りなどを話さないといけないため、リオネは少々急ぎながら部屋から出ていってしまった。
「……はぁ」
男はため息をつくと、立ち上がり、近くにあったコップを持って、水魔法で水を生成した。それを一気にぐっと飲み干し、優しく机に置くと、手を構えた。
「《引力の王》」
瞬間、引力が発生し、まだ作り終わっていない、黒い剣が手元に届いた。
「まだ完成してないけど、試し斬りくらいはやってみるか」
そう言いながら指を鳴らすと、地面から全身が紫色の謎の生命体が現れた。それは、先日、男の後ろを取ったセツナから逃げるために使用し、自分自身を殺させたものと同じである。
「はいっ」
水平に斬撃を振るうと、禍々しい漆黒の刃が刀身から飛び、生命体を一撃で破壊し、その後ろにある壁まで切断してしまった。
「うん、火力は良いね。もうちょっと改良かな」
そう言いながら、左手に真っ白の剣を生成して手に持って、同じように振る。すると、壊れた壁はすぐさま修正され、傷なんてない元の状態へと戻った。
威力に満足したのか、男は黒い剣を再び机に置いて、椅子に座る。そして足を組んで、顎に手を当てて渋い顔をした。
「次に戦うとして、僕は技を絞らないとね。さもないと、リオネたちが戦えなくなるから」
ブツブツ呟き、また今度はすぐに立ち上がる。
「《腐蝕の呪い》は、四つ子にはもう効かない。他の奴らには効くだろうけど……。あ、でも『知恵の神』がいるからな。なにか対抗策を作ってるかもしれないな」
男は顎に手を置いて歩きながら続けて、
「そして、今日の出来事で《侵夢の呪い》も対処された可能性がある。――ちょっと、戦い方を考えないとね」
そう冷静に判断し、男はどこかへ消えていった。




