第2章23話『最悪の夢境』
※今回も残酷な描写があります。お気をつけください。
「は、はぁ……? な、んだよこれ……」
地面には真っ赤な海が流れ、ドロドロとしたそれが靴にくっつき、ヌチャっと気色の悪い音を立てる。目の前に横たわっているのは、死体だ。誰も彼もが見るも無惨な姿になっていて、カナタの心を恐怖が襲った。
「な、なんで、なんでなんでこんな……」
こんな感情になったのは初めてだ。元の世界ではもちろん、悲惨な死体を見る機会なんてなかった。そして異世界に来てからもなかったが、今、そんな状況に陥っている。
「あ、ぅ……。そ、そうだ……ら、ラインたちは……?」
こんなときでも、四つ子ならなんとか生きているかもしれない。化け物みたいな再生能力は知っているし、ほかの生徒たちのように胴体を切断くらいで死ぬ奴らじゃ無いはずだ。
だが――、
「は、はぁ……? じょ、冗談……だろ……?」
そんな希望はあっさり打ち砕かれた。なんせ、目の前には胴体や腕が切断された四つ子の姿があったのだから。
「うっぷ……」
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。一気に吐き気が全身を襲い、カナタは力が抜けて足から地面に崩れ落ちた。
「あ、あぁ……。辛っ……痛っ……」
口を抑える間もなく、口から溢れ出る水音がポトポトと響き、口内に昼食の辛さが広がった。
「ど、どう、にか……しないと……」
腰から下が切断されているラインの上半身に下半身を寄せて、治癒魔法をかける。傷は塞がったのだろうが、どれだけ揺さぶっても意識を取り戻す気配がない。
「どうしろって……んだよ……」
彼らをこんな目に合わせたであろう存在は、今この場にいないようだ。だが、いずれ戻ってくるだろう。カナタには、そんな相手に勝つことは出来ない。
なにか他者より優れたパワーがあって、なんでも倒せるような力は持ち合わせていない。ただ生まれ持った記憶力だけにしか頼れない。魔法や、何故か所有している『権能』もあるが、ラインたちを倒せる相手に有効打とはならないだろう。
「と、とりあえず、みんなの身体を治して……。――は?」
今のカナタに出来ることは、ただでさえ魔力消費の多い治癒魔法を使って、魔力が切れるまでできるだけ多くの生徒を治すことだけ。
ラインの近くに転がっていた、彼の兄妹たちもすぐに胴体をくっつけて治し、その近くにいたクラスメイトを治そうと、おぼつかない足取りで近づいた。
――が、その瞬間、クラスメイトの身体は破裂し、噴水のように赤い液体が飛び散った。
「あ、あ、あぁぁぁぁ!!」
今までも叫びたい気持ちは山々あった。しかし、取り乱してはなんにもならないと思って我慢していた。しかし、もう無理だ。赤い雨を浴び、カナタは足を滑らせて地面に倒れ込んでしまう。
「なんでなんでなんでなんで……! 夢……夢であってくれよ……」
自分の頬を強く引っ張るが、ただ痛いだけ。これは夢じゃない。現実だ。あるいは、限りなく現実に近い夢。そう、思いたかった。
「こんな、ことって……。あ、ぅ……」
異世界に来てから仲良くやってきた者たちの遺体を見て、無気力感が全身を覆い、精神的に重大なダメージを負ってしまった。
動けず、その場に跪いたまま赤い液体で染まった地面を見続ける。
――何か、近づいてくる。足音だ。砂が踏まれる音が耳に入り、段々とこちらに近づいてくる。生き残りの生徒だろうか。
――それとも、犯人か。犯人は必ず現場に戻ると言うし。カナタは首をゆっくり回し、ほとんど輝きを失った黒目を音のする方向へ合わせる。
そこにいたのは――、
「……サ、フィナ?」
それは、昨日の王国で助けてもらい、今日も昼食を一緒に取った人物――サフィナ・カレイドが歩いて来ていたのだ。
なんだ、まだ、いるじゃないか。全員殺された訳ではなかったと、カナタは安心する。震える足を抑えてゆっくりと立ち上がり、サフィナと目を合わせた。
「さ、サフィナ……これって、何があった……?」
「――――」
何も返答がない。ただ淡々と無気力な顔を浮かべている。彼女もまた、カナタ同様に絶望を感じている最中なのだろう。
――ん? おかしい。何か変だ。カナタは映像記憶による記憶力のおかげで、人の些細な動きで人を覚えることもできるのだが、目の前にいる彼女は、昨日や今日のサフィナが見せるような動きをしなかった。
変だ。
「お、お前、サフィ……」
サフィナじゃないだろ? そう聞くより先に、彼女が笑い声を上げた。
「ハハッ、アハハ、私は君の知るサフィナって子じゃないんだよ」
「……ふ、双子とか?」
「いや? 私は彼女に会ったことないし、彼女も私に会ったことないよ。血縁関係なんてなーんにもない」
彼女は、サフィナとは血縁関係もなんにもない人物らしい。それにしては、同じ顔、同じ体型すぎる。コピーか何かなのだろうか。
「って、私の事はどうでも良いからさ。あなたを連れて帰るように言われてるし」
「連れて帰るって、誰にだよ……? まさか、いつも俺を襲ってくるやつか?」
「正解。あの方に頼まれてるからさ、一緒に行こう?」
「……嫌だ。って言ったら?」
こいつは、あの男の差し金でここまでやって来たということだ。そこまでして、カナタのことを手に入れたいのか。
いつでも魔法を撃てるように準備しながら、カナタがそう言うと、女はため息をつき、一気に無表情に戻った。
「現実でも、あなたの友達たちをこんな風にするしかないじゃん?」
――辺りで転がっている遺体を指差し、冷たくそう言った。




