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第2章22話『一時の絶望』

※残酷な描写ありです。お気を付けください。


「ミリア様はこちらですよ」


 『剣聖』アッシュの母親であるセリアに連れられ、ミリアはアッシュの隣の席に導かれる。椅子を引いて深く腰掛けると、想い人と目が合った。


「……なんじゃ。妾を見るな」


「あ、ごめんごめん。僕の家でご飯を食べるのは初めてだよねって思ってさ」


「まあ、そうじゃな」


 フェルザリア家は王国に仕える貴族の家系であるため、ミリアも何度か訪れたことはあるのだが、今日のように朝食を取ったりすることはなく、今日が初めての体験というわけだ。


「はい、どうぞ」


 セリアがテーブルに食器を並べ、スープや肉などといった食事がミリアの目の前に並ぶ。――正直言って、ミリアからすれば、普段食べているものよりは質素に見えてしまう。だが、わざわざそんなことを口にするつもりはない。


「いただきます」


 この異世界でもあった、その文化に則り、アッシュとミリアはそう呟いて食べ始めた。


「どうですか?」


「……美味しい」


 自分の作った食事が王女様に気に入ってもらえるか、内心不安だったセリアだが、ミリアは食事に満足してくれたようだ。


「これほどの料理が出来るとはな。驚きじゃ。いつも作っておるのか?」


「ええ、そうですね。エルンが私の料理を好きだったから、ずっと練習していたんですよ」


「……そうか」


「――あ、ごめんなさい。変な気分にさせるつもりじゃなかったんですけどね。気にしないでもらって良いですよ。私もアッシュも、もう慣れたので」


 セリアから、「エルン」という名が聞こえた時、ミリアの食事を進める手は止まってしまった。それは決して、「誰じゃそれは」というような意味では無い。


 エルンという人間は、セリアの配偶者だった男であり、アッシュの父親であり、先代の『剣聖』だった男。

「だった」というのは、離婚したからといったことではない。

 ――先代『剣聖』エルン・レイ・フェルザリアは、昨年、その生涯を終えた。

 そのため、ミリアは彼の話題が出た瞬間、動きを止めてしまったのだ。


 王女様に変な気を使わせてしまったのが分かったのか、セリアは「ごめんなさいね」と呟いて、キッチンへと向かっていった。


 二人きりとなったところで、この空気を変えようとミリアから話を投げかける。

 

「ところで、ヴァインはどうしたのじゃ? 妾のボディーガードではなかったか?」


 アッシュの祖父であり、騎士団の現団長であるヴァインはミリアを守るのではなかったのか? という疑問を投げかけた。すると、

 

「僕だけで良いって僕が言ったんだよ。僕とお祖父様がずっとここにいるときに、王都が何者かに襲われたらまずいからね」


「なるほど。あやつは強いからな。王都にいれば、妾を襲ってきた愚物らも簡単に手出し出来ぬじゃろう」


「そうだね。お祖父様は僕と同じくらい強いし」


 アッシュの言う通り、ヴァインは強い。団長だし、騎士団に長年務めている人間よりも遥かに上の存在だ。

 その力の源は、先々代の『剣聖』として培って来たものである。そのストックのお陰で、今でも人間離れした強さを発揮できているというわけだ。


「貴様の方が強いじゃろ」


「うーん、どうかな? 流石に僕が、勝つかなぁ?」


「そりゃそうじゃ」


 何をこいつは当たり前のことを言ってるんだ、というような目つきでアッシュを見つめ、ミリアはため息をつく。


「で? 妾と同様に狙われているあの男は誰かが守っておるのか?」


 自分と同じ境遇に陥ったカナタは、呑気に学園に行っているようだが、彼は誰が守ってくれるのだろうか。そんな疑問を、ぶつける。

 

「カナタのこと? ラインたちが守ってくれてると思うよ。そんなに心配いらないかな」


「そう思って油断していたのが、昨日の様じゃからな。もしもあやつが攫われることがあれば、次は妾じゃろう。そうなれば、ラインの首を一度落としてやる」


「あ、ラインだけなんだ」


「態度が気に食わぬからな。どうせ死なないし良いじゃろ」


 ――想い人に対して話すような内容では全くなかった。ハッとしてしまうが、言ってしまったものは仕方ない。動揺せず、ミリアは食事を口に運んだ。



◆◇◆◇


 

 ――目が、覚めた。知らない天井だった。カナタはゆっくりと身体を起こすと、自分がベッドの上に寝ていたのを理解する。


「ベッド……? どこだここ……」


 辺りを見渡すと、ドアに何か文字が書いてあるのを見つけた。


「えっと……ほけんしつ? あ、保健室か! でもなんで俺がここに……?」


 どうして自分が保健室にいるのか意味がわからなかった

が、すぐに思い出した。

 カナタに残っている最後の記憶は、昼食を食べているときに頭痛が起き、いつもより弱い痛みに「なーんだ」と思っていたというところだ。おそらく、その後に気絶してしまい、誰かがここまで運んでくれたのだろう。


「ま、多分ラインだろ。後で感謝しとかないと。――って、魔法実習場行くか」


 午後からの授業は教室ではなく、外で行うため、カナタはそそくさと保健室を出て廊下を歩き始めた。


「――――」


 タッタッタッ、と、カナタの足音だけが空間を響かせる。――静かだ。あまりに静かすぎる。


「普通、授業やってたら声とか聞こえるもんじゃね? あ、でも、なんか音を遮断する魔法とか使ってるかもしれねえか」


 他のクラスは、音を消す魔法で教室を包み込んでいるのかというくらい、カナタの耳には何の音も入ってこない。


「外暑っつ……」


 校舎から出て、カナタは静かに呟いた。眩い陽光が全身に直撃し、眩しい上にめちゃくちゃ暑い。

 ――こういうときは、氷魔法だ。首に氷の塊を生成し、ひんやりとした感覚が全身に伝わった。


「あー気持ちいいなこれ。魔法って便利ー」


 この世界でしか味わえない魔法の便利さに感動しながら、スタスタと足が砂を進む。


「――?」


 ――外なのに、いくらなんでも静かすぎる。外で魔法の授業をしているのに、魔法を使っているような様子も、クラスメイトの姿もない。意味が分からない。




 

 ――嫌な予感が、した。


「――え? ……は、はぁ?」


 ヌチャっとした足音で、カナタは地面に目を向ける。今まで自分の目線しか視界に収まっていなかったが、地面に向けることで見えていなかった――否、見えていても、見えてないものとして無理やり理解しようとしていたものが目に映ってしまった。


 カナタの視界には――、




 辺り一面に染まった、真っ赤な赤い海。そして、腕や胴体が切り落とされた、見るに堪えない遺体となったクラスメイトたちが横たわっていたのだ。

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