第2章17話『優れた記憶力』
階段を上り、長い廊下を歩いていく。足音が響く中で、カナタは左手側にあるドアノブに手をかける。
「相変わらずすげえ図書室……」
ドアを開けると大量の本棚が目に入り、カナタはそう呟いた。部屋に入ると、カナタはなにか面白くてこの世界の情報がよく分かる本がないかを探す。
この世界の童話などで良いのだが、読みやすそうなものはないか。
そう思って歩いていくうちに、カナタは「あ」と声を出した。
「……俺、文字読めないじゃん。話は通じるから文字が違うのすっかり忘れてた……」
そう、カナタは日本語ではないこの世界の文字は読めない。
ただ、カナタはフォトグラフィックメモリーのおかげで記憶力が優れていて、英語だったり、興味を持った外国語は一度で覚え、普通に話せる程度は能力がある。
しかし、この世界は文字が違うくせに話す言葉は一緒だ。そのため、例えば、like=好き、のような覚え方はできない。せめて、この文字は「あ」、これは「い」などと確認できる本があればいいのだが……あるわけない。
「えーどうしよ。どの文字が何を意味するか分かれば一発で読めるようになるんだけどな……」
ひらがな表みたいなのがあれば良いと思ったが、この莫大な本の中から探すなんて無理だろう。困った。ラインたちの誰かに文字を教えて貰うか。
悩んでいると、ドアが開いた。
「――文字が読めなくて困っているのかな? 私が教えてあげようか?」
そう言って入ってきたのは、白銀の髪と瞳を持った美女――『知恵の神』アステナだった。
「あ、はい。俺の世界の文字と全然違うので……」
「なるほどね。それじゃあ、まずはこの世界の文字を覚えようか」
アステナが指を鳴らすと、彼女の手元に一枚の紙が現れた。
「はい、これを見て」
「あ、どうも……。え!?」
受け取った紙を見て、カナタは驚いた声を出してしまった。
なぜなら、その紙には、アルファベット表のように並んだこの世界の文字に、それぞれ、あ、い、う、え、お、といったひらがなが付け加えられていたのだ。
「え、なんでひらがなが……?」
「私は『知恵の神』だからね。別の世界の言語でもすぐに分かるよ」
「すっげぇ……。これが分かるようになれば、本も読めたり?」
「もちろん。頑張って覚えてみてね」
カナタは「はい」と言いながら、アステナが作ってくれた表を見る。
「あいうえお」や、濁点、半濁点に小文字など、それぞれに対応するこの世界の文字が丁寧に載ってある。
(ああ、これはそう読むのか……)
一分程度で全ての文字を確認したカナタは、アステナを見て、
「もう覚えました」
「え、ほんと? 早いね。びっくりだよ」
目を見開いて、驚いた顔をするアステナ。嘘を言っている訳ではなく、カナタは本当に今の一瞬で文字を覚えたのだ。
(記憶力良くて良かったな)
そんな事を思っていると、アステナが紙になにか文字を書き出し、
「それじゃあちょっとテストをしてみようか。これはなんて読むかな?」
「学園」
「それじゃあこれは?」
「ヨナギ・カナタ」
アステナの指さす言葉をすぐに読み、アステナは興味深そうに頷いた。
「君は記憶力がとてつもなく良いようだね。文字もすぐに読めるようになるとは。それで、君はどんな本が読みたいのかな?」
「あー、童話とか、この世界がどんな世界か分かるような本が見たいですね」
「それなら神話とかが良いかもね」
そう言いながらアステナは本棚から一冊の本を取り出し、カナタに手渡した。
「お、ありがとうございます」
「うん。――って、前に敬語じゃなくて良いって言ったと思うんだけど?」
「いや、流石に神様にタメ口聞くのは勇気がないので……」
「そうかい? 王女様にはタメ口を聞いていたのにね」
――どうして、ミリアにタメ口で話していたことを知っているのか。今日の出来事であり、彼女が知るわけない。「え」と声を出して戸惑っていると、アステナはクスッと笑って、
「『知恵の神』だからね。なんでもお見通しさ」
腕を胸の下で組んで、何故かドヤ顔を決めるアステナ。それを見て、「なんでドヤ顔やってんだ」という気持ちと共に、「やっぱめちゃくちゃ美人だよな……」とも思った。
こっちの世界に来てからというもの、四つ子のセツナとレンゲ、彼女らの母親のルナミア、メイドのセレナとエルフィーネ、王女様のミリアと、様々なタイプの女性に会ってきた。
みんな顔が整っていて美女ばかりだったのだが、アステナはもう美人という言葉では表せないくらい美しいのだ。
白銀の髪と瞳、そして神秘的な美貌といった、女神みたいな感じだ。――いや、実際女神ではあるのだが。
そんな事を思っていると、アステナはニヤリと笑った。
「へぇ? 私のことを美人だと思っているみたいだね。確かに、自分でもかなり美しいと思っているよ」
「自分でも思ってるんですね。――え!?」
自分でも自覚があるのかと思ったカナタ。が、それより驚きが後に来た。どうして、カナタが考えていたことを分かったのだろうか。
「アハハ、私は人の心も読めるんだよ。だから私に隠し事なんて通用しないんだ」
(そんなこともできるのか……。『知恵の神』ってすげえ。――あ、これも聞こえてんのか!?)
「うん、聞こえてるね。――っと、それじゃあ本を読もうか。それを読んで聞きたいことがあれば答えてあげるよ」
――そして二人は椅子に座ると、カナタは神話を読み始めた。




