第2章20話『王女の護衛』
教科書を出せと言った先生の声が、カナタの脳内でやまびこのようにリピートされる。この学園の制服は買ったのだが、教科書をどこで買えなんて指定はなかった。というか、入学できたことに安堵して教科書のことなんて何も考えていなかった。
(ま、マジかよ……)
しかし、みんな教科書を出している。先日の外での授業で、怒らせたら雷魔法を落とされるのは知っている。とすると、正直に言うべきだろうが、言う前に落とされそうで勇気が出ない。
「どうしたんですか?」
固まっていると、隣のロエンが小声で話しかけてきた。だからカナタは、
「俺、教科書持ってなくて。先生に言おうと思ったんだけど、勇気が出なくてさ」
「ああ、教科書忘れたら雷魔法撃ってきますからね」
(……マジで撃ってくるの!? やっば……。絶対言えない……)
予想などでもなく、本当に忘れ物をしたら落とされてしまうようだ。これはもう、言いに行く勇気が消え去った。
「だからといって、言わなければ余計にボコボコにされそうですけどね」
「そ、そうだよな。……よし、決めた、決めた」
ロエンの言う通り、教科書を忘れたことを言わなければ、それはまた別に怒らせてしまうだろう。それだけは何とか裂けたい。覚悟を決め、右手を上にあげた。
「ん、どうした?」
「教科書を……忘れました」
「教科書?」
「は、はい」
ピリピリとした空気が、教室中を包み込む。クラスメイトたちも、「あ、こいつ終わったな」と思っているところだろう。カナタは真っ直ぐ先生を見つめているのだが、いつ魔法を撃たれるかヒヤヒヤして言葉が出ない。
しかし先生は怒ることなく、
「……あ、悪い。お前に教科書渡すの忘れてた」
「……へ?」
「学園は入学した生徒に教科書を無償で配ってるからな。悪い。すっかり渡すのを忘れていた」
「そ、そうなんですか……」
めちゃくちゃヒヤヒヤした時間だった。クラスメイトたちも安堵したのか、ふぅ、と小さなため息のようなものも聞こえてきた。
先生がコントローラーを使っているかのように手をぐるぐる動かしていると、教室の扉が開き、入ってきた教科書がカナタの机に置かれた。
「え!? え、え?」
「俺は俺の魔力がついたものを操れるからな。職員室から持ってきた」
改めて、魔法ってすげえとカナタは思う。
――そこで、もう一人別の生徒が手をあげた。
「なんだ?」
腕を組み、先生が男子生徒を見つめる。すると、
「教科書忘れました!」
悪びれていないのか、明るい声でそう答える。クラスメイトはクスクス笑い、先生はため息をついて、
「そうか。サンダークラッシュ」
「うげぇ!?」
雷魔法を男子生徒に落として生徒の悲鳴がクラスを響き、先生は授業を開始した。
◆◇◆◇
――この国、レガリア王国の王女様であるミリア・レガリアは、現在、『剣聖』の屋敷で過ごしている。
彼女のために空いていた一室が与えられ、ミリアはそこで目を覚ました。
「ん……」
起きると、初めは自分の部屋とはまるで異なる目の前の光景に驚くが、すぐに『剣聖』の屋敷だと理解する。
昨日の王国の祭りのように、危険な存在から身を守るためにこの屋敷に身を匿ってもらうことになっていた。
「――――」
ベッドから身体を起こし、綺麗な金髪を整えてから部屋を出る。すると、そこには――、
「おはようミリア。昨日はよく眠れた?」
「……なんじゃ。貴様いたのか」
腰に手を当て、笑顔で接してくる、ミリアが密かに恋焦がれている相手――アッシュ・レイ・フェルザリアだ。今はすでに、学園に行っている時間のはずだが、どうしてまだいるのだろうか。
「今日は学園のはずじゃ。どうしてまだいるのじゃ?」
「僕がいないときに君が襲われたら困るからね。ボディーガード役だよ」
「学園の授業に遅れるじゃろ?」
「ハハッ、僕の心配をしてくれるんだね。大丈夫。授業で教わらなかった部分はグレイスに教えて貰えば大丈夫だからね」
王女様であるというのに、襲われるかもしれない自分の心配ではなく、アッシュが授業の進度に遅れないかの心配をするのが実にミリアらしい。
「あの『魔導師』か。貴様はあやつをよく信頼しているようじゃな?」
「もちろん。幼馴染で親友だからね。あれほど気が合う人はなかなかいないよ」
「気が、合う? 性格は真逆じゃがな」
アッシュはそう口にするが、例えば彼らを見ているミリアのような第三者からすると、いつも穏やかで優しいアッシュと、態度が悪く口うるさくごちゃごちゃ言うグレイスのどこが気が合っているというのかと不思議に思うだろう。
しかし、当人であるアッシュとグレイスは幼馴染であり、昔からの親友である。お互いのことを信頼しきっているし、めちゃくちゃ仲が良いと思っている。
それはきっとこの先も揺るがないことだ。
「って、僕らの話は良いからさ。下に行こう。お母様が朝食を作ってくれているから」
「そうじゃな」
――無言だ。二人で階段を少しずつ降りていくが、両者とも会話を交わそうとしない。アッシュとしては、ミリアに話しかけられるのを待っているのだろうが、ミリアはそうはいかない。
四つ子だったり、カナタになら好感度など関係ないため、容赦なく言葉を口に出来るのだが、なにせ目の前の相手は想い人。何を話そうか考えて考え抜く必要がある。
と、考えている間に下まで降りてしまった。
「あら、降りてきたの。朝食を作ったの。ミリア様も食べますか?」
セミロングヘアの空色の髪と、その人物の発した声がミリアの目と耳に入った。アッシュに目元だったりが似ている綺麗な女性。
――それこそが、アッシュの母親である、セリア・フェルザリアだった。




